第二話 アレを垂れ流す女体
6 男の恋人を作る? 俺が!?
眼前には夕陽を浴びて赤く染まる雄大な山々――ネスス山脈とやらが広がっていた。そしてその山裾の、街道の行き着く先には高い城壁で囲まれた町があった。
目的地の温泉町ネスだ。
「思ったよりも早く着けそうだな」
地図上で見る限り、もう一泊野宿が必要におもえた距離だったんだけど、どうやら無意識に足早に歩いていたようだ。
まぁ、無理も無いけどさ。
あんなでかい繭を見てしまえば、一人で野宿なんてちょっと無理だ。
かと言って、相も変わらず馬車は俺を避けては追い抜いていくため、旅の同行者を得ることが出来なかったんだよな……
「俺って、人を寄せ付けない変な匂いでも出してるとか?」
思わず匂いを嗅ぐが、漂ってくるのは汗と土埃で汚れた体臭だけだ。浄化符で付いた甘酸っぱい匂いはとっくに消えていた。
う~ん、女としてこういう匂いは気を付けた方が良いのかな?
町が見えてきたことで心にゆとりが出来てきたのか、ついついくだらないことを考えてしまう。
「でも、これだけの美人だと着飾るのとかも楽しそうだな」
前世では衆目を集めることを避けていたから、大人しめの野暮ったい服ばかり着ていたんだよな。
だからこそ、他人の目を一身に浴びることに憧れはあったりする。
でも、
「着飾ってどうしよう?」
女の身体で着飾っても集めるのは男の視線だ。
それって、
「男の恋人を作る? 俺が!?」
思い描いた未来図に身の毛がよだった。
野郎とのデート、野郎とのキス、野郎との抱擁、そして野郎との交わり――
「んなの、出来るか!!」
絶叫しては、頭を抱えて蹲る。
いくらこの身体が男を受け入れるために出来ているとは言っても、俺の精神がそれを許せそうにはなかった。
自分も男だっただけあって、男が美女に何を求めるのか丸わかりなのだ。人とのふれ合いは欲しいけど、下心アリの男との接近には抵抗がありすぎた。
そして導き出されたのは、
「最悪、レズとして生きるか」
我ながら、どこか明後日の方角を向いた結論だった。
「おい、貴様! 何やってるんだ!!」
不意の怒声に顔を上げれば、俺を取り囲む武装した一団がいた。ただ、距離は若干離れており、遠巻きに眺めているって感じだ。
「すまない。少し、取り乱していただけだ」
慌てて弁解し立ち上がるも、
「怪しい奴! 貴様が通報にあった奴だな!! ネスの町に何の用だ!?」
「通報?」
いきなりの不審者扱いに戸惑う。
「しらばくれるな! 昨日から何度も、商人達が言っていたぞ! 怪しい奴がネスの町を目指して街道を歩いているって!!」
やはり俺は、彼らに避けられていたようだ。
でも何故!?
目付きの悪さが生きてるとしても、直接視線が合わなければ避けられることは無いはずだ。
まさかこの世界の人達って、無茶苦茶目が良いとか? でもそれだと、背後から避けられるのはおかしいか。
ロロさん、俺の身体に何をしたんだ?
ついつい不安が募る。
「何を黙り込んでいるんだ! やはり、何か企んでいたのか!? 何をする気かは知らないが、そんな真似、俺達ネス自警団がさせないぞ!!」
どうやら彼らは、冊子に載っていたネスの自警団のようだ。
「あー、俺はただの旅の者だ」
害意は無いと示すように両手を挙げて応える。
「放浪の旅の最中でネスには温泉があると聞いたから来ただけだ。何も悪さをするつもりはないから、町に入れてくれないか?」
「信じられるか!」
「そうだそうだ」
俺の言葉に自警団が口々に叫び返してくる。ただ、威勢の良さに反して彼らの身体が小刻みに震えているように見えるけど、もしかして新人の部隊だったりするのかな?
新人だとまともに話を聞いてくれなさそうだよな……
「どうすれば信じてくれるんだ?」
「知るか――」
「だったら、まずは顔を見せてくれないか?」
反射的に拒絶する自警団の背後から、遅れてやってた男が口を挟んできた。
「隊長?」
「少し、僕に話させてくれないかい」
見た感じ好青年っぽいそのイケメンは隊長のようだ。
「それと、身分証もこっちへと投げ渡してくれ。確認したい」
言われるままに、俺はフードへと手を掛ける。
一瞬、素顔をどんな風に見られるかを恐れもしたが、このままでいる訳にもいかず、目深に被っていたフードを外した。
ローブの中に収めてあった長い翠髪も引っ張りだし、払うように首を横に振る。
俺としては自然な仕草のつもりなんだけど、何故か自警団の警戒色は跳ね上がり取り囲んでいる輪が一回り大きくなった。
「おい、何だよ、あれ!?」
「すげー美人なのに何者なんだよ!」
気の所為か口々に泣き叫んでいるように見える。どうやら俺の神々しいまでの容姿に当てられた――な訳無いか。
正直、対処に困るリアクションだ。
「解――身分証を投げる。確認してくれ」
左手からプレートを取り出すと、唯一後ずさりをしなかったイケメン隊長の足下にそれを投げつけた。
俺に対する警戒を解かないようにしつつ、足下のプレートを拾い上げるイケメン隊長。プレートを一瞥しては驚きの表情を浮かべた。
「隊長、何かあったんですか!?」
「皆さんも見てみて下さい」
隊長さんは俺のプレートを背後に控えている男に渡した。
「おい、このプレート、渡来人のモノだぞ!」
プレートを覗き込んだ団員の一人から、驚きの声が聞こえてきた。
「本物か? 偽物じゃないのか!?」
「バカ言え! 渡来人のプレートは神が発行してるんだぞ。緋緋色金のプレートを偽造なんて出来るかよ」
どうやら俺のプレートは特注品のようだ。
「しかしあれはやばくないか?」
「ああ。綺麗な顔してあれはやばすぎるな」
何やら叫んでいたかと思えば、俺の方を見直しては再び震え上がっている団員達だった。
その後、何らかの魔道具を用いてプレートの確認をし、返却された。
「すまなかったな、渡来人のお嬢さん――サツキ殿だったか。
その、警戒態勢(みがまえるの)を解いてもらえないかな? 僕達としてもキミが犯罪者で無い限りは手出しするつもりはないんだ」
言われ、少しだけ緊張を解く。
「出来ればその物騒なのも解いて欲しいんだが」
「物騒?」
小首を傾げる。
イケメン隊長が指しているモノが何なのか解らない。
「すまないが、貴方の言っていることがよく解らない。武装を差し出せって言うなら差し出すけど」
腰の双剣を指差す。
「いや、武装じゃなくて……ふむ」
何やら考え込むイケメン隊長。
「まずは老師の所に連れて行った方が良さそうだ。誰か、案内を――」
彼が求めるも、居合わせた団員の全てが首を横に振っていた。俺の立ち入りを認めてはくれたけど、完全に怯えているようだ。
その証拠に、
バタン――バタッ、バタッ、パタッ……
一歩町へと足を踏み入れた途端、周辺にあった建物の窓という窓が閉まっていった。
そして、通りには人の子一人いなくなっていた。
「…………」
あまりの嫌われように笑うしかなかった。
あはっはっはっはっ……
引きつった笑みしかでないや。
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