第六話 覚悟ない価値観

21 下卑たる棒を引っこ抜き、玉はもいですり潰して

「ウエイトレスさん、注文いいかい?」

「ひゃい!?」

 背後からの注文に、思わず声が上擦ってしまった。

「な、な、な、なんでしゃう――」

 噛み噛みの言葉を返しつつ、手にしたトレイを抱きしめる。

 その後、注文を訊いていく。

「えぇっと、繰り返します。

 ネスス猪のスープとパンにサラダの組み合わせを三つでしゅね」

「ああ、それでいいんだが……どうしてそんなに離れているんだ?」

 テーブルから微妙に距離を取っている俺を怪訝に思ったのか、客の一人が訊ねてきた。

「えっ、あっ、いえ、何でもありません」

 ペコリと頭を下げ、逃げるようにその場を離れていった。


 カウンターで厨房のマスターに注文を告げ、出来上がっていた品を別のテーブルへと運ぶ。

 恐る恐ると、限界まで腕を伸ばしてはなるべく近付かないように、テーブルの片隅に料理を並べていく。

 そんな俺の不審すぎる給仕に、居合わせた客達の大半が小首を傾げていた。


「姫ひめ。さっさん、何かあったの?」

 双子のハーフエルフが、カウンター席で昼食を摂っていた姫さんに話し掛けているのが見えた。

「あたしらが注文した時は普通だったけど、おかしくない?」

「あら、あれね」

 問われ、微妙な苦笑を浮かべる姫さん。説明する言葉に考え倦ねているのが窺える。

「昨夜、お姉様は十人以上の殿方に襲われたのよ。目を血走らせて、涎を垂らした男共に――ね。それで男性恐怖症が発症したみたいよ」

 簡潔に、殺気放出Lv3を習得した後の出来事を語ってみせた。


 殺気放出Lv3――別名、殺気遮断。垂れ流し状態だった俺の殺気は、このスキルを発動した途端、物の見事なまでにかき消えた。

 そこまでは良かった。

 そう、そこまでは。

 問題は、今の俺から殺気を差し引いたら何が残るのか?

 答えは単純明解――超絶美形なまでに鮮麗されたうら若き乙女の肉体だ。


 さっそく荒野で殺気遮断を試した俺を前にして、居合わせた自警団の野郎共の雰囲気は一変した。

 過剰な戦闘行為で疲れ果てていたはずの男達が――


「うっ」

 思いだしただけで思わず身震いしてしまった。


 第二次性徴期を迎えている男子ならば解るだろう。

 男は疲れるとあそこが勃つことを。

 自分も元男なだけあって、その手の生理現象は重々承知していた――しているつもりだ――った。


 ひん剥いた眼の白目を血走らせ、股間を大きく膨らませた男共が一斉に俺目掛けて迫ってきたのだ。

 突然のことに心が怯え竦むも、無意識下における防衛反応で貞操は守られた。そして、咄嗟に切り替えた殺気放出(強)で事なきを得たんだけど……

 あれはトラウマものだ。

 レイプされた女が心にキズを負うと言うのがよく解った。

 飢えた男共の群れに性的対象として見られること。それがどれほど恐怖を伴うのかが痛感できた。

 あれならば、先日のカイルの告白が可愛いものだったと思う。


「十人以上に襲われた!?」

「それって大丈夫だったの!?」

「あらあら、平気よ。うっふっふっ」

 嫋やかに返す姫さん。

「お姉様の殺気を近距離で浴びたから、襲いかかってきた全員が気を失ったわね」

 そこまで言ってはすぃっと瞳を細め、楽しげに続けた。


「でも良かったわ。

 もし指の一本でもお姉様に触れていたりしたら私、ばっちぃ股間に触れて下卑たる棒を引っこ抜き、玉はもいですり潰してあげる必要がでていたもの」

「――――」

 その狂気の籠もった笑みに、居合わせた男性客全てが食事の手を止めていた。そしてそれは事の元凶である俺にも及び、内心で魂に刻まれているあそこを縮ませるのに十分すぎた。


「姫ちーは洒落にならないことを言う」

 抑揚の無い淡々とした言葉が奥の席から届いてきた。

 振り返れば、エルフの副団長の――確か、クーラさんとか言っていたっけ。

「あらあらあら、クーラ。私としては全然やり足りないんだけど?」

「もう、十分。奴らは不能になった」

「不能?」

 小首を傾げ反芻する。

「勃起していた時に達人級の殺気を浴びた。もう二度と、奴らのあそこが勃つことは無いと思われる」

 それってつまり……勃起不全ED!?

 うーん、元男としては同情の念を抱かずにはいられなかった。


「あらあら、お姉様。お姉様が気に病む必要は無くてよ」

「そうそう。さっちんが気にする必要は無いね」

 姫さんとクーラさんがフォローしてきた。

「それに、奴らには腕の良い転換術の使い手を紹介しておいた。何の問題も無いはず」

「転換術?」

 むふーっと鼻息荒くどや顔気味で言い切るクーラさんの言葉が気になった。


「さっさん、性転換を行う術だよ」

「転換術は使い手の腕次第で容姿にプラス補正がかけられるんだよ」

「性転換――って」

 男としての終了宣言!?

