4 紙はどうするんだ?
街道から外れ、近くにあった森で集めてきた薪に火を付けて――っと、
「ランナの葉っぱが必要だったな」
忘れず取り出したランナの葉を一撮み分千切ると、火にくべた。
すると、赤かった炎の外周部分に緑色が混ざってくる。魔法のある世界だ。何らかの魔法的効果が働いているんだろうな。
あとは、この緑色が薄くなってきたら新しいのをくべればいいのか。
冊子で使い方の確認を終えると、薪と一緒に取ってきた果物と干し肉を囓る。
腹一杯とまではいかないが、空腹感は紛れていった。
後は……冊子に一通り目を通すべきなんだけど、たき火の明かりじゃ長時間本を読むのには適してないし、やることが無――
「むっ!?」
急激に、下腹部に尿意が襲ってきた。
「トイレトイレ――って、トイレなんてあるか!!」
思わず叫んでしまう。
見渡せば三六〇度フルに大自然だ。トイレなんて有るはずもない。
「しかたない立ちションで――」
唐突に気が付いたのだ。
自分の身がうら若き乙女であることを。
大自然の中での立ちション――ならぬ、しゃがみション。変な性癖に目覚めたりしないよな?
そんなくだらないことに思いを馳せつつ、森の中へと場所を移動する。
既に夜の帳が辺りを包んでいるから、たき火から離れてしまえば誰の目にも止まらないのは解るんだけど……女としてすることが無茶苦茶恥ずかしいのだ。
何て言うか、自分の根底的な部分までも女になったと、誰かに言われている感じがして。
そんな躊躇をしている間にも尿意は収まってくれるはずもなく、膀胱を圧迫してくれる。
穿いていたパンツを下ろし、しゃがみ込む。
「ふぅ……」
思わず声が口を衝いて出た。
あり得ない開放感と日本じゃ絶対に行ってはいけない背徳的行為に気分が若干おかしくなりかけていた。
これで野ぐそでもした日には――って、このまま旅を続けていればいずれ出す日が来るんだよな?
未来の自分を想像しては身震いする俺だった。
でも、
「紙はどうするんだ?」
尻を拭く紙が無い。それ以前に、小の方でも男と違って振ることが出来ないため、若干のしずくがパンツに付いたりしていた。
「冊子に何か書いてないのかな?」
困った時の冊子頼りではないのだがたき火の場所に戻って調べてみれば、旅の途中の風呂や洗濯などの身嗜みは全て浄化符を用いて綺麗にすることが出来ると書いてあった。
試しに使ってみれば、若干湿り気味だった股間はすっきりと乾いたし、服の汚れはもちろんのこと身体の汚れ――肌や髪、そして食事終えて汚れていた歯まで綺麗になっていた。
湯船につかった時の充足感こそ無いが、身体がさっぱりと清潔になったことで気分がいい。
気の所為か良い匂いも――クンクンと鼻を鳴らして自らの腕の匂いを嗅いでみれば、女の子らしい甘酸っぱい匂いがしていた――って、
「これは浄化符に付けられている匂いか」
浄化符にはデオドラント効果と清涼な匂いを付ける効果があると説明書にあった。
何て、至れり尽くせりな魔道具なんだ――って言うか、現代地球よりも圧倒的に便利だろ。
どこがどう文明が劣っているのか逆に不思議なくらいだ。
「って、もしかして、浄化符って高かったりするのか!?」
調べてみれば、今回使ったのは全身浄化できる符で一枚小銀貨一枚――二千円ほどである。
旅の必需品とは言え、結構な値段のようだ。
トイレの旅に毎回使える値段ではないし、その度に全身浄化する必要はない。
更に詳しく調べれば、トイレ用や歯磨き用といった用途に合わせた安価な符があるみたいだ。
今現在は全身用の符しか持ち合わせていないけど、次からは細かく揃えておいた方が良いかも知れないな。
完全にやることが無くなった俺は、少し早いが寝ることにした。
纏っていたローブを地面に敷くと、道具の入った袋をフードの中に収めて枕代わりにしては転がる。
「星が凄いな」
仰向けになり見上げた満天の空には、無数の星々が煌めいていた。
日本でも人工の灯りの無い山奥とかに繰り出せば星空は見えるが、その比じゃなかった。
「まさに星の海だな」
ただただ呆然とそれを見つめていた。
「さすがに見知った星座は無いな」
幾つかの明るい星を繋げてみるも、知っている星座は何一つ出来上がらない。ここには北斗七星も無ければ北極星も存在しないのだ。
今更ながらに、自分が異世界へと転生したのを痛感する瞬間でもあった。
そして慣れない徒歩移動の疲れからか、俺の意識は夢路へと旅立っていった。
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