19 喧嘩を売っている状態

 甲高い金属音。そして、ジーンとした痺れが両手に伝わってきた。

 見上げれば、無意識に腕を交差させて振るった双剣が、姫さんの振り下ろした大槌を受け止めていたのだ。

 通常、今の俺のか細い腕ではあり得ない光景だ。

 視界の片隅に居るマスターも呆然としていた。無論、大槌を振り下ろした姫さんもだ。

 俺に受け止められるなんて思ってもいなかっただろう。


「あらあらあらあらあらあらあらあら、凄すぎですわ、お姉様♪ どうして今のを防げるんですの?」

「さぁ?」

 戯けるように小首を傾げてみせた。

 もっとも、この奇跡の攻防に関してのタネも仕掛けにも、思い至るものがあった。


『条件次第では私の本気の一撃すら防げるかも……』


 戦う力の代わりに俺はロロさんから守る力を貰っていたのだ。

 条件は解らないけど、この地においての神であるロロさんの一撃すら防げるんだ。達人級とは言え人である姫さんの攻撃を防げないはずがなかった。


「姫、代われ!」

 不意にマスターが叫んだ。


 !?


 足下から感じたぞわっとした感覚。その直感に従うように横へと跳べば、先ほどまで俺が居た場所の地面が隆起し、棘を伸ばしてきていた。

 何とか初撃を躱したものの、地面は激しくも波打ちまともに歩かせてくれない。更には両サイドから壁がせり上がり、俺を挟もうと迫ってきたりもした。

 地面そのものが敵と化している、しっちゃかめっちゃかな状況だ。

「何なんだよ、これ!?」

 絶叫しつつも何とか逃げ回る。途中、四つん這いで転げ回ったりと格好が付かないが、知ったことじゃない。

 目に涙を浮かべては地面の攻撃をやり過ごす俺の耳に、


「信じられませんわ、お姉様。

 ドアの土魔法は戦略級。本気になれば都市一つ壊滅できるのに、キズ一つ付いてないだなんて……」


 傍観していた姫さんの言葉が届いてきた。

「土魔法って何だよ!? マスターって戦士じゃないのか?」

「あらあら? ドアは戦士じゃなくて魔法使いでしてよ」

 その指摘にギョッとする。

 信じられなかった。

 フルプレートで身を包んだ姿は重戦士だ。手には巨大な鈍器だって握ら――鈍器?

 鈍器だと思っていた武器をよくよく見れば、少し違った。見方によれば、無骨な杖とも言えなくはない代物だ。

 まぁ、アレで殴れば頭蓋骨くらい陥没しそうだけど……


 しかし、マスターの土魔法は厄介な魔法だった。

 隆起したり陥没したり、硬くなったり柔らかくなったり――と、動きづらいことこの上ないのだ。

 それでも何とか対応しきってみせる。

 これがロロさんから貰った守りの力なんだろう。

 そんな、常軌を逸した俺の守備力に興味を持ったのか、再度姫さんまで戦いに混ざってきた。


「雷雲召喚!」


 雷帝の小槌を大きく振るうと、雲一つ無かった星空にぶ厚い灰色の雲が覆い始めた。雨こそは降っていないが、無数の雷鳴が轟いている。

「迸れ、千条の鎚!」

 天空から雷が落ちてきた。

 それも一つや二つじゃない。数十、数百と、辺り一面を真っ白に染め上げるほどに。

「ひ、姫さん! 俺を殺す気か!? それにマスターも! いい加減、大地を元に戻してくれ!!」

 無数の雷を回避するには走りづらかった。


「あらあら、まぁまぁ。まだまだ余裕があるじゃないですか。うふっ、うふふ、楽しみましょう、お姉様♪」

 聞き入れる気のない姫さんだ。どこかハイテンション気味で目の色が危ない。

 そんな狂気の瞳に射竦められ、心が撤退を訴えてくる。

 でも、逃げられない。

 達人級二人相手にして、逃げおおせるはずがないのだ。

 だったら、やることは決まっている。


 直接的な肉弾戦を避けるためにも一定以上近付かないように避けていたんだけど、自分の防御力の秘密が解った今、遠距離で守りに徹している必要は無かった。

 雷を弾き、地面の棘を蹴っ飛ばし、前へと進む。

 突然動きを変えた俺に慌てることなく身構える姫さん。彼女の眼前にまで迫った俺は、手にしていた双剣を繰り出した。

 まずは袈裟斬りに右手の短刀を振り下ろした。

「え?」

 間の抜けた声を上げたのは、姫さんだった。

 ヘロヘロとした剣筋も通ってない斬り付けは軽く躱された。

「ならば、こっちだ!!」

 残った左手の短刀では刺突を繰り出してみるも、切っ先は思いっ切りぶれまくりまともな突きにすらなっていなかった。

「あら、まぁ? お姉様、これ本気なんですの?」

 大槌の柄で突きをあしらっては拍子抜け気味の姫さん。まぁ、俺としても予想は付いていたんだけど……このていたらくな攻撃力は。


    ・

    ・

    ・


「つまりサツキは、管理神の加護で守りのみ特化し、攻撃力は皆無だと?」

「そう言うことですね」

 たき火で煎れたお茶を口にしながら頷く。ちなみに、見渡す限りの地形は隆起したり焦げたりと、激しく変動していた。

「あらあら、まぁまぁ、凄いですわ、お姉様」

「伝説級以上の防御力を持ち。達人級の殺気を放つも攻撃力は素人以下……ちぐはぐだが、自分の身を守ることは出来るってことだな。攻撃力に関してはおいおい鍛えていけばいいだろう」

