8 それはかなりの濃厚で
姫さんは呪文とは思えないワードを口にした。
彼女の手が輝くのに伴って、額がむずむずしてくる。そのまま待つこと数分。輝きが収まっていった。
「あらあら、まぁまぁ、本当に転生したてなんですね。基礎レベルがLv1のままですわ。
それ以外に変わった所と言いますと――」
一拍間を置いて、
「スキルツリー『殺気放出』」
ポツリと彼女が呟いたのは物騒なスキル名だった。
「殺気……はつどう?」
「ツリーレベルは1で殺気放出(強)ですわ。詳しい内容は、常時殺気を発動し続ける。その濃さは達人級――とのことです」
「えぇっと、姫様。
つまり、サツキ殿が出している殺気は、彼女の意思に関係なく垂れ流されていると言うのですか?」
固まる俺を余所に、カイルさんが姫さんに訊ねていた。
「ええ、そうですわ。どばどばと、だらだらと、壊れた水道の如く絶え間なく大量に。ねっとりと濃密に――ですわ」
「それって、自分の意思で止めることは?」
「無理ですわ」
あっさりと否定する姫さん。
「でも、どうして殺気なんて? それに、基礎レベルがLv1なら、彼女自身は相当弱いってことですよね? それなのに達人級の殺気を出してるなんて……何て出鱈目な人なんだ」
すっかりと呆れるカイルさんだった。
俺に実害が無いのが解ったためか、少しだけ緊張を和らげたように見える。でもあくまで少しだけのようだ。今も、額にはうっすらと冷や汗が伝っていた。
「しかし達人級の殺気か。儂らには大丈夫だが、一般人には耐えられないだろうな」
長い顎髭を撫でながら口を挟んでくるドア老師。
「いや、老師。僕でもかなりきついんですけどね」
「ああ、坊主は上位者から熟練者級辺りだったか」
「達人級に熟練者級って?」
思わず疑問が口を衝いて出た。
「お姉様、その道の技巧を表す基準のことですわ」
「基準なんだ」
詳しく聞けば、
初心者級、中位者級、上位者級、熟練者級、達人級、伝説級の六段階に分かれており、武人ならばその強さを、職人ならば制作物の出来のレベルを示していた。
初心者は文字通り、その道に足を踏み入れたばかりの初心者。中位者は基礎的な技術を大まかに習得したレベルで、先ほど門の所にいた自警団の大半はここに位置するらしい。
上位者はそこから一歩抜きに出た存在で、職人ならば自立しその道一本でやっていけるレベル。熟練者は弟子がいるレベルとなり、達人はそのジャンルの頂点。伝説に至っては歴史に名を残す――らしい。
ただし、その区分に明確な線引きは無く、同じ達人級でも伝説級に足を踏み入れかけているドア老師と、二人でギリギリドア老師と互角の自警団団長副団長じゃその差は二倍近く離れている――とのこと。
ドア老師の戦う所も見ていないし、団長副団長も知らないから何とも言えないけど。
「ちなみに姫さんは?」
「あらあらあら、まぁまぁまぁ、私の強さを知りたいのですわね、お姉様は。でも、ダメでしてよ、乙女に強さだなんて聞いたりしちゃ」
「姫は儂と同じ達人級だぞ」
答える気のない姫さんだったけど、ドア老師が教えてくれた。
「むぅー、ドアのいけず」
ぷっくりと頬を膨らますのが愛らしい姫さんだった。
う~ん、妹がいればこんな感じなんだろうな。
「お姉様!?」
「あっ、ごめん。つい」
つい、無意識に姫さんの頭を撫でていたことに気付き、慌てて手を引っ込める。
「いえいえ、お姉様。驚いただけですの。お姉様でしたら、どれだけ撫でてくれても宜しくてよ」
そう言って頭を差し出してくる姫さん。もっと撫でろと言ってるようだ。
仕方なく、頭を撫でながら話を続ける。
「それで、俺の垂れ流している殺気は達人級だから、ある程度の強さを持った人じゃ無いと耐えられないってことですか?
そんなモノ、本当に出てるのかな?」
キョロキョロと身体を見渡すが、目に見えていない以上解りようがない。
「サツキ殿は自分の殺気を自覚してないんだよね。それはかなりの濃厚で、一般人じゃ直視すら辛い殺気だよ。その証拠に、鉄の髭に泊まっている常連客も部屋から出てこないし」
「…………」
ロロさん、目付きの悪さよりも悪化してませんか?
この場にいないロロさんに問い掛ける。
何となく、自分の身に起こっている現象が解ってきた。
転生前にロロさんが吹き込んでくれた魂の補填、あれによって強化された魂が肉体に作用しないようにした結果、目付きの悪さ――眼力の代わりに殺気として現れ、垂れ流すようになってしまったんだろうな。
でもそれって、
「押さえることって出来るのかな?」
自分自身殺気を垂れ流している自覚が無いので、どうすれば良いのか見当も付かない。
「お姉様。
お姉様の殺気放出はスキルツリーとして組み込まれてますから、熟練度を上げていけばいずれ、コントロールできるようになるかも知れませんわ」
勝手に垂れ流されるスキルの熟練度って、どうやってあげるんだ?
「ご自分を鑑定できれば熟練度も確認できるんですけどね。あいにくと、私の鑑定ではそこまでは――」
「姫さんってどうやって鑑定してるんだ?」
「私はこちらの神具である鑑定の指輪を使ってますの。これを指に填めて呪文を唱えれば鑑定が可能なんですの」
先ほど輝いていた指輪を見せてくれた。
「それって、俺が填めても使えるかな?」
「あいにくと、王家の血筋の者にしか使えないのですわ」
申し訳ないように首を横に振る姫さん――って、王家の血筋が流れてるって本物のお姫様だったのか。
亡国のってのは冗談だと思っていたんだけど……
思わずまじまじと見つめれば、キョトンと微笑む。その顔は愛らしくも可愛かった。
「王家か……さすがに無理だな。神様っぽい人の加護は受けていると思うけど」
ロロさんのことを思いだしてはポツリとこぼす。少なくとも今の俺はロロさんによく似た顔をしてるんだ。何らかの影響は受けていそうだ。
「神様……ですの?」
俺の呟きが気になったのか、瞳をまん丸にした姫さんがじぃーっと俺を見つめてくる。
まるで俺の内面を見据えるように……
「あら?」
不意に、姫さんが小首を傾げてみせた。
「あらあら、まぁまぁ、お姉様って管理神の加護を受けてますわ」
「管理神の?」
ロロさんは管理運営を代行していると言っていたけど、ロロさんのことなんだろうな。
「管理神はリグラグの世界の情報を管理していると言われてますわ。もしかして、何らかの情報が見えるかも知れませんね」
何らかの……
「……アクセス、システムコマンド」
無意識にそんな呟きを囁いていた――途端、
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