第五話 伝説級の初心者

18 きっとやばいから!

 ウエイトレスの制服から転生した際に身に着けていた装備一式に着替え、酒場へと降りてくるとそこは閑散としていた。

 居るのは、カウンター席で自棄気味にジュースを呷ってるやさぐれ姫さん、そして酒場の片隅で抱き合ってはガタガタ震えているシルさんルキーさんの二人だ。

「客は?」

「みんな、お姉様の殺気に当てられて部屋に戻りましたわ」

「あー、やっぱり出てるんだ」

 臭わないのは解っているがクンカクンカと嗅いでしまう。

 垂れ流している殺気を自覚できない以上、つい信じられなくなるんだよな……

 まぁ、実際に客の姿が消えているから、今も出てるんだろうけどさ。


 それにして、

「これはこれで、改めて着ると結構恥ずかしいな」

 ウエイトレスの制服と比べ、丈の短いプリーツスカートの裾が気になった。気分はゲームにでも出てくるコスプレ剣士だ。

「あらあら、良くお似合いだと思いますわ。私とパーティでも組んで冒険に出ませんか? きっと、美少女コンビとして有名になりましてよ」

「別に有名になりたい訳じゃ無いんだけど……」

 冒険には心が惹かれるかも。

 でも、美少女姫騎士な姫さんと軽装ながらも美少女剣士な自分。殺気の問題が解消されれば、すっごく注目を浴びそうだな。

 ウエイトレスでずっといるつもりも無いし、そう言う未来もありなのかも知れない。


 そんな未来展望を妄想していると、奥からマスターがやってきた。

「ほう。見事に誰も居なくなったな」

 その姿は先ほどまでの料理人な格好とは異なり、これまた重厚そうな鎧で全身を固めた完全無双な出で立ちだ。

「良かったな、姫。大して散財せずに済んだようだぞ」

「むぅ~、何が散財せず――よ! 客はみんな代金支払わずに逃げていったけど、その代金も私にツケるつもりなんでしょ」

 ぶぅたれる姫さんに対し、マスターは髭に隠れた口をつり上げてみせた。どうやら始めからそのつもりだったみたいだ。

「訊いて下さいませ、お姉様。この極悪ドワーフときたら、昔から幼気な私を虐めて楽しんでいますのよ」

「何処の誰が幼気だ。儂が極悪なら貴様は何だ? くだらんこと言ってると、お前さんの恥ずかしい過去をサツキに話してやるぞ」

「むぅ、むぅ、むぅ~」

 頬を膨らませ睨むしか出来ない姫さんだった。俺としてはその恥ずかしい過去話に興味はあるんだけど……


「それでマスター。俺に着替えさせてまで何の用なんです? それにマスターまで完全武装してますし……」

「少しばかり町の外まで付き合って貰おうと思ってな。姫もく――」

「勿論、行きますわ!」

 言い切る前に参加宣言をしてきた。


    ・

    ・

    ・


 満天の星空。

 初日の夜にも見たけど、澄み切った空気に人工の灯りの無い世界で見上げる異世界の星空は、まさに宝石箱をぶちまけたかの如く綺麗だった。

 もし子供の頃にこんな夜空を見ていたら、天文学者や宇宙飛行士を本気で目指していたかも知れない。

 感慨深げにいると、先を歩いていたマスターが足を止めた。

「だいたいここら辺で問題無いか」

 先ほどまで居たネスの町は地平線の向こうに消え、やってきたのは草木もまばらな荒涼とした場所だった。


「こんな場所で何するんです? まさか俺に魔獣を狩れとか?」

「いや、サツキには無理だ」

「そうそう。それは無理ですわ、お姉様には」

 無理なのは百も承知だけど、そこまで断定されると良い気分がしない。

「むぅ……」

「あらあら、お姉様。そうではなくて、お姉様の殺気が強すぎて並の魔獣では近付いても来ないのですの」

 俺の不機嫌さを察したのか、姫さんのフォローが飛んでくる。

「達人級の殺気を浴びても襲ってくるのは、怯えるだけの知性を持たない低級すぎる魔物か、本能すら持たない無機物の魔物。もしくは、怯える必要の無い最上位に位置する幻獣級の魔獣ですわ」

 つまるところ、ここいら一帯にいる魔獣では、俺に襲いかかるようなのは皆無らしい。


「じゃあ、何故俺を?」

 なおさら連れ出した理由が解らない。

「なぁに、簡単なことだ。ちょっとばっかし、儂らと戦って貰うおうと思ってな」

「へ?」

 一瞬キョトンとする。

 そしてその真意を理解しては顔が青ざめていった。

「戦うって、二人と!? 二人とも、達人級なんだよな? 無理無理無理、絶対に無理! 俺は剣も握ったことが無いんだからさ!!」

 マスターの言葉に、目一杯首を横に振る。

 戦闘ど素人の異世界人がドラゴンの居る世界の達人級の化け物と戦えるはずがなかった。


「あらあらあら、ドア。私にお姉様と戦えだなんて、どう言った了見かしら? 事と次第によっては鉄の髭亭が無くなるわよ……物理的に」

 ぼそっと小声で付け足された言葉に狂気を感じた。

「待て待て、姫。お前だって気付いているはずだ。サツキの異常性に」

「うっ、それはまぁ、確かに……」

 異常性? 俺の?

