10 惚れました!
「はい、お姉様」
姫さんが差し出してきたのは一揃えの女物の服だった。
「これをどうしろと?」
「着てくださいませ」
予想通りの返答だ。
「えぇっと、いきなり着ろと言われても……」
一番上にあった白いシャツ――チュニックってヤツだと思う――を広げてみれば、丈は問題無いんだけど首回りが大きく開いており、肩辺りから鎖骨が丸見えになるデザインだ。
こんなのを着たりしたら胸の谷間が見えそうで、少女初心者の俺にはハードルが高い衣装だ。
スカートを見る限り、露出自体は高くないみたいだけど、心の抵抗が。
「そいつは昔、姫がここで手伝いをするって言い出した時に作った制服でな。姫の正体がばれないように町娘に偽装出来るように作った魔装の一種なんだよ」
躊躇っている俺を見かねたのか、ドア老師が色々と説明してくれた。
「着ればお前さんの殺気も誤魔化せるはずだ」
「はぁ……そうなんですか」
女装自体は自分が女の生活に慣れるのに併せて、おいおい少しずつバリエーションを試す予定だったんだけど……
着替え用にと用意された奥の倉庫でローブを脱ぎ、鎧を外す。
ぷるん――と、胸当てで押さえ付けられていた胸が自由になり、少しだけ不思議な開放感を感じた。
着ていた服とブーツを脱ぎ、下着姿になる。
一日ぶりに目の当たりにした自らの下着姿は眩しく、異様に恥ずかしかった。
なるべく自分の身体を意識しないようにしつつ、木箱の上に置かれた制服へと手を伸ばす。
まずは白いシャツ――チュニックを着込んでみることに。
「うっ……」
胸回りに感じる圧迫感に、思わず声が出た。
首回りが大きく開いているからゆったりしているのかと思いきや、元は小柄で貧乳気味の姫さんの衣装らしいから、胸回りのサイズが合っていない。
それでも何とか動けないことは無さそうだ。
ただ、
「ブラの紐が目立つな」
肩から鎖骨全体が露わになっているそのデザインでは、肩に掛かるブラジャーの紐が丸見えだった。
正直、下着が見えるのは何か下品そうで嫌な感じがする。
かと言って、
「ノーブラで着るのは不味いよな?」
誰に問い掛けるでもなく呟く。
胸回りのサイズが小さいこともあってか、ノーブラだと乳首の形とかがくっきりしそうなんだよな。
どうしたものかと思案しつつ荷物を漁れば、替えの下着は肩紐の無いタイプのブラジャーがあった。
それと交換し、チュニックを着直す。
鏡の魔道具で確認すれば好い感じだ。ただやはり、胸のぱっつん感は否めない。そして、その形が余計に膨らんで見えている気がした。
続いて下半身――スカートを穿いてみるんだけど、ジャンパースカートとでも言えばいいのかな?
それは、胴回りと肩に掛ける紐で胸の部分と背中の部分が大きく開けたデザインの――ちょうどドイツとかスイスとかの方にある民族衣装な感じのスカートで、微妙にサイズの合わないシャツで形作られた胸を掬い上げる造形で、より一層胸が際立ってるようになってしまった。
視線を落としては、先ほどまで以上に立体的に感じられる自分の胸を自覚し、
「うぅ……」
低く唸る。
何て言うか、女を強く自覚させられる衣装で、恥ずかしいことこの上ないのだ。
最後に、一緒に渡されていたエプロンをフレアスカートの前に取り付け、ブーツの代わりにと用意されたミュールへと足を通す。
ヒールはさほど高くは無いんだけど、男の履き物とは違い慣れが必要そうだ。
「ほう」
姿見に映し出された自分の姿に息を飲む。
そこに映るのは、ファンタジー映画に出てくる酒場で働く町娘そのものだったのだ――それも、美形女優が演じてそうな。
「でも、本当にこんな格好をしただけで殺気が紛れるのかな?」
自分では感じられない以上、その疑惑は拭えなかった。
店内へと戻る扉の前に立つと、
「すー、はー、すー」
一つ二つと深呼吸をする。ウェイトレスの女装は出来たが、第三者に見られることに抵抗があった。
特に、剥き出しの肩を擽る空気と強調された谷間が気になってしょうがない。
だからと言って、いつまでも躊躇ってはおられず、覚悟を決めてドアノブに手を掛けた。
ガチャ――
鈍い音を発てては開かれる木製の扉。いまだ閑散としたままの店内に一歩足を踏み出せば、
「あらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁ」
出迎えてくれた姫さんが俺の周りをくるくると回るように見分していく。そんな彼女の好気に満ちた視線に晒され、頬が紅潮していくのが解る。
ふと、姫さんが俺の前で立ち止まった。じぃーっと見つめるその視線の先は――
「あら? まぁまぁまぁ、ぱっつんぱっつんですわ」
小さな布地を引っ張るように存在する俺の胸。
「おかしいですわ、変ですわ。お姉様の胸が私よりも大きいだなんて。きっと詰め物ですわね」
「ちょ、ちょっと姫さん!?」
止めるよりも先に伸びてきた彼女の手が俺の胸を鷲掴みにしてきた。そのままフニフニと揉み拉いてくる。
「ぁん」
こぼれ出かけた嬌声にハッとし、慌てて口を押さえては堪える。それほどまでに耐えがたい感覚が身体を襲ってきたのだ。
「ひ、ひ、姫さん。ちょ、ちょっとたんま! そ、そ、それ以上は止めてくれ!! 何て言うか色々とやばいから」
無理矢理彼女を振り解けば、少し物足りなさそうな顔をする姫さんだった。
「胸が大きく見えるのはサイズが若干小さいからだよ。これって、姫さんのサイズに合わせてるんだよね?」
俺がそう言えば、後で代わりのチュニックを用意すると言ってくれた。ちなみにスカートは腰回りが問題無いのでそのままだそうだ。
――って、いつの間にか俺がこの服を着続けることで話が纏まっていることに慌てる。
「あの、姫さん。本当にこれを着ていると俺の殺気がどうにかなったりするのかな?」
着るには着たが、正直騙されている感が拭えないでいた。
「はいはい、それは確かですわ。お姉様が纏っている気も、先ほどまでの殺伐としたものとは全然違いますもの。そうでしょ、ドア」
「ああ。ピリピリとした皮膚を刺す感じが無くなったな」
ドア老師にまで言われれば納得するしかなさそうだ。でも、この二人って一般人からはかけ離れていそうなんだよな……
そう思い、この場では比較的一般人に近いと思われるカイルさんへと意識を向ければ、
「…………」
彼は俺の方を向いた体勢で言葉無く固まっていた。
「あの、カイルさん。俺の殺気はどうかな?」
俺の呼び掛けに再起動を果たした――かと思った瞬間、
「惚れました!」
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