第3話 Warning

どう切り出そうかと考えている間にミルクレープが一口大にわかれていく。

正面に座る彼はコーヒーの香りを楽しむように飲むのをやめて、

「悩み事か?」

「どちらかというと、考えごと、かな」

「何を考えているんだ?」

「親になんて話そうか、と思って」

「そうか。まだ、連絡していなかったのか」

「ちゃんと話をしないといけない、とは思ってるんだけど……」

彼は黙って僕に続きを促した。

「どこから話すか悩んでいるんだよ」

そういってミルクレープを一口ぱく。

いつもの甘さなのに切なさを感じるのはなぜだろう。

「要点をまとめよう。まず、灯はこの状況で大きな問題に直面していない」

「うん」

「治療の方法はないが、この状態で進むつもりだ」

「うん」

「あれ、シンプル」

「シンプルだからこそ、難しい。要点はあっているか?」

「うん。あって、自分がこうなってることと、元気にやっていけることを伝える」

クレープをもう一口。

今度は普通の味がして、おいしい。

「でも、どんな反応するかな、お父さんとお母さん」

「厳しい人なんだっけ」

「そこまで厳しくはないよ。法を守れ、道理を守れ、曲がったことをするなって」

「基本であるがゆえに難しい」

わざとらしいしかめっ面をしながら彼はコーヒーをゆっくりと飲んだ。

「俺も、いこうか?」

「うちに?」

「ああ」

「んー、恋人の紹介は後にしたほうが、いいかな」

たぶん、情報過多でお父さんもお母さんも混乱すると思う。

息子がこうなっただけでも衝撃的なのに、そこに彼氏がいる、となったら目がぐるぐる回り続けるに違いない。

「だから、気持ちだけ」

「わかった」

「落ち着いたら、遊びに来てよ。人と話すの好きな人たちだから」

「ああ」


久しぶりに僕は実家に来ている。

父さんと母さんに今のことを話すために。

「ただいま」

「お前、まさか、灯なのか?」

最初に出迎えた父が震えている。

その声を聴いて奥から母が出てきた。

一目見て、

「まぁ、美人になって……手術ではないんだね」

「朝起きたら、のパターンだよ」

「立ち話もなんだから、居間にいこう。すぐ、お茶を用意する」

父はすぐに台所に消えていった。

母はあまり、驚いていないようで、今日は寒かった、と天気の話などをしながら、居間に僕を案内してくれた。

自分が家を出ていったころと変わらない。

僕がいなくなった分だけものが減っているはずだ。

「あの頃のままだ」

「特に変えてはいないからねえ」

しばらくしてからお盆にお茶を乗せた父がやってきた。

人数分の湯飲みにお茶を注いて、僕たちの前においていく。

立ち上る湯気を眺めながら、どう切り出そうか考える。

あまり、回りくどいのもよくないだろう。

「実は、朝、起きたら女の子になってて」

ストレートに切り出す。

「そうかぁ」

軽く頭を抱えながら父。

「かわいいわねえ」

と笑顔の母。

母は強かった。

「つらいところとかないかい?」

「全然、ないよ。なんか、この体で産んでもらったんじゃないかって思うぐらい」

「そう。なら、いいじゃない。その体を大事にしなさい」

母の言葉を聞いて父は、

「母さんの言うとおりだ。きつくなったら戻ってきなさい。相談するだけでもいい。少しは、アドバイスができるはずだ」

言い終えると父は額のあたりをなでた。

よく見ると何かを切り落とした跡がある。

「父さん、その頭は?」

「これか? 若いころの鹿の角がな」

「鹿の角……」

「その日は学校休んで、医者先生に切ってもらってた」

「そういうことがあったんだ」

「もっと、こういう話をしておくべきだったよ」

そう語る背中が小さく見えた。

後ろから回り込んで抱きしめる。

「大丈夫。ちゃんと、お前の口から聞けて良かったよ」

「大なり小なり経験があるものなんだね」

「お前ほどじゃあないが……うまくやっているなら、それでいい」

「結構、うまくやっているでしょう?」

「今の時代だとどうだかな。でも、好きにやればいい」

父は笑う。

「親から分けてもらった身体、とは言うが、それはお前の心と身体だ」

一息ついてから、父ははっきりと、ゆっくりとした声で、

「心と身体の使い方は自分で決めるものだ。その権利が大人にはある」

そういってくれたのがとても、うれしかった。

「うん、ありがとう」

「と言ってしまったが、いいかな、母さん」

しまった、という表情で父さんは母さんの様子をうかがう。

母は親指をぐっと立てていた。

満面の笑顔で。

生みの親が納得しているのなら、そういうことなのだ。

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