3 みんな迂回していくんだよ!?
冊子の一番最後にあった地図を広げ、魔道具のコンパスを展開する――途端、地図には現在地と向いている方向、そして方角が表示された。
地図の向きと現実の方角を合わせ、向かう先を決めることに。
「現在地がここだから、向かえそうな町は二つか」
北側の山脈近くにある町と南西方向にある港町だ。
「えぇっと、北の町はネスで港町はオータか」
地図で確認した町名を冊子で探す。
【 温泉町ネス 】
人口千人で、北域にそびえるネスス山脈を迂回せず越える者達の宿場町であり、ネスス山脈より湧き出る温泉を活かした保養地。
主な産業はそれらの旅館業と観光業。副産業はネスス鉱石の採掘。
治安は不特定多数の客が入れ替わるため小規模ないざこざは起こるも、自警団の活躍もあってか中の中。
また、ネスス山脈周辺には多くの魔獣が住んでいるため、街道を離れるにはそれ相応の準備と覚悟が必要。
名物はきのこ料理とネスス猪の鍋。
【 港町オータ 】
人口二万の港町で主な産業は貿易と漁猟。航路の起点ともなる場所なため、多くの人が行き交う。
治安は王国兵が在留していることもあり中心街は中の上だが、外周部は地区によっては下の下とまで下がる。港周辺では、朝まで飲み明かす船乗りが多いため、若い女性の一人歩きには注意が必要。
また、未確認ながらも闇商売に関わってる者達もいるらしく、人攫いの可能性が見受けられる。
名物は魚介料理全般と輸入食品による異国料理。
「人口は二十倍の差があるのか」
もっともそれは単純な住人数であり、温泉宿場町なら湯治客、港町なら船乗りと、共に不特定多数の人達が入れ替わっているらしい。
「この二つから選ぶとしたら……温泉町のネスになるかな」
男のままならオータを選んでも良いんだけど、今の自分の身が女である以上ネスの方が無難そうだ。
荒くれな船乗りに襲われたりしたらたまったものじゃない。
少しだけ想像してはギュッとローブの中で華奢になった身体を抱きしめる。ロロさんが設定してくれた守る力がどれだけのものか解らない以上、危険は避けるに限るのだ。
目的地は決めた。
後はそっちに向けて歩き出すだけなんだけど……
「どれくらいあるんだろ?」
地図では現在地から温泉町ネスまでの距離が判断できない。
丸一日で済むのか、一週間以上かかるのか、見当も付かなかった。
問題があるとすれば、食料と寝床となる。
手持ちの干し肉とドライフルーツじゃ最大で二日保たせるのがやっとだろう。
「狩りしながら旅……なんて無理だよな」
狩りの経験なんてないし、何より生き物をさばける自信がない。
ソードとは別にあったナイフは動物の解体とかに使う用なんだと思うけど、できて魚くらいだろう。それも、ニジマスとか鮎くらいの小さなヤツ。鯉クラスのサイズになると多分無理だ。
まぁ、それ以前に魚を釣り上げる道具もないんだけどさ。鳥やウサギなんてなおさら無理な話だ。
「そうなると果物とか木の実か……冊子に何かあるかな?」
幸い冊子には、周辺で自生し食用に適した植物や薬草の類の一覧も載っていた。
これを上手く活用できれば、食事には困らなそうだな。
――って言うかこの冊子、異様に便利すぎないか?
ロロさんの詫びの品だけあってか有益すぎる指南書だった。
「食事は何とかなるとして、問題は寝床か」
食べられる植物がある場所だと、草食動物が集まってるよな? そうなると肉食動物も来る訳だ。
安易に連想できる食物連鎖に、嫌な予感がする。
パラパラパラとページを捲れば、周辺エリアに生息する魔獣の項目があった。
【 ペレレ狼 】
ペレレ草原を縄張りとする草原狼の一種。
草原狼の中でも小柄な方で一匹一匹は臆病だが、群れの数を増すごとに凶暴性を増す傾向がある。
基本夜行性のため、ペレレ草原で野宿をする際はランナの葉っぱをくべて匂いを付けた火を絶やさないことを勧める。
他にペレレ草原に住む魔獣を調べれば、そのどれもにランナの葉っぱの文章が記載されていた。
「ランナの葉?」
違うページを探ると、それは薬草の欄に載っていた。
【 ランナの葉っぱ 】
魔獣避けの効果を持つ針葉植物ランナの葉。
葉っぱをひと千切りし、たき火にくべるだけで四時間ほどは中級までの魔獣を寄せ付けない。
旅の必需品だが、通じない個体もいるので過信は禁物。
説明と一緒に載っていた図解を見て、慌てて足下を探す。さっきゴミだと思って捨てたのがそれなのだ。
幸いそれはすぐに見つかり、重要アイテムとして無くさないように袋へと戻した。
とにかく、これで魔獣は何とかなるとして……問題は、
「人か」
そう呟く。
「冊子を見る限り、野盗の類はいるみたいだしな」
仮に野盗と遭遇しなくても、街道を行き交う旅人や商人の中には素行の悪い奴だっているはずだ。
そんなのが今の俺の素顔を目にしたら絶対に襲われる! それほどまでの容姿をしているからな。
その点に関しては疑いようのない自信があった。
まぁ、ロロさん曰く、マイナスポイントが多数得られる容姿らしいし……
「まさか、異世界に来てまで他人の目で悩むとは思わなかったな」
状況は全くの正反対なんだけど……低く項垂れる。
「せめて自分の守る力がどれくらいなのか解ればな……」
腰の双剣を見ては独りごちる。
襲ってくる者全てを返り討ちに出来るくらいの強さなら問題無いし、最低でも逃げおおせるだけの力があれば十分だ。
かと言って、実戦でそれを試す勇気は無かった。
理想は複数の女性を伴った隊商を見付け、町まで同伴させてもらうことだ。女性が多ければさすがに襲われたりはしないだろう。
そんな幸運に出会えると良いんだけど……
意を決して街道のある方角へと足を向ける。遠巻きに気配を探りつつ、大丈夫そうな集団が近付いてきたら声を掛けよう。
そう方針を決めた。
――はずだった。
ほんの四時間ほど前まではそんな希望的観測に胸を躍らせていたんだけど……
「どうして、みんな迂回していくんだよ!?」
思わず叫んでしまう。
俺と同じようにネスの町へと目指す馬車は何台かあった。なのにその全てが、俺が知覚できるギリギリの範囲まで近づくと揃って迂回するように進路を変え弧を描くように遠くから追い抜いていくのだ。
まるで俺を避けるように――って言うか、
「完全に俺を避けてるよな?」
誰に聞かせるでもなく呟く。
迂回するのは何も、背後からの馬車だけではないのだ。街道を前から向かってきている連中も同じなのだ。しかも、そちらに関しては徒歩での旅人まで近距離でのすれ違いを避けるように遠回りしていく。
「もしかして俺って、野盗とでも思われてるのかな? それとも、女の一人旅が怪しいとか……」
でも、ローブを着てるから傍目には性別なんて解らないはずだし、一人で歩いている人間を野盗と考えるのは少し注意しすぎな気がするな。
でも、何故?
そんな疑問が堂々巡りで渦巻いていく間にも陽は傾き始めていた。
「そろそろ野宿の準備をしないとまずいか」
完全に陽が落ちてしまってからじゃ薪を集めるのも難しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます