2 種族は『人』で性別は『女』

 基本、道具は旅をする上で必要なものが一式揃っており、中には魔法の道具も幾つかあった。

 通称魔道具と呼ばれるそれらは、使い捨ての物と恒久的に使える物に別れ、使い捨てには火付け符や洗濯や風呂の代わりになる浄化符等々――そして、使い捨てではない物は篦状の木製魔道具が数本あった。

 それらの使い方に関しては冊子を参照とあったので冊子片手に刻印を確かめてみれば、木篦の中に目当ての鏡の魔道具を見付けることができた。

 篦の太い方を手にすると手鏡に、細い方を地面に突き刺すと姿見になる代物らしい。


「ミラー」

 細く尖った方を大地に突き刺さし記されていたワードを口にすると、

「ほー」

 現れた姿見に、思わず感嘆の言葉が口を衝いて出た。

 そして何より、

「すげー美少女じゃないか」

 映し出された自分の姿に息を飲む。

 円らで深い緑色をした瞳は大きく、顔は全体的に小顔。美白できめの細かい肌にはむだ毛以前に染み一つ無い。すらりとした細身でありつつも出るところは出ており、四肢も長くバランスが良い。

 ただ、どこかロロさんに似ていた。


 正直、着替えてから確認して良かったかも知れない。

 もし、裸状態で確認していたら、鼻血を出して卒倒していたかも知れない。それほどまでの美少女がそこにいたのだ。

 ロロさんが美人にするとか言っていたけど、まさかここまでの容姿をしているとは思わなかった――って、ロロさんが何かを変えたら神から人並みになったとか言っていたよな?

 あれが性別だったとすると……男のままだと神レベルのイケメンに!?


 想像しただけで頭がクラリとしてきた。

 今でも十分女神としてやっていけそうな容姿なのだ。それこそ、軽装である皮鎧を重厚そうな甲冑に替えれば北欧神話に出てくるワルキューレとでもやっていけそうなくらいだ。

 ついつい、時間を忘れて見惚れてしまう。


 ぐぅ~。


 そんな俺を現実に戻すべく、腹の虫が可愛く鳴った。

 鏡の魔法を解除し元の形状である篦へと戻すと、食べ物は何かないかと袋を漁る。

「干し肉にドライフルーツか」

 長期間保存が利き携帯できる食べ物として、それらがあった。何の肉かは解らないし、何の果物かも解らない。完全に乾いているためか、腐っているようには見えない。

「後は……この石は何だ?」

 食料品と同じ袋に入っていたのはピンク色の石ころだった。正直嵩張るし捨てようかと思ったんだけど……


 ペロ――


「――ッ、から!?」

 ふと思い、試しに嘗めてみればそれは辛かった。どうやら岩塩のようだ。

 生きている以上、塩分が必要なのは解るし、粉末状の塩よりもこの方が携帯には楽なのかも知れないな。

 唾液で柔らかくした干し肉を噛み締めながら、荷物の確認を続ける。

 他にあったのは替えの下着に鏡と同じ篦状の木片に刻まれた灯りの魔道具、そして通貨である硬貨が何枚か。

 後、葉っぱが二枚袋の中に混じっていたので捨てる。


 冊子によると、硬貨の種類は銅貨と銀貨がそれぞれサイズ違いに二種類存在し、金貨だけは一種類。価値に関しては小銀貨を基準として、大銀貨が二倍、金貨が十倍、大銅貨が半分で小銅貨が十分の一となる。

 いまいちイメージし辛く小首を傾げつつ次のページを捲れば、


  金貨 = 100R = 二万円

 大銀貨 =  20R = 四千円

 小銀貨 =  10R = 二千円

 大銅貨 =   5R = 一千円

 小銅貨 =   1R = 二百円


 ロロさんが換算したであろう日本円とのレートが存在した。

 ちなみに真ん中のRはこの世界での通貨単位リグのことだ。


 至れり尽くせりなんだけど、相場があっているのかが疑問だ。ちなみに宿代は、素泊まりで一泊小銀貨一枚である10Rがここら辺の相場らしいんだけど、日本の安宿の値段が解らない。

 手持ちの硬貨を数えてみれば、金貨が二枚、大銀貨二枚、小銀貨一枚、大銅貨は無しで小銅貨が五枚。合計550Rで、先のレートで換算すれば五万千円となる。

 これでどれくらいの期間保つのか解らないんだけど……とにかく早い内に生活基盤を作る必要があるようだ。

 ゲームならばモンスターを倒せば金になるんだけど……現実でモンスターを倒して金になるのか?

 更に冊子を読み進めれば、モンスターについて幾つか記されていたから後で確認しておこうと思う。


 最後に、身分証明書となるらしい一枚のプレートがあった。

 それは金属板で出来ており、免許証の様な感じで顔写真が彫って描かれていた。名前の欄にはこちらの文字で『サツキ』とだけ記されており、下の名前は無い。ちなみに異世界文字は脳に情報が刻まれていたのか、普通に読めた。

 冊子で確認すると、一般人の名前は個人名のみで家名を持つのは王侯貴族や豪商等のそれなりのステータスを持つ人物のみとされるらしい――って、名字の佐月が俺の個人名になっているのか。

 まぁ、いいけど。


 親以外に悠利の名前で呼ばれることなんて無かったし、その親からすらも小学生に上がる前までだ。それ以降は名前で呼ばれることは希だった。だから、悠利の名前に未練は無い。

 サツキならいいかと簡単に割り切ることに。

 年齢は前世と同じ『十六歳』、種族は『人』で性別は『女』――


 文字で見たことにより、今までとは違った部分でそれを強く意識させられた。

 女、女なんだよな、女。

 下を見れば若干立体的に作られた鎧の膨らみが、その存在を自己主張する。

 途端恥ずかしくなってきた。

「確か、ローブかマントがあったよな」

 着替えの一番下にあったローブの存在を思いだし、それを羽織ることに。フードを目深に被ると、再び身分証へと目を向ける。


 プレートには出身国の欄があり、そこには国名ではなく『渡来人』と記されていた。

 この世界の生まれじゃないから出身国は無いけど……異世界からスカウトされたのは渡来人と称されているみたいだ。

 出身国のしたにあった職業欄には――燦然と輝く『無職』の文字が。微妙に嫌な文字だ。何とかして早く書き換えたいところだ。


 他には履歴書と同じように刑罰の欄があり、犯罪歴やどこかの国で勲章を受けたりするとそこに記されると、冊子に書かれていた。

 まぁ、空欄なんだけど。

 備考欄には持病とか称号とかが記されるらしい。


 一通りプレートを確認すると、冊子に書かれていた収納方法を試すことに。何でも、下手な保管をして無くしたりしたらやばいことになるらしい。

 再発行には多額の金銭が必要な上に、再発行後三年は活動に制約が課せられる――再発行先の街から離れることが出来なかったりするとのこと。

 また、犯罪組織に捕まろうものならば『いない者』とされ、非合法な奴隷や性奴として売買される可能性もあるようだ。

 ちなみに、リグラグでは正規に奴隷は認められていないらしい。


「えぇっと、身体に触れさせた状態で『封』と唱えればいいのか」

 プレートを掌に載せて『封』と口にすればプレートは消え去り、代わりに掌には一つの紋様が浮かび上がった。

 その紋様に指をあてて『解』と唱えれば、再び出現するらしい。どういった仕組みかは解らないけど、便利なものだ。

 また、現れた紋様は略式の身分照会にも使え、所属する都市や組織団体で異なり、俺の場合は渡来人を示す紋様が浮かんでいた。

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