ぷろろ~ぐ3 そして転生へ
あれは陽が傾き沈み始め、魔が闊歩し出すと言われる逢魔時――闇夜に最も近い時間の出来事だった。
目付きのことで通行人に恐れられるのを嫌っていた俺は、日課である図書室でギリギリまで時間を潰しての下校途中、路地の角を曲がったところでその現場に出くわしたのだ。
それは公園近くの通りで、包丁を持った狂人に襲われようとしている小さな子供の姿だった。
足下にはその母親らしき人物が血を流して倒れ、周りでは多くの人達が遠巻きに何かを叫んでいた。
斜陽の陽射しに朱くギラつく包丁が今まさに振り下ろされようとしていた――刹那、人垣から飛び出してきた影が子供を救ってみせた。
子供を抱きかかえ転がるように凶刃から避けたのは一人の女子高生。その特徴あるポニーテールには見覚えがあった。
クラスメイトの女子だ。名前は――覚えていない。
しかしそこまでだった。
体勢を立て直すよりも早く、通り魔の凶刃が再び迫ってきていたのだ。それでも子供を守ろうと彼女は幼子を強く抱きしめ庇うように自らの身体で覆う。
そんな献身的な姿を俺は美しく思えた。
そして、気が付けば俺の身体は衝き動いていた。
二人と通り魔の間に飛び込むと、俺は普段は込めることのない威圧を込めて男を睨み付けたのだ。
でも、意味が無かった。
本来ならば、ヤクザすら道を譲る俺の眼力に晒されて怯まない人間なんていなかった。なのに、状況が最悪だった。
黄昏時の陽射しは俺の顔を隠し、目付きの悪さを消してくれたのだ。しかも、相手はドラッグでもやっていたらしく、正気じゃ無かったことも作用したのだろう。
臆すことなく狂人の握りしめた凶刃は俺の脇腹に突き刺さっていたのだ。
そしてそのまま、二度三度とめった刺しに。
何て言うか、幸せな人生だったとは決して思えなかったんだけど、最後の最後まで理不尽で不条理で壮絶で悲惨な死を迎えるとは思わなかった。
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そんな死を思いだしたこともあってか、
「自分と自分が守ると決めた者達を守れるだけの力が欲しいです」
そう願いを修正した。
「他は弱くてもかまいません」
「自分と自分が守ると決めたモノ――ですか。
そうしますとここを削ってもきついか……う~ん、やはりこいつを変えるしかありませんね。なるべく弄りたくなかったんですけど――って、凄いです。一気にポイントが倍増しました。これなら神レベルから人間レベルに落とせますし、守る力も期待以上のものに出来そうですね。条件次第では私の本気の一撃すら防げるかも……」
気の所為か、危うい橋を渡ってる気がしてきた。
「大丈夫なんですか?」
「あっ、はい。無事に何とかなりました。かなり凄いバランスの上に成り立ったキャラメイクです。
これはもう、私の最高峰と自負できます♪」
鼻息荒く胸を張るロロさんだったが、一抹の不安が拭えなかったりもした。
何を変えたらそんなにポイントが浮いたんだか? それに、神レベルから人間レベルって何?
聞きたいような聞きたくないような、そんな悶々と悩んでいる間にもロロさんの転生作業は進んでいた。
「では、では、さっそく、地球の魂源に繋がっている魂の緒を切断しますね」
どこかハイテンション気味にロロさんは俺と魂源を繋ぐ一本の紐を手に取ると、
「せぇの!」
ブチッと前言通りに引き千切ってみせてくれた。
「後は転移してリグラグの魂源に再接続し、転生体へと魂を入れて完了で――って、佐月さん? 泣いてるんですか?」
「へ?」
言われ、初めて自覚した。
魂だけのはずの俺の目からは留めなく涙がこぼれ落ちていたのだ。
「佐月さんって不遇な人生のようでしたが、結構世界が好きだったんですね」
そう……なのかな?
