14 これからのお姉様も女の人で間違いありませんわね
しかし、
「姫さんってどれくらい強いんだろ?」
ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎった。
トラハチコンビに絡まれていた時に見せた姫さんの闘気――みたいなものは、マジで震えるほどに恐かった。
マスター達は達人級だと言っていたけど、あれが達人級の闘気なんだろうか?
……ぶるっ。
思いだしただけで今も身震いしてしまう。
少しちびった気がするけど、今は気にしないでいよう……後で制服ごと浄化すればいいだろう。
「ん~、姫姉の強さはネス町最強だよ」
不意に聞こえてきた第三者の声に振り返れば、小柄でがっしりした体型の女性がいた。
「ただいま、親父」
「おう、おかえり、ドーマ」
「マスターの娘さん?」
髭面のマスターとじゃ似てるかどうかの判別は難しいけど、彼女もまたドワーフだということは解った。
「ああ、娘のドーマだ」
「あっ、サツキです。今日からこちらでウエイトレスをやることになりました」
「サツキは姫のお気に入りだ」
カウンターに腰掛けたドーマさんの前に、作り置きしていたサンドイッチを置くマスター。
「ふーん、姫姉のお気に入りなんだ。
あたしはドーマ。職人街の方で宝飾職人をやってるんだよ。もし、指輪とか欲しくなったら言ってね。安く作ってあげるよ」
気さくそうなドワーフだった。
「えぇっと、ドーマさん。
姫さんって英雄であるマスターよりも強いんですか? 同じ達人級ですよね?」
「達人級にもピンからキリまでいるからね」
サンドイッチをぱくつきながら頷くドーマさん。
「親父も達人級の中じゃかなり強いんだけど、姫姉の場合はそこから更に先に行っていて、伝説級に手が届いてるって感じだね」
「伝説級……」
転生してきて一日しか経っていない俺にしてみれば、その基準がよく解らない。
「姫姉は巨人の王にも認められて、伝説級の魔武具雷帝の小槌を貰っているからね」
「雷帝……小槌? でっかいハンマーじゃなくて?」
雷帝は凄そうだし巨人の王も凄そうなんだけど、小槌って言葉に小首を傾げる。
「そのハンマーが雷帝の小槌だよ。小槌は小槌でも巨人の小槌だからね。人が持てばあんな感じのでっかいハンマーなんだよ」
合点がいった。
巨人がどれだけのサイズかは知らないけど、あれが小槌と言うなら相当でかいんだろうな。
ともあれ、そんな凄い武器を使いこなしてるんだ。相当強いのは解った。
でも、
「姫さんってあんなに若いのにそんなに強いんだ……」
見た感じ中2ぐらいだし、末恐ろしい少女だ。
「え? 姫姉は――」
「あらあらあら、楽しそうね、ドーちゃん。誰に断って、私の秘密を話してくれてるのかしらね?」
「姫姉!? あたしは別に何も……」
しどろもどろに慌てるドーマさんの背後には、武装を解いてラフな格好になっている姫さんが立っていた。
「それとお姉様。先ほども言いましたわよね?