 二人の会話に頭を捻る。

 確かに、達人級の殺気を纏っている辺りは異常だと思う。

 でも、

「だからって、俺に戦う術なんて――」

 言い掛けた言葉を飲む。

 自分の発した言葉に、何故か引っ掛かりと覚えた。

 はて? 何かあったような気が……

 頭の片隅に何かがあるんだけど思いだせない。しきりに頭を捻っている間に姫さん達の話がついたのか、

「いきますわよ、お姉様!」

 いきなりの宣戦布告。そして、先ほど酒場で放たれたのと同じ電撃が俺へと伸びてきた。

「ちょ、ちょっと、姫さん!?」

 戸惑いつつも反射的にそれを手で叩く。

 あたかも飛んでくる蚊を退けようとする様な仕草で。

 弾かれた稲妻は俺から反れ、少し離れた大地を焦がすようにスパークし、散っていった。

「むぅ、むぅ、むぅ……やりますわね、お姉様。先ほどの、まぐれでは無かったのですわね」

 電撃が防がれたことで本気になったのか、ブンブンとハンマーを振り回し始める姫さん。その回転に併せて纏わり迸っている稲妻の輝きが増してきた。

 今以上に強い電撃を俺に放つみたいだ。

「だから待――」

「唸れ雷光! 豪雷撃!!」

 何やら技名っぽいものを叫んだかと思うと、姫さんは振りかぶっていた大槌を大地へと叩き付けた――途端、


 ――――ッ!!


 眩いばかりの閃光で視界が白に染まった。そして、無数の雷光の帯が俺目掛けて迫ってきていた。

 手で弾くにはあまりにも多すぎる稲妻。避けるには攻撃範囲が広すぎて避けきれない。

「ちっ!」

 舌打ち一つ、雷撃に耐えようと身を固くする――


 ――はずの俺の身体は意に反して動いていた。

 腰の双剣を手に持っては舞うようにして、迫ってきた雷を双剣に絡み取り霧散させてみせたのだ。

「ほぅ。見事なものだ」

 マスターが感嘆の呟きを上げていたが、それを聞いてるゆとりは無かった。

 何故そんなことが出来たのか解らない。ただただ無意識に身体が動いていたのだ。

 自分の手に握られた双剣を見ては呆然と佇む。


「凄い、凄い、凄い、すーごーい、ですわ! お姉様、対軍技の豪雷撃を防ぐだなんて、凄いですわ♪」

 喜色満面。

 まさにそんな言葉が似合いそうな、嬉々としてそれでいて恍惚とした笑みを浮かべている姫さんがいた。

「雷帝の小槌、本領を発揮させて貰いますわ♪」

「へっ?」

 その言葉の不穏さを理解するよりも速く、彼女は次の動きを始めていた。

 手にしていたハンマーの柄を両の手で引っ張る姫さん。すると、ジョイントが外れたかの如く、少しだけ柄が伸びた。

 そして、ハンマーには無数の光り輝く紋様が浮かび上がった。


「疾くは風の如く、迅しくは雷の如くあれ」


 何かの呪文なのか、姫さんがそう囁いた途端、雷帝の小槌が纏っていた雷が姫さんの身体にまで伝播した。


「何かやばい、それはやばい、きっとやばいから!」

「あらあら。大丈夫ですわ、お姉様。もし倒れても、私が誠心誠意看病して差し上げますから」

「それはそれで別の意味でやばい気がするんだけど……」

 何となく感じる貞操の危機に、内心で冷や汗を伝わせる。

「――いきますわ」

 姫さんの姿が揺らめき、そして音が後から聞こえてきた。

 時折見えるは転身する際に止まった僅かな残像のみ。

 目で追うことさえ適わぬ高速移動から攻撃。通常、防ぐことも出来ないソレを、

「うあぁ! のわぁ!? だぁぁ!!」

 ほとんど勘だけで躱してみせる。


 ビリッ――


 ――とした微かな痺れ。それを感じた部位を守るように身体を曲げ、時には仰け反り、またサイドステップにバックステップを繰り返しては避けていた。

 姫さんの操る武器は超重量級な代物なためか一度振ってしまえば振り切るまで追撃出来ず、急激な軌道変更が出来ないことも幸いし、紙一重でなんとか避けることが出来たのだ。

「ほぅ。疾風迅雷モードの姫の攻撃を躱すか。なかなかやるものだな。どれ、少し試してみるか」

 視界の片隅でしきりに感心しているマスターの姿があったが、そちらに気を向けるゆとりは無かった。

「むぅ、むぅ、むぅ、何なんですか、お姉様! そんなにも、私の看病は受けたくないのですの!?」

「看病受けたくてケガを負うほど、俺はマゾじゃないんだよ!」

 つい、叫び返してしまったおかげで逃げるタイミングにズレが生じた。それでも何とか、右手に握っていた短剣でハンマーの動きを流してはやり過ごす。

 更には、次の動作に移るべくバックステップで後ろに跳び、


「へっ?」


 ずっこけた。

 着地するはずの地面が激しくも波打っていたのだ。

 痛みこそ無かったが、体勢は尻もち中。咄嗟に動くことも適わない俺の眼前では、姫さんが大きく跳び上がっては、

「お覚悟!」

 その手に持つ巨大なハンマーを振り下ろそうとしていた。

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