第三話 いしょくじゅう

11 この没落(予定の)貴族様は?

「はぁい!?」

 いきなりの告白に固まる俺。その間にもカイルさんの言葉が続いていた。

「僕の妻に、我がキヴァリ家に嫁入りしてもらえないだろうか。無論、苦労はさせない。こう見えて我がキヴァリ家は伯爵家で僕、カイル=キヴァリは次期頭しゅ――」

 何やら言い切る前に、彼の横っ面には姫さんのハンマーが突き付けられた。

「あらあらあら、まぁまぁまぁ、カイル君。突然面白可笑しいことを口走りやがりますわね。それ以上とち狂ったことをお姉様に仰ったら、貴方の粗末な棒きれを引き千切って口に詰め込んで黙らせてあげますわよ」

「ひぃ……」

 楽しげなのに決して笑っていない笑顔で凄まれ、イケメン面が青ざめていく。

「でも、どうして突然お姉様に告白したのかしら? この没落かっこ予定のかっことじる貴族様は?」

 グリグリとハンマーで壁に押しやっては言う姫さん。不意にそのハンマーが止まった。

「お戯れを、贄姫」

 柄の端を掴んで止めたのは年老いたメイドさんだった。皺の感じから年の頃は六十と言ったところか。


 老婆とも言えるメイドさんだったが、その背筋はシャンと伸び立ち振る舞いは落ち着いていた。

「あら? ラリーラちゃんじゃない。貴女も来たのね」

 姫さんが老メイドことラリーラさんの名を呼べば、彼女は掴んでいたハンマーの柄を離し深々と頭を下げた。

 そんな彼女に、

「ラリーラさん、助けて下さい。いい加減、頭蓋からやばい音が聞こえそうなんです。潰れそうだから」

 助けを求めるカイルさ――カイルでいいか。

 そのあまりにも情けない姿に、心の中でイケメン野郎の格付けを落とす俺だった。


「あらあらあら。圧殺なんて貴族としては面白い死に様じゃないですの。没落理由としては歴史に名を残せますわよ」

「そんな死に様で歴史に家名を残したら、ご先祖様に怒られます!」

「贄姫。キヴァリ家が没落かっこ寸前かっことじるの貴族なのは認めますが、それを今、物理的に終わらせられても私が困ります。せめて、私の雇用契約が終わるまでお待ち下さいませ」

「あらあら? ラリーラちゃんがそこまで言うなら、今日のところは退いてあげるわ」

 押さえ付けていたハンマーから力を抜く姫さん。自由になったカイルは首やら頭蓋骨やらを確認していた。


「えぇっと、そのメイドさんは?」

 恐る恐る訊ねる。正直、展開に付いていけないでいた。

「申し遅れました。

 キヴァリ家のメイド長にして、おぼちゃ――コホン、若様のお目付役としてネス町まで派遣されましたメイドのラリーラです。以後お見知りおきを」

「あっ、サツキです。渡来人の」

「渡来人の――お美しい方ですね。

 でも、何故若様はあの様な暴走をなされたのでしょうか?」

 俺の胸を見ては不思議そうに小首を傾げるラリーラさん。


「ラリーラさん?」

「失礼しました。

 うちの若様は胸のふくよかな母性豊かな方がタイプなのです。サツキ様も十分立派な胸をされてますが、失礼ながら若様の好みには些か小さいので……」

 女としてならば微妙な言われようだけど……ラリーラさんにしてみれば、カイルの性癖にそぐわない俺に対しての突然の告白劇が理解できないようだ。

「あら、まぁ、カイル君。どう言うことかしら?」

 端で聞いていた姫さんが今も頭の確認をしているカイルに訊ねた。一方のカイルは、俺達の前で性癖を暴露され、微妙にその端整な顔を引きつらせていた。


「それがその……自分でもよく解らないのですが、たぶんサツキ殿のあまりの美しさに当てられたと思われます」

 ちらちらと俺の方が窺いつつ、どこか曖昧に話すカイル。

「ふーん。

 お姉様が美しいのは認めますけど、どうして今更? 着替える前から顔は会わせていたはずですのに……」

 眺め眇めては考え込む姫さん。

「先ほどまでのサツキ殿は殺気の固まりでしたから、まともに顔を見ていなかったのです。それで、その殺気が押さえ付けられましたので、殺気無しのサツキ殿を目の当たりにしたら、つい」

 魔が差したのだと彼は言う。

 何となく、俺には解ってきた。たぶんこれが、ロロさんの言っていたマイナスポイントの所以なんだろう。


 でも、厄介すぎるだろ、そんなの!?

 大きくなった胸の内で人知れず叫ぶ。

 仮にスキルレベルを上げて殺気を押さえ付けることができるようになっても、見た目は誤魔化せないのだ。

 そして、殺気といった身を守る術を封じた時点で、俺は飢えた野獣共の前に置かれたプルプル震える小動物でしかない。

 最悪の未来を妄想しては、顔を青くする。


「……殺気出しっ放しの方がマシな気が」

 人とのふれ合いは得られないけど、その代わり先ほどのカイルみたく襲ってきたりはしない。

 脱ぐか――と考えている俺に、老師が声を掛けてきた。

「ああ、それなら問題無い」

「老師?」

 真っ暗な未来に打ちひしがれている俺の頭に、老師が何やら押し付けてきた。

「布?」

 手に取ったそれは三角の布――所謂三角巾だ。


「そいつを付けて、その魔装は完成するんだ」

 言われるままに頭に付けてみる。それで何がどう変わったのかは解らないんだけど……

「あら? まぁまぁまぁ」

 俺の周りを回ったかと思うと、ムスッと口を尖らせる姫さん。何か気に入らないようだ。

 かと思いきや、

「姫さん!?」

 いきなり抱きついてきては、綺麗に整った鼻先を俺の胸元に埋めてきた。

 クンカ、クンカ――とした擬音が聞こえてきそうなくらいに匂いを嗅いでくる姫さん。

「良かった。お姉様はお姉様ですの」

 彼女が何を言っているのかよく解らなかった。


 どう言うことかと説明を求めれば、

「三角巾を身に着けたら、お姉様の気配が遠ざかっていたのですわ。でも抱きついて匂いを確かめれば、お姉様はお姉様。私のお姉様のままでしたの」

 とのこと。

 老師の言うように、三角巾を装備したことで偽装が完璧になったらしい。

 何が何やら解らないんだけど……試しにステータスで確かめてみれば、


 状態異常 普通の女給(偽装)


 なる項目が表示されていた。

 三角巾の有る無しで何が違うんだ? 殺気自体は三角巾が無い状態でも消えていたんだよな……

 ふと、そんな疑問が浮かび、三角巾を外してみれば、


 状態異常 超絶美人な女給(偽装)


 女給に掛かる修飾語が変わっていた。

「三角巾は容姿の認識阻害を担当している魔装だからな」

 老師が教えてくれた。

 とにかく、これを身に着けている限り俺は普通のウエイトレスとして認識されるようだ。

 ホッと胸を撫で下ろし、表示していたステータスを消す――と同時に、


 シークレット・スキル『殺気変換』の習得条件1をクリアしました。


 不意に、脳内にそんなアラートが告げられた。

 慌てて再度スタータスを確認すると、スキルツリーに『殺気変換』が出現していた。

 スキル名をタップしてみれば、その習得条件が現れる。


《一定時間、殺気を変質させてみよう(手段問わず)》


 と書かれていた。

 ウエイトレスの制服を身に着けて約三十分。どうやらそれで習得条件1とやらを満たしたようだ。

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