乙女の秘密を詮索するなんて下賤な真似、宜しくなくてよ」
涼しげな笑みを浮かべているのに、何故か恐い。
そんな居心地の悪い恐怖を払拭すべく、話題を変えることにした。
「なぁ、姫さん。本当に俺が同じ部屋で泊まるのか?」
「あら? 何か問題でも?」
「問題って言うかその……」
男であることを黙っていようかとも思ったんだけど、別段隠し立てする必要もないので素直に話すことにした。
「実は俺……男なんだ――!?」
語尾を言い終える前に、伸びてきた彼女の右手が俺の胸を鷲掴みにしてきた。
咄嗟のことに対応できずにいると、更に伸びてきた左手が俺の股間を襲う。
いやらしくも的確に俺の急所を撫でてくる姫さんの魔手に、俺の身体は身悶えていた。
「ぁはぅ……」
「う~ん、お姉様は完全に女のようですけど?」
一通りの確認を終えたのか、
「い、い、今の身体は女なんだよ! ステータスにだってそう出ていただろ」
「あら? 言われてみればそうでしたわね」
先に見たステータス内容を思いだしたのか、素直に納得してくれた。
「俺は転生する時に一つの頼みをしたんだ」
「女になりたいってことかい?」
「違う違う」
ドーマさんの言葉を否定する。
「転生前――前世の俺はとにもかくにも目付きの悪い男だったんだ」
「目付き……ですの?」
胡散臭そうに眉を潜める姫さん。
「それも凶悪なヤクザ――
「へー、凄いんですのね」
どこか棒読み気味な感想が返ってきた。たぶん、信じてないんだろうな。
「それが嫌だった俺は、転生する条件に目付きの悪さを直してもらうことを望んだんだ」
「サツキさん。新たな身体に転生するのにそれって必要なのかい?」
口を挟んできたドーマさんの言葉に頷いて続ける。
「俺の目付きの悪さは魂が問題だったらしくてさ。そのまま転生しても目付きの悪さは引き継がれたらしいんだよ。それこそ呪いの如くね」
肩を竦めて言う。
ほんと、正直な話呪われてるとしか思えなかった。
「それで、その目付きの悪さを直してもらった反動で、俺の身体は女になったみたいなんだ。
あと、垂れ流している殺気もそれが原因だと思う」
最後にスキルがどうたらこうたら言っていたけど、あれって《殺気放出》のことだろうな。
「俺をスカウトした管理しゃ――管理神が言うには、名だたる武将千人分の眼力が俺の魂に宿ってるらしいんだ」
「ほう。千人分の武将の眼力か……」
ふさふさ眉毛の下の目を細めてはマスターが口を挟んできた。
「それにしてはあの殺気じゃ弱すぎはせんか? あれじゃ、達人級二、三人分の殺気だぞ」
「俺がいた世界とこことじゃ魂の力が違うみたいで、その差がでてるんじゃないかと」
正直俺にもよく解らないんだけど……
「そう言うことだから、俺としては年頃の姫さんと同室は何て言うか、不味いって言うか……」
我ながら歯切れが悪いなと思いつつも拒否を口にしようとするんだけど、
「ふんふんふん。まぁまぁまぁ、お姉様」
姫さんは我関せず的な感じで迫ってくる。
「今のお姉様は女の人で間違いないですわね」
「まぁ……」
何が言いたいのか解らないので、素直に頷いておくことに。
「そしてこれからのお姉様も女の人で間違いありませんわね」
「そうなるかな」
魔法とかのある世界っぽいけど、
それこそ目付きの悪さを対価にすれば可能かも知れないけど……このままじゃきっと、俺は死ぬまで女のままだと思う。
「では何も問題無いではありませんか。もう、お姉様は女の方なんですもの」
言われてみればそうかも――
「って、それはそうかも知れないけど、さすがに今すぐ女の人と一緒ってのは……」
思わず頷き掛けていた首を横に振る。
せめて、もう少し女としての自分に慣れるまでは、避けたかった。
「むぅ」
片意地張って拒絶する俺に、姫さんはムスッと頬を膨らませてみせた。ただ、俺としては解ってくれたんだと思い、ホッと胸を撫で下ろ――
「何にしろ、サツキ。姫の部屋以外じゃお前さんは住めないぞ」
「何故!?」
マスターからの否定に、戸惑う。
「姫の部屋は特注でな。部屋自体が結界で覆われていてな。中に居る人の気配を外には漏らさないようになってるんだよ。
ここが出来た当初、今のお前さんと同じように姫もまた闘気を垂れ流していたからな。客が寄りつかなくなるから結界を張ったんだ。だから、あの部屋ならその制服も脱げるし、トイレも風呂も完備してあるからな。
くつろげるぞ」
「うぐ……」
くつろげるの一言に返す言葉に詰まる。
正直、四六時中ウエイトレスの制服姿ってのも耐えられなかった。まして寝る時まで着ていたら皺が付くだろうし、その都度浄化符を使うのは金銭的に辛い。
色々と逡巡するように視線を泳がせれば、ニマニマとした楽しげな姫さんの笑みがそこにあった。
がっくりと肩を落とし、大きく息を吐く。
そして、
「姫さん、宜しくお願いします」
深々と頭を下げては自分から頼むのだった。彼女の部屋で同棲させてもらうことを。
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