7 完全武装は乙女の身嗜み
「仕方ない。僕が案内するよ。こっちだ、サツキ殿」
どこに連れられるのか解らないが、従うことにする。背後からは再び窓を開けて俺を窺っている者達の気配はするんだけど、振り返ればすぐに閉められてしまう。
どうなってるんだか?
現状が解らない状況に置かれると、不安しかないんだよな。
このまま連れて行かれるのは絞首台とか牢獄とかじゃないと良いんだけど。
若干、俺に対して距離を取って案内してくれるイケメン隊長の背中を見ては、そう願っていた。
「ここだよ」
「鉄の髭亭?」
案内されたのは、そんな看板のある一軒の店だった。唯一俺が近付いても窓も扉も閉まらなかった店だ。
そこは一見してレストランのようだ。ただし、客の姿が無い。
「老師、いますか?」
「おう。
そいつが、町に近付いていたあれの正体か」
カウンターの奥から現れた人物を見て、俺はぽっかりと口を開けてしまう。
「何だ? ドワーフは初めてか?」
コクコクと頷く。
そこに現れたのは、もじゃもじゃの髭を生やした小柄でずっしりとした筋肉質の男――ドワーフだった。
その無骨で太く逞しい腕は、今の俺のウエスト以上に思えた。
「しかし、綺麗な顔しておっかなそうな奴だな。ウチの客もみんな部屋に戻ってしまったぞ」
「でしょ?
僕もここまで連れてくるのに、かなりの冷や汗ものでしたよ」
平然としていたイケメン隊長だったけど、かなり緊張をしていたみたいだ。
「こんなのまともに相手できるのは、ウチの団長達を除けば老師か姫様くらいなもので。厄介事だとは承知してますが、お願いします」
「ふんっ。まぁ、いい。
姫――」
鼻を鳴らしたかと思えば、老師と呼ばれていたドワーフは階段の上へと呼び掛けた。
「姫! 気付いてるんだろ? 早く降りてこい!」
「もう、ドアってばうるさいですわ。私も乙女なんですから身嗜みを整えるくらいの時間、必要ですの」
口を尖らかせて階段を降りてきたのは、白銀の髪をした一人の少女だ。年の頃は俺より少ししたの中二ぐらいで、小柄な体躯からは華奢な印象を受けるんだけど……
「ハンマー!?」
肩には場違いなまでにでっかいハンマーが担がれており、その出で立ちは要所要所が金属製のプレートで覆われたモノだった。
ゲームとかに出てくる女騎士って感じの姿だ。そう言えば姫って言っていたから、姫騎士か。
「完全武装は乙女の身嗜みとは言わないと思うがな」
「あら? 武に生きる者にとってはドレスにも勝る礼装ですわ」
しれっと返す姫騎士。
「それでその方が件の?」
「はい、そうですよ」
イケメン隊長が頷いてみせた。
「あらあら、まぁまぁ……これはまた、大変素晴らしいですわね」
突っ立っている俺に近付いてきたかと思えば、ぐるぐると回り出す。そんな彼女の好奇心溢れる視線が擽ったかった。
「えぇっと、彼女は――って言うか、皆さんは?」
誰一人として紹介されていないことを思いだした。
「あっ、申し遅れた。
僕は自警団第三小隊の隊長をしているカイル。こちらのドワーフは鉄の髭亭のマスターであるドア老師。かつて英雄と言われた武人です」
「過去のことだ。今はしがない宿屋の老店主でしかない」
そうは言うが、その雰囲気は歴戦の強者って感じがした。
「そして彼女はクローラ様。屠龍姫とか言われてる、亡国の元お姫様だよ」
「屠龍姫だなんて、そんな大それた代物じゃなくてよ、カイル君。私はただの贄姫。贄姫のクローラですわ。よしなに」
スカートの裾を摘まんでは優雅な挨拶をしてくれるお姫様だった。
「えぇっと、初めまして。クローラ姫様。それに、カイルさんにドア老師も。
俺は……渡来人のサツキと言います。昨日、この世界に転生してきたばかりの者ですので、色々と教えて貰えると有り難いです」
素直に名乗っておく。プレートを確認されてる時点で隠す必要は無いのだ。
「あらあら、まぁまぁ、素晴らしい」
何が素晴らしいのか解らないが、俺の手を取り感動するクローラ姫だ。
「えぇっと、クローラ姫様?」
「クローラとお呼び下さいませ」
いきなり呼称の修正を願われた。
「いや、さすがに知り合ってすぐの女性を呼び捨てには……クローラ姫が堅苦しいなら、姫さんとでも呼ばせて貰うよ」
俺がそう言うと、若干ふて腐れたように膨れ気味になる姫さんだった。
「その代わり、俺のことは好きに呼んでくれていいから」
「じゃあ、じゃあ、お姉様とお呼びしても宜しいですか?」
「それはまぁ、別に良いけど……」
自分から振った手前もあるが、目を爛々と輝かされてしまえば承諾するしかなかった。
何故お姉様になるのかは気になったけど、俺としても女扱いされることに慣れておく必要があったので、普通に名前で呼ばれるよりもその方が今の自分を自覚できそうな気がしたから断る必要は無かった。
「お姉様、お姉様、お姉様、クローラのお姉様だ……」
どこか浮ついた顔で上気し、お姉様を連呼する姫さん。若干退きたい気分だけど逃げ場が無い。
「じゃあ、姫さん。先ほどの贄姫とか屠龍姫って言う――」
言い切る前に彼女の人差し指が俺の口を塞いできた。
「あらあらあら、まぁまぁまぁ、お姉様。乙女には秘密が付きものですわよ」
教えてくれる気は無いようだ。
話題の矛先を封じられたので、仕方なく本筋へと戻すことにした。
「カイルさんはどうして俺をここに?」
「それは、姫様のご助力を仰ごうと思ったんだよ」
まるで妹同士の戯れを見守る兄のような眼差しを浮かべていたカイルさんは、俺の問い掛けに慌てて答えてくれた。
「それに、こちらは厄介そうな来訪者の駆け込み場所で、トラブルを起こしそうな来訪者は、自警団の本部かこちらに連れてくることになってるんだ。今日は団長達が留守にしてるから、こちらに……」
英雄が営む宿屋で完全武装のお姫様の助けって、俺を葬る算段か!?
一瞬、最悪な状況も浮かびはしたけど、それならそれでここまでフレンドリーな対応はしないか。
「姫さんの助けって?」
「彼女はこの町で唯一鑑定が出来るお方だからさ。サツキさんを診て貰おうと思ったんだ」
「鑑定?」
何て言うかゲームだな。
そんな感想を抱く。
「じゃあ、お姉様。さっそく、鑑定しますわね」
俺の額に手を翳したかと思えば、
「アクセスシステムコマンド、ステータス鑑定、対象はサツキお姉様」
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