第四話 異常性的しこう

15 ふぅふへぇ~

 姫さんに連れて来られたのは最上階である三階廊下の行き当たりにある一室――姫さんの部屋なんだけど……


『クローラ&サツキの愛の巣』


「…………」

 木製の扉に掛けられたプレートを見ては、言葉を失う。

 愛の巣って何だよ、愛の巣って!?

 しかも、その下には『許可無く立ち入った者は消します――物理的に』の警告文があったりした。


 固まったまま突っ立ってる俺の手を引いて、

「さぁさぁ、お姉様。

 こちらが私達の部屋ですわ」

 部屋の中へと連れ込む姫さん。亡国の姫様と言っていたから、もっと煌びやかな部屋かと思いきや、そこはいたってシンプルな一室だった。

 大きさは角部屋だけあってか廊下分も部屋に組み込まれ、他の部屋には無いトイレと風呂を完備してるとのこと。あと、小さな台所まであったりして、所謂1DKな感じの部屋だ。


 目立った調度品は無く、ただ壁には碧銀色の髪をした少女の肖像画があった。たぶん、この人が姫さんのお姉さんなんだろう。髪の色が近いこともあってか、マスターが言っていたようにどこか今の俺に似ている印象を受けた。

 あとは、木製の机と本がざっくばらんに並んだ本棚。そして――

「姫さん。ベッドが一つしかないんだけど」

 元々姫さんの一人部屋だけあって、寝床が一つしかないのだ。サイズにしてはシングル。姫だからと言って天蓋付きではなく、普通のベッドだ。


「あら? 私は小柄ですし、お姉様も大きくありませんから並んで寝れば良いじゃないですか」

 それ以外の寝方は認めないとでも言いたげな、濃密な笑みを浮かべて迫ってくる姫さん。頷く以外の選択肢は俺には無かったようだ。

「本当に俺が一緒に寝てもいいのか?」

「あらあらあら、お姉様は何か良からぬことでもお考えで?」

 細めた瞳で言われ、ブンブンと慌てて首を横に振る。


「あらあら。別に宜しくてよ、お姉様。

 お姉様でしたら私を好きに扱ってくれてもかまいませんわ」

 無茶を言う姫さんだった。

 しかも、

「ですので、私がお姉様を好きに扱っても問題ありませんわね」

 無茶苦茶な理論の飛躍さえ見せてくれた。


「と言うことですので、お姉様。まずはお風呂ですわ」

 言うが早いか、部屋の隣に設置してある浴室の準備を始める姫さん。仮にもお姫様に風呂の準備をさせてもいいものかと思い訊ねてみれば、

「あら、お姉様。お姉様が入るお風呂、私が用意せずに誰が用意できようと言うのですか?」

 よく解らないが、あっさりと棄却されたようだ。


「はい、はい、お姉様。湯船の準備が済みましたわ」

「えぇっと、姫さん。どうして俺の服にキミの手が掛かってるのかな?」

 湯を張り終え部屋に戻ってきたかと思えば、姫さんはいきなり俺の着ている制服へと手を伸ばしてきた。

「あらあら、姉は妹の手助けで服を脱ぐのが高貴なる者のしきたり、淑女の嗜みですわ」

「いや、嘘だろ。絶対にそれは嘘だろ」

 伸びてくる姫さんの手を振り解き、距離を置く。

「むぅ。嘘じゃないのに……」

 頬を膨らませる姫さんだったが、受け入れる気は無かった。


 姫さんから逃げるように、浴室へと続く通路の途中で着ていた制服を脱ぐ。下着も外し、完全な裸体になるのはこの世界に来て二度目だった。

 なるべく下を見ないようにして浴室へと足を踏み入れる。

「おぉー」

 思わずこぼれ出る感嘆の声。

 風呂のサイズは俺の住んでいたマンションの風呂よりも遙かにでかかった。


 総檜造り――とは言えないんだけど、良い香りのする木材が使われた湯船だ。

 ほどよい温度なのか、足を入れればじんわりとした熱さが伝わってくる。

 本当ならば身体を洗ってから浸かるところなんだけど、ウエイトレス中に一度浄化符を使っているので身体は綺麗なはず。問題無いだろう。

「ふぅふへぇ~」

 肩まで浸かれば、間の抜けた言葉が口を衝いて出た。

 気持ちいい。

 異世界の風呂もまた気持ち良かった。


「そう言えばこの町って温泉で有名だったんだよな」

 ロロさんに貰った異世界世界の歩き方の冊子を思いだす。

「殺気の問題が解決したら、行ってみるかな……」

 自分では感じられないが、今も漏れ続けている殺気を何とかしないことには、ここ以外じゃ制服が脱げないんだよな。

 公衆浴場――なのかは知らないけど、温泉ってことは屋外で広いんだろうから、他にも入浴客居るんだろうな、きっと。


