17 ――弾けろ

 昨日今日で慣れるほどウエイトレスの仕事は甘くない――とは思うんだけど、昼中の客は結構少なくて楽だった。

 一見さんの客はマスターの強面の顔を見ては回れ右して帰って行き、常連の宿泊客は日中は仕事で出掛けていて居ない。

 聞けば彼らの大半は冒険屋を生業としているらしい。


【 冒険屋 】

 定職に就かず、依頼をこなす者達の総称。

 傭兵に護衛、モンスターの駆除討伐、稀少鉱物や植物などの採集、古代文明の遺跡探求――等々、その仕事内容は多岐に渡り、国営私営の各組合ギルドに所属する者もいれば、流しフリーの冒険屋までいる。


 異世界世界の歩き方の冊子にあった説明を思いだす。

 そして、そんな彼らが寝に帰ってくる夜が一番のかき入れ時だった。

 ちなみに姫さんの肩書きもまた冒険屋に当てはまり、昼前から鉄の髭亭を出ており――仕事に行くまでに一悶着あったが、夜になってもまだ帰ってこない辺り、真面目にお仕事をやってるみたいだ。

 ちなみに一悶着とは、無理矢理俺を同伴させようとしたことだったりする。冒険屋の仕事や町には興味はあるんだけど……丁重に断った。早く殺気放出のレベルを上げて、偽装無く自由にこの世界を歩けるようになりたいものだ。


「焼ききのことネスス猪のステーキですね」

 ほぼ満席となっている酒場の席の間を、所狭しと注文を訊いては配膳を繰り返す。ウエイトレスは俺以外に二人。半透明に揺らめく美人さんで、家妖精のシルキーと言う種族になる。ちなみに名前はシルさんとルキーさん――誰が名前を付けたのやら?

 怒らせるとすっごく恐いらしく、けっして怒らせるなとマスターに申し付けられていた。


 そんなシルさん達と共に、慣れないまでも給仕仕事をこなしていく。時には危ないこともあったりしたが、それでも何とかそつなくこなしていると思いたい。

 事実、今も死角から手が伸びてきたので反射的に持っていたお盆でお尻を守ってみせた。

「あちゃ、また失敗か」

「お前も懲りないな。サツキちゃんのガードは完璧なんだから、無理だろ」

 背後で今さっき俺を痴漢しようとしていた客達のやり取りが聞こえてくる。


 衣装による気配の偽装は完璧なはずなんだけど……こいつら、女なら何だって良いのか隙あらば俺のお尻に触れようとしてくるんだよな。胸は胸で視線を感じまくるし。

 男ってそんなに女に飢えてるものだったか?

 つい先日まで野郎だった自分のことが遠い出来事のように感じられた。


「サツキ、お前は武術の心得はあるのか?」

 カウンターへと戻ってきた俺にマスターがそんな質問を投げ掛けてきた。

「いえ、何も」

 格闘技の経験なんて、せいぜい中学高校と体育の授業で行われた剣道に柔道だけだ。もっとも、ひと睨みで戦意が萎縮してしまうのか、俺とまともに乱取りも稽古をしてくれる相手はおらず、もっぱら一人での受け身ばかりしていた覚えが。

 あー、思いだしただけで若干泣けてきた……かも。


「そうか」

 俺の返事に満足したのかしていないのか、マスターは釈然としない険しげな表情を浮かべつつ後頭部を掻きながら厨房へと引き下がっていった。

「何だったんだろ?」

「さぁ、何だったんでしょうね?」

 俺の呟きに、小首を傾げて答えてくれるシルさんだった。

「おーい、店員さん! 注文!!」

「あっ、はーい!」

 悩む間もなく来客からの言葉に、俺達は慌てて注文を取りに向かっていった。


    ・

    ・

    ・


 夜もすっかりと更け、メイン注文が食事から酒へとシフトチェンジした頃。俺は酔いどれ双子姉妹の陣取るテーブルにて足止めをくらっていた。

 耳が尖っているからエルフっぽいんだけど、確証が無い。

「聞いてよ、サツキさん――って言うか、さっさん!」

「そうそう、聞いてよ、サツキさん――ううん、さっちゃん! 聞きなさい!!」

 くだをまくかのように、本日何度目かの愚痴が始まった。

「クロのヤツ、一週間ぶりにダンジョンから出てきたら、臭いって言ったんだよ、臭いって!! 信じられる!?」

「クロなんてまだマシよ。ガリゥなんてあたし達と話している間中、息止めていたもの。そりゃまぁ、途中で浄化符使い果たしたから臭うのも仕方ないけどさ……酷いと思わない?」

「えぇっと……」

 何て答えて良いのやら?