 俺の手を取って何故か嬉しがる姫さん。その隣では、マスターが淡々と俺を分析していた。

「でも、どうして俺を連れ出したんです? それに、俺がある程度守れることを承知してましたよね?」

 それなりの確信がなければ、姫さんをけしかけたりはしないはずだ。

「店でのお前さんの給仕が気になったんだ」

「俺の給仕?」

 小首を傾げる。

 そりゃまぁ、ウエイトレス経験なんて皆無のど素人だ。おかしな点も多々あっただろう。

「サツキ、お前は酔っ払いどものセクハラを見ずに躱していたからな。気配察知は出来ると思ったんだ。それに、姫の雷撃を素手で叩いたしな。あれが出来るってことは、魔法耐性もあるってことだ」

 それらを総合した上で、俺の戦闘力の確認をしたかったと教えてくれた。


「あらあら、ドアってばお姉様が荒くれ者の冒険屋の中でやっていけるか不安だったんですのよ」

「フン。店主としては従業員を心配するのは当たり前だ」

 そっぽを向いては鼻を鳴らすマスター。照れているっぽいんだけど、夜な上に髭面なドワーフなだけあって解りづらかった。

「はぁ……ありがとうございます」

 素直に下げた頭の中で、


 殺気放出Lv2を習得しました。


 突如、脳内アラートが鳴り響き、そんなメッセージが表示された。

「お姉様、どうかなさいましたか?」

「あっ、いや。殺気放出のLvが上がったみたいなんだ」

「殺気放出の? どんな感じですの?」

「少し待って――」

 脳内アラートでは必要最低限の情報しか提示されておらず、システムコマンドにアクセスし、ステータスを確認することにした。


「アクセスシステムコマンド、ステータスオープン」


 命令を確認。

 ステータスを開示します。なお、現適合率では一部情報は隠蔽されます。


 そんな補足と共に承諾された命令は実行に移された。


 名前 サツキ

 Lv 基礎10 旅人1

 職業 ウエイトレス(職業Lv1)

 種族 人種(+0.0002%未満)/渡来人

 性別 女

 年齢 16


「あれ?」

 小首を傾げる。

「基礎レベルが10に上がってる」

「そりゃあれだ。達人級二人の攻撃をあしらい続けたんだ。それくらいレベルが上がっていても不思議じゃないな」

 経験値獲得方法がよく解らないんだけど……そう言うモノなんだと割り切ることに。

 不要な情報は流し、スキルツリーを確認。


 スキルツリー 殺気放出

 Lv1 殺気放出(強) 伝説級の殺気を放出する。

 Lv2 殺気放出(弱) 中位者級中位の殺気を放出する。


 更にはネクストスキルの項目も確認することに。


 殺気放出Lv3 殺気遮断


 おっ♪

 何か一般人として生きていけそうなスキルだ。

 早いとこ、レベル3を目指すしかないな――って、もう一つスキルツリーがある?


 スキルツリー 気配感知

 Lv1 気配感知1 後方 後方のみに特化で距離は基礎レベルに依存

 Lv2 気配感知2 円形 前後左右の気配を探れるが上下は無理

 Lv3 気配感知3 球形 前後左右上下全ての気配を探れる


 何故かこっちは急激に上がっていた。

 きっと、達人級二人の攻撃が原因なんだろうな……地獄を見かけたし。

 若干、心の内で煤ける自分がいた。


 ――っと、スキル見分は置いといて、殺気放出(弱)を試してみるか。

 頭の中で念じれば、アクティブの項目が殺気放出(強)から(弱)に切り替わった。

「えぇっと、弱にしてみたんだけどどうかな?」

 自分じゃ違いが解らない以上、二人に訊ねることにした。


「これはこれは」

「ふむ。殺気と言うよりも威圧だな。それも、自分が強くなったと勘違いしている冒険屋に多いレベルだ」

 いまいちよく解らないでいると、

「あらあらお姉様。それは、誰彼かまわず喧嘩を売っている状態ってヤツですわ」

 姫さんが細くしてくれた。

「あー、チンピラや不良が肩をいからせガンつけて歩いているってことか」

 それはそれでやばい気がするけど、その程度ならギリギリ町に出られるかな?

 その程度ならば生前の自分と何ら変わらない……

「はぁ~」

「あら、お姉様?」

「あー、ちょっと昔を思いだしてやるせない気分になっただけだよ」

 あんな遠巻きに避けられる人生なんて、もう繰り返したくない。


 何はともあれ、早く殺気放出をレベル3に上げないとな。

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