 同情以前に、憐憫の情を禁じ得ないかも。

 ただ、俺も男から女になった身だ。諦めて貰おう。

 思いだすだけでも身の毛もよだつ連中だったが、手ぐらいは併せてやろう。

 南無~――あっ!


「カイルのヤツもそうなのか?」

 唯一名前と顔が一致している自警団のイケメン隊長を思いだした。

「カイっちの第三小隊の面々は耐えたっぽい」

「あらあら、カイル君はお姉様の殺気を何度か浴びてましたからね。多少の免疫が出来たのでしょう」

 おいおい、俺は病原菌か何かなのか?

 姫さんの例えに呆れるしかなかった。まぁ、耐えたのならいいか。

「で、ラリーが残念がってた」

 ラリーってラリーラさんだよな?

「何故?」

「折角、合法的に女に出来るチャンスだったのにって言ってた。カイっちは美形だから美人令嬢になる。美人令嬢ならば戦略結婚の相手は引く手数多?」

 キョトンと小首を傾げて言うクーラさんの話に、貴族の怖さを感じる俺がいた。


    ・

    ・

    ・


「で、どうするんだ、サツキ」

 昼のかき入れ時が終わり閑散となった食堂にて、唐突にマスターが声を掛けてきた。

「どうするって?」

 テーブル拭きの手を休め、聞き返す。

「お前は殺気遮断を身に付けたからな。このまま店に引き籠もってまでウエイトレスをやり続ける必要は無くなったってことだ」

「あっ!」

 半ばなし崩し的にやっていたウエイトレスなんだけど、殺気を遮断できるようになった以上、外で職を探してもいいんだった。


 店の外には多分なまでに好奇心が惹かれる。

 でも、

「外には男が大勢いるんだよな……」

 当たり前すぎる事実に躊躇する。

 昨晩の集団強姦未遂事件が無ければ、躊躇うことなく出歩けたんだけどな……

「まぁまぁ、お姉様。

 それでしたら、頭の三角巾を装備したままにすれば問題ありませんことよ」

 姫さんがそんな提案をしてきた。

 確かに、頭の頭巾は認識阻害効果があるから、身に付けたまま出歩けば済む話だ。

 でも、


「間抜けすぎないか?」

 ウエイトレスの制服姿なら問題無いオプションも、鎧姿とかじゃ浮きまくるはず。

「あらあら、まぁまぁ、お姉様。

 三角巾とは言っても一枚の布ですから、リボンのように髪を纏めるのに使っても宜しいかと」

 へー、そう言う使い方もあるんだ。

 店内に俺達以外居ないこともあって、早速試してみることに。


 ――っと言っても、元男の俺に出来るバリエーションなんてたかが知れていた。

 ふわっとしていた三角巾をきつめに密着させ、バンダナのように被ってみることに。

「う~ん」

 ミラーの前で確認してみては、眉を潜める。

 悪くは無いけど、気のせいかラーメン屋の店員になった気分がする……行ったこと無いけど。

 バンダナを被ってるってイメージは、アレなんだよな。

「どうかな?」

 まぁ、自分のイメージだけで判断できるほど、俺にファッションセンスがあるはずもなく、姫さんに感想を訊ねてみた。

「あらあら、似合ってますわよ、お姉様。凜々しくて、見惚れましたわ」

 概ね好評のようだし、候補の一つとして念頭に残しておいた。


 ただ、その後も色々と――ポニーテールにしてみたり、カチューシャのようにしてみたり、時には同系色の布を用意してツインテールにしてみたりしたんだけど、

「まぁまぁまぁまぁ、どれもみなお姉様にお似合いで可愛いですわ」

 聞くだけ無駄だと理解した。

 結局落ち着いたのはポニーテールとして後頭部で縛るリボンだった。

 この髪型なら、鎧姿にも合いそうだしな。

 マスターの許可を得てから、ウエイトレスの制服から着替えてみることに。


「うっ、フードが被れない」

 鎧を身に付け、その上からローブを羽織ってみるものの、顔を隠すためのフードは頭の尻尾が邪魔して被れなかった。

 少し考えるも、

「まぁ、偽装が上手く働いているなら、ローブは無しでもいいかな」

 羽織っていたローブを脱ぎ、念のためにステータスを確認すれば、


 状態異常 普通の双剣士少女(偽装)


 今回ばかりは普通って修飾語がひどく気になったりした。


「あっ、お姉様」

 ん?

「殺気放出の次のスキルはどんなスキルなんですの?」

 次のスキルか。

 そう言えば確認してなかったな。

「殺気は遮断できたんだから、次ってあるのかな?」

「どうなんでしょうね?」

 姫さんにも想像できず気になったようだ。


 ステータスをスクロールさせ、スキル欄を参照してみれば――って、

「!?」

 表示されたネクストスキル名に目が点になりかけた。

「お姉様?」

「殺気放出――凶」

 ポツリと呟いたのは次のスキル名だ。

「あら、まぁ、凶――ですの」

「強で達人級だったよな。ってことは、伝説級の殺気か……末恐ろしい娘だな」

 横で聞いていたマスターも呆れかえっていた。

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