 断片的に得た情報を照らし合わせると、クロとガリゥは双子が恋い焦がれている若い商人達らしく、ダンジョンで手に入れた収集品を売りに行った時に臭いと言われたらしい。

「もう、あそこの依頼は絶対に受けてやんないんだから!」

「そうだ、そうだ! 悪徳商人の依頼なんてボイコットだ!!」

 ケタケタ笑っては酒を酌み交わす双子。臭いと言われて速攻で温泉に行ったらしく臭いは落ちてるんだけど……

「さっさんもそう思うでしょ?」

「酒臭ぁ……」

 俺に絡んでは吐いてくる息が臭かった。


「もう、見る目の無い男なんて止めて、女の子に走ろうかしら?」

「それはナイスな考えね。ねぇ、さっちゃん」

 枝垂れ掛かるように俺に迫ってくる彼女らの目付きがギラつき、妖しい色を帯びていた。

「えぇっと、お客様?」

「さっさんってさ、よく分からなかったんだけど、すっごく美人じゃない?」

「あー、ほんとだ。さっちゃん、すっごい美人さんだぁ~」

 反射的に頭に手を伸ばせば、三角巾はちゃんと装備されたままだった。

 どうやら、酔いが回りすぎて前後不覚――美醜の感覚が狂い、普通の女給に偽装している俺の姿が解らなくなっているみたいだ。

 これは早くこの場から離れた方が無難っぽいな。

 そう思い、少しずつ距離を取ろうとした矢先、


 ビリッ――


 ――とした、痺れにも似た空気のざらつきに、肌が粟立った。

 それは俺だけじゃなかったのか、居合わせた客達も感じたのか皆のざわめきが止んでいた。

 そして、


 ッ!?


 背後から感じる途轍もないプレッシャーに身体が強張っていた。

 恐る恐る振り返れば、

「あら? お姉様に何をしてますの?」

 店の入り口には、華奢な身体を小さく震わせている姫さんがいた。手にした大槌は帯電しているのか青白い稲光が走っている。

 怒っている。

 誰の目にも、彼女が酷く立腹しているのが見て取れた。


「あら、あら、あら。もう一度聞きますわね。貴女方は私のお姉様に何をなさってますの?」


 澄んだ、凜とした声音。

 美しい声だというのにそこから感じるのは恐怖の二文字。怒りの矛先は、今さっきから俺に絡んでいた双子姉妹だ。

 双子は目に涙を浮かべ、俺の穿いているスカートを掴んではガクガクと震えている。酔いはすっかりと吹き飛んでいるみたいだが、姫さんの圧倒的なる畏れに飲まれ答えられないようだ。

「ひ、姫さん。二人は別に――」

「お姉様は黙って下さい。私はそちらのお二人にお訊ねしてるのですわ」

 弁解すら口に出来ない双子に対し、姫さんの怒気が増した。

 肌に走るビリビリ感が強まる。空気が帯電してるのか、産毛が逆立っているのが解る。


「何、これ……」

 双子の一人がそう口にした。彼女を見れば、身体から細く小さな稲光が姫さんの方へと伸びていくのが解る。

「サツキ、姫を止めろ! そいつはやばい!! でかいのが来るぞ!」

 その小さな稲光が何なのか知っていたのか、マスターが厨房の奥から叫んできた。

 そう言えばあのハンマー。

 確か、雷帝の小槌とか言っていたっけ――!?


 大槌の正体を思いだした瞬間、


「――弾けろ」


 淡々とした姫さんの囁き声が聞こえた。その刹那、トンッと床を大槌の柄が床板を叩いたと同時に、翠色の稲光が走ってくる。

 そんな極太の稲妻に対し、俺は反射的に双子を守るように手を伸ばしていた。

 そして――


 ぺち。


 眩いばかりの閃光が店内を照らし尽くすのだった。

「う……くぅ……」

 周りからは突然の光に目を焼き付かせた客達のくぐもった声が聞こえてきた。かく言う自分も目が眩んでおり、よく解らない。

 ただ、ハッキリしているのは、手のひらがちょっとばっかし痺れていることくらいだ。


「今のは、何だったんだ? 姫さんが失敗したのか?」

「違うって! あの新人ウエイトレス、姫さんの電撃を叩き落としたんだ」

「マジ!? 嘘だろ! 姫さんのハンマーって、最上級魔法と同レベルの電撃を放てるんだぞ」

「いや、本当だ。床見てみろ、床」

 視界が戻ってきたのか、口々にそんなことを言い出す客達。冒険屋だけあってか、俺の行動をしっかりと見極めていたみたいだ。

 実際、床には俺が叩いた稲妻によって付いた焦げ跡が残っていた。


「お、お、お姉様!? 何て、無茶なことをしたんですの!」

 悲痛そうに顔を歪め、俺の手を掴んでくる姫さん。

「お姉様の綺麗なお手が火傷なんて負ったりしたら――あら?」

 俺の手のひらを見ては小首を傾げた。

「まぁ、まぁ、綺麗ですわ」

 焦げ跡も無ければ染み一つ無い俺の手をマジマジと見つめてくる。


「これはもしや、愛のなせる業!? 私とお姉様の絆が奇跡を起こしたの――痛い!」

「ンな訳あるか! バカ姫!」

 寝言を曰いだす姫さんをマスターがゲンコツで黙らせてくれた。

「店の中で暴れるなって言っただろうが!! これ以上暴れると、サツキとは部屋を別けるぞ! それと客に対しての迷惑賃だ。今日の酒代は全て姫の奢りだ。ジャンジャンやっていいぞ!」

「ッ!?」

 突然の大盤振る舞いに言葉を失う姫さん。慌てて何か言おうとするも、

「本当か、マスター!」

「じゃあ、酒追加だ」

「俺も俺も! 酒だ、酒! 樽ごとくれ」

 次々あがる客達の追加注文に掻き消されて誰の耳にも届かない。

 微妙に可哀想な気もしたが、自業自得だと割り切って貰おう。

 若干気にしつつも追加注文の酒を用意しようとする俺を、マスターが呼び止めてきた。

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