 ぶくぶく。


 気が付けばつい沈み込み、口から泡が漏れていた。

 鼻まで浸かる前に湯船から顔を出し、体勢を正す――んだけど、思わず落とした視線に顔を熱くさせる。

 温かい湯に浸かってことで、かつての俺には無かった二つの膨らみがほんのりと赤くなっていたのだ。ちなみにその先端の突起物は綺麗なピンク色をしていた。

「巨乳は浮くって聞くけど、本当なのかな?」

 美乳ではあるけど巨乳ではない俺のオッパイは、そこまでの浮力は感じられなかった。

 しかし、


「エロいな」


 身体の弛緩に合わせ思考まで緩みきっていたのか、思ったことが言葉になってしまう。

 湯船から出した乳房の上部がほんのりと汗ばめば、この上ない艶を感じさせてくれた。これで生まれ変わる前の身体をしていれば、数週間分のおかずには困らなかったかも――って、

「何くだらないことを考えてるんだよ、俺は」

「あらあら、何がくだらないんですの?」


「!?」


 頭上から届いてきた声に、湯船によって暖まっているはずの背中が一気に寒く感じた。

 恐る恐る顔を上げると、湯気の向こうには、

「姫さん! しかも裸!?」

 一糸纏わぬ裸の姫さんが居れば、思わず視線を逸らす。

「俺、出るから!」

 なるべく見ないようにして風呂から上がろうとする。


「あらあらあら、ダメですよ、お姉様。お風呂はちゃんと浸からないと。スィさん、お願い」

「うわぁ! な、なんだよこれ!?」

 湯船から出掛かった俺の手足に、触手状に伸びてきたお湯が絡みついてきた。

 ざぶんっとそのまま湯船に戻される俺の身体。何かに拘束されていた。


「何だよ、これ!?」

「あらあら、温泉スライムですわ。体構成の99.98%が水と言われる水スライム。その水成分が温泉成分で出来ているのが温泉スライムのスィさんですの」

「スライム――って、これって俺が捕食されてるんじゃ!?」

 脳裏に過ぎるのはスライムに纏わり付かれ、解けていく自分の身体だった。


「まぁまぁ、お姉様。スィさんは人の老廃物を好んで食すだけで、人の身体自体は食べませんから安心して下さいませ。それに、より活性化を促すためにお肌をつやつやのすべすべにしてくれる成分を擦り込んで下さるの。ネスの街に住む淑女の中では人気のペットですの」

 ペットですのって言われても、安心できる状況では無い。スライムの触手が俺の身体を舐るように撫でていくんだ。

 腰や内股をぬるぬると撫で、巻き付くように伸びてきた触手が胸を絞る。


「何か、ぬるぬるがくねくねと胸を揉むんじゃ――ァン!」

 堪えきれずにこぼれ出る嬌声。自分が発したことを自覚した途端、肌がいっそう赤く染まっていく。

「と、止めてくれ……」

「あらあら? スィさんに洗って貰えれば綺麗になりますのよ。それに、気持ちいいですし」

 俺の懇願を右から左へと聞き流し、姫さんはスライムの残っている触手で自らの身体を洗っていた。


 確かに気持ちいいのは解るんだけど、やばい、このままじゃやばい! 何て言うかやばい世界に目覚めそうでやばかった!

 だいたい、

「どうして、俺の殺気を浴びて平気なんだよ!?」

 制服を脱いだ今、俺の殺気はダダ漏れ中のはず。結界へやの外への影響は無いだろうけど、室内に居るのなら殺気を感じ取れるはずだ。


 たとえ単細胞なスライムとは言っても、生きているなら本能で怯えるんじゃないのか!?

「あらあら、お姉様。水スライムはペットとして作られた人造生物ですのよ。飼い主の意図は汲みますが、人の殺気などには反応しませんわ」

 自らの肢体を惜しみもなく晒しては、まぐわう様に身体を洗わせる姫さんだった。


「そ、そんにゃ……」

 絶望に打ちひしがれた俺をスライムの責め苦が襲う。

 表皮に浮かび上がっている老廃物の全てを食べ尽くすべく、俺の身体を蹂躙していく温泉スライム。そのままその触手は俺の足を掴み、左右へと広げ始める。

「だめ、止めろ、止めて、お願いだから、らめー」

 そしておっぴろげにされた股間をも洗っていくのだった……俺に不思議な快楽を刻んで。


 あー、やばい。クセになるかも。

 そして風呂から出る頃には、火照った身体でそんなことを考えていた。

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