5 おいおい、嘘だろ?

「う……ん……」

 白ずんできた朝陽を浴び、俺は目を覚ました。

「ふぉわぁ~」

 大きく欠伸をして身を起こす――って、何で俺は外で寝てるんだ? って言うか、何かおかしい――

「あっ、異世界に転生して女になったんだった」

 これまでの経緯を思いだした。


「んー」

 大きく伸びをする。

 鎧を着たまま寝たこともあってか身体が固まり、節々が痛い。それでも徒歩移動の疲れからか熟睡は出来ていたようだ。

 どれくらい寝ていたかは解らないんだけど、完全に朝まで寝入っていた――!?

 ハッとしてたき火の跡を確認する。

 そっと指先を伸ばすが、熱気が伝わってこない。随分前に火が消えたようだ。

 って、ことは――


「ランナの葉っぱをくべずに寝ていたのか!?」

 その事実に愕然とする。

「俺、良く無事でいられたな……」

 魔獣が徘徊する地で熟睡していたのだ。起きることなく食べられていてもおかしくない。

 今更ながらに青ざめてきた。

「もしかしてこの辺りには魔獣はいないのかな?」

 希望的観測だが、こうして無事であることに感謝する。

 それにしても、

「生き物の気配ってほとんど感じないんだよな。音も風の音くらいしかないし」

 どれだけ耳を澄まそうが、獣の鳴き声鳥の囀り一つ耳にしなかった。


 その後、近くの小川で顔を洗うと――

「何て言うか、昨日よりも恥ずかしいな」

 森の奥でパンツを下げつつ頬を赤らめていた。

 誰も見ていないのは解っているんだけど、ついキョロキョロと辺りを確認してしまう。

 明るい中、太陽の下で小便をすることに抵抗があった。昨日はまだ夕闇で薄暗くなってから催したので、ここまでの羞恥心は無かった。

 何より、下を見れば出て行くのが見えるのだ。周りが明るすぎて落ち着かない。

 なるべく下を見ないようにするも、激しく放出される開放感に不思議な気分になっていく。

 全てを出し終え、立ち上がろうとした俺の身体が止まった。

 尿意が消えた代わりに、

「おいおい、嘘だろ?」

 便意が襲ってきたのだ。


 昨日から大した量は食べていないし、女は便秘気味なんだろ? なのにどうしてうんこがしたくなるんだよ……

「この転生体、消化器官まで快調なのか!?」

 すでに出始めているそれを止める手段は無く、覚悟を決めるしかなかった。

 踏ん張れば踏ん張るだけ、太くて長いものが出て行くのが解る。さすがに小便とは違い男の時と同じ感覚だ。

 でも、野外での野ぐそは恥ずかしいことこの上ない。

 それに、

「これはさすがに浄化符を使わないとまずいよな?」


 小だけならば多少の湿り気は我慢しようと思っていたんだけど、大もとなればそうは言っていられない。

 ただ問題があるとすれば、先に食事を済ませておくべきだった。

 そうすれば、食後の歯磨きも兼ねることが出来たのだ。

 まぁ、今更どうにもできないけど……尻も拭かずに食事を摂るなんて真似、さすがに文明人としての沽券に関わる。

「――って、浄化符は他の荷物と一緒にたき火の場所に置いてきたままだった」

 食事をとるとらないは別にしても、うんこをしたお尻でパンツを穿くことは避けられそうになかった。

 はぁ……朝から鬱だ。


「スカートは恥ずかしいけど、パンツの上げ下げは楽で良いな」

 そんなくだらないことを考えつつ、パンツを穿――


 ――ポタッ。


 頬に何かの液体が垂れてきた。手で触れればねっとりと粘りけがある。

 何事かと見上げれば――

「ひっ!?」

 思わず上擦った悲鳴を上げてしまった。


 そこには白く大きな物体があり、その裂け目から粘液が滴り落ちてきたのだ。

 今一度、顔に粘液を浴びた俺は、気が付けば駆けだしていた。


 逃げるように、離れるように、早く、速く、疾く――


 全力で森の中を走り抜け、たき火のあった場所へと戻ると置きっ放しだった荷物を拾い上げ、街道まで逃げていくことに。

 街道に辿り着くと、遠くに見える森を振り返っては何も追いかけてきてないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろした。

 でも、鎧に押さえ付けられた胸の内で逸る心臓の動悸は押さえられそうになかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……さっきのあれって、繭……だったよな?」

 今一度、自分が見たモノを思いだしては身震いする。


 あれは虫が作る繭だった。


 地球上でもある代物だし、自然のある場所へと行けば日本でも見られる代物だ。

 ただ、そのサイズが全然違った。

 それは人より大きい――と言うか、牛ぐらい軽く入っていそうな巨大な繭だったのだ。そして、それは裂けており、その中から乾いていない粘液が垂れてきたのだ。

 何かが羽化した跡なのは解った。それも、つい最近に。

 だからこそ、一目散に逃げてきたのだ。


「夜中のうちに孵ったっぽいけど、良く無事でいられたよな」

 今更ながらにどっと冷や汗が吹き出してきた。

 考えられるのは、たき火が燃えている間に羽化した虫はランナの葉の効果によってその場を離れた――と。

 運は良かったみたいだけど、少しでもズレていれば俺は完全に捕食されていたと思う。

 生きていたことを幸運と捉えるべきか、自分の危機感が足りなかったことを反省するべきか――


「後者だな」

 ポツリと呟く。


 今回はたまたま運が良かったかも知れないが、そんな幸運が二度と続くとは思えない。

 異世界転生一日目とは言え、自分の不注意さを恥じることにした。

 朝だと言うのに食欲がすっかりと失せた俺は、粘液やら汗やらあれやら――で、色々と汚れた身体と装備を浄化だけしておくことにした。

「これで良しっと!」

 必要以上に湿った股間もさらりとしたことを確認すると、俺はネスの町目指して街道を北上するのだった。

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