よく解らない。
悲しいのか悲しくないのか、それとも嬉しいのか嬉しくないのか。そんな色々な感情が吹き上がり、涙が止まらないのだ。
ただ、世界との繋がりを絶たれたことに寂寥感を感じるだけの心は持っていたらしい。
そして、俺の涙が止まるのを待って、ロロさんは俺の魂をリグラグの魂源の元へと転移させてくれた。
出現した先は地球の魂源のあった魂の座とよく似た空間だった。違いがあるとすれば、地平の先にある魂源の輝きが地球のそれと比べて大人しく色数が全然無い。また、周りにある魂の数が地球と比べて圧倒的に少なく、そして何より――
「大きい?」
その魂のサイズが大きかったのだ。軽く見ても数十倍はある。
「ロロさん、周りの魂ってリグラグの人の魂ですよね? 無茶苦茶大きいんですけ――ロロさん?」
一緒に転移してきたはずのロロさんは、何故か顔色を青くして固まっていた。
「ロロさん?」
再度呼び掛ければ、ハッとして再起動するロロさん。
「ど、ど、ど、どうしましょう!? 佐月さんの魂、補填するのを忘れてました!」
「補填って何を?」
酷く狼狽しているロロさんに訊ねた。
「魂を転生させる場合、元の世界と転生先の世界で魂のサイズが違ってるんです。これもそれも、人口で魂源を分割しているために起こる現象なんですが、魂が大きい方が力が強くて……」
つまり、地球の人口とリグラグの人口の差分、俺は弱くなっているらしい。
「地球人でも、現代人よりも中世、古代と過去に戻れば戻るほど、人としてのバイタリティがあったじゃないですか。神話の時代に至っては、生身で空を飛べる人とか天候を操る人とかもいたんですよ」
「…………」
現代人よりも戦国時代の人の方が圧倒的に強そうなのは頷けるけど、神話の出来事が実話だと言うことは俄に信じられなかった。
「それで、本来ならば転生予定の魂の緒を切る前に、魂源から余剰エネルギーを掠め取っておくんですよ」
「新しく繋げた転生先の魂源からは取れないのか?」
俺の言葉に首を横に振るロロさん。
「今繋げると圧力差で魂が一気に魂源に吸収されてしまうんです。私としてはそれでもかまわないんですけど、佐月さんに取ってはダメでしょ?」
確かにダメだ。
転生する前に魂源に回帰なんて、折角転生する意味が無くなってしまうのだ。
「これもそれも私のミスです。管理者としての責任を持って最後の手段を行います」
そう言ったかと思うと、いまだ持っていた俺の魂の緒の切断面に口を衝け、
「ぷぅー!」
風船を膨らます要領で空気を送り込んできた。
「のわぁ!?」
途端、俺の魂が風船の如く膨らんでいく。
何度も何度も、彼女の暖かい吐息が注ぎ込まれたいくのが感じる。そしてついには、周りにいる魂達と引けを取らないくらいに、俺は大きくもパンパンに膨れていた。
「大体これで同じくらいになったとして……うぅー、緊急事態とは言えさすがにバランスが崩れてるか……」
無事に済んだかと思えば、険しげに顔を歪ませるロロさんだった。
「ロロさん?」
「補填に使った私の吐息が強すぎて、先ほど用意した転生体では受けきれないんです」
「それって、どうなるんですか?」
「魂の形質が強化されてますから、このままだと前世の身体と同じように目付きが――」
言い切られなくても状況が理解できた。
どうやら俺の目付きの悪さは呪いレベルで魂に纏わり付いているようだ。
「何とかならないんですか?」
「今更転生体の方が弄れませんし、弄る余地もありません」
絶妙なバランスで成り立っているらしく、これ以上の手の施しようが無いらしい。
「でも大丈夫。何とかしてみせます!」
何を根拠にそう言い切るのかが解らない。ただ、俺にどうこうできる問題では無い以上、黙って見守るしかなかった。
「余剰エネルギーが転生体に作用させないよう随時放出させるとして――って、眼力のレベルじゃないですね……あっ、いっそマイナス方向に強めてスキ……」
ブツブツブツと呟いていたかと思うと、その顔付きが綻んだ。
「いけます! 何とかなりそうです!!」
「マジ!?」
「はい♪」
応えるロロさんの声が弾んでいた。そして、
「ただ、慣れるまで佐月さんには負担が掛かりますので御免なさい」
申し訳ないように頭を下げられれば、俺からは何も言えなかった。
「負担ってどんな感じなんです?」
「勝手に上がってはいきますが、とにかく熟練度を上げて制御できるようになって下さい」
「熟練度ってなん――」
それを訊ねるよりも先に、ロロさんは俺の背後に回り込んできた。
「時間が無いので転生させますね。
転生体の方にはお詫びとして装備一式を揃えておきました。後、もし万が一気が付いても、変なことはしないで下さいね。管理者としてあまりに目の余る行為は天罰の対象になりますから」
何か一方的に捲し立てられつつ、彼女は魂の座から追いやるように俺の背中を強く押した。
「では、佐月さん。
良い転生ライフを――」
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