第51話 Aの世界

 館の屋根裏やねうら部屋は薄暗うすぐらかった。

 下の居間よりもせまく、何度も天井に頭をぶつけそうになったくらいだ。

 ぼうと青白い光が暗闇くらやみの中で浮かび上がる。その周りをシャボン玉のようなあわおおいいつくしていた。大きさは大人の手を広げたくらいだった。泡の表面には、虹色にじいろに反射して、小さく光る星々がいくつも見えた。泡は何重なんじゅうにも重なっていた。

 小さなプラネタリウムのようだ。

「宇宙さ。いや、多元宇宙マルチヴァースと呼ぶべきかな……」

 ミカミの声が聞こえた。

 やみの中で、彼女の顔が浮かび上がる。

 彼女は、小さな手にトンカチを持って、宇宙へ振り下ろそうとしていた。

「いけません。賢者ミカミ=アマテラス。そこは僕の親友、間宮トオル君が帰るべき場所なのです」とシンドウがミカミの腕をつかんだ。

 ミカミは悲しげな顔をしていた。そして、手に持っていたトンカチが床へ落ちた。

「あたしがこの多元宇宙をどうこうしようとあたしの勝手さ。あたしが造ったんだからね」

 うそだ。

 でたらめだ。

「小さきものよ、そこの魔法の顕微鏡けんびきょうでのぞいてみな。お前さんのよく知っているものが見えるさね」

 細長い三脚さんきゃくを台にした太いつつが置いてあった。その筒には、レンズがはめられており、泡の方向へ向けられている。その形はまるで望遠鏡のようだった。

 これが顕微鏡なのだろう。

 私が顕微鏡のレンズをのぞくと、確かに、知っている風景が見えた。

 ビルぐんを従えて、ひとつだけ、とびぬけたように高いとうがある。

「東京だ。東京のスカイツリーだ!」

 シンドウはミカミの腕を離した。「事情をうかがいましょう。僕は間宮君の帰り方が知りたいのです」


「ほんの偶然さ。六十年前に、あたしゃ、村の池で黒い石を拾ったんだ。驚いたのなんのって。とんでもない魔力を秘めていたんだから。クリスタルですら、こうもいかないよ。

 その石をあたしは赤い館へ持って帰った。屋根裏の部屋で、石に衝撃しょうげきを与えてみたり、いろいろと実験をしたかったのさ。

 ある日、古代の魔法を試すと、黒い石は、小さな爆発スモールバンを起こして、粉々こなごなになった。あたしは注意深く観察した。魔法で時間を『加速』させてね。

 散らばった石の破片はへんが、銀河を形作っていくじゃないか。

 宇宙だよ。いくつもの宇宙ができていたのさ。

 マッスル教国を滅ぼしたマール王国が、あたしを大臣として招聘しょうへいした。それでも、あたしは実験をやめなかったさね。ときどき、ラキア村へ帰っては、この館で実験をした。顕微鏡を作ってね。

 宇宙時間で百億年以上がたったころかね。

 ある日、ちっぽけな星で、魔法生物が生まれた。その生物が進化して、あたしたちと同じ姿のヒトが生まれた。あたしは『小さきもの』と名付けた。

 そいつらをじっくり観察したくなったのさ。

 そこで、『遅延』魔法で宇宙の時間を遅くした。

 観察すると、小さきものは魔法が使えないのだと分かった。

 そりゃそうさね。こんだけ小さければ、エーテルをり動かすことすら、ままならないよ。アリが人間のドアをひらくようなものさ。

 光もあたしたちの光とは違っていた。エーテルの波じゃないのさ。

 あたしはこれらをもっと研究したくて、ついに、大臣をやめて、本格的に実験を始めた。

 古代魔法の『巨大化』を使えたのがありがたかったよ。おかげで、地球上のヒトを呼び寄せて、話を聞くことができたのだから。ただ、あたしを邪神だの、宇宙人だの、好き勝手に言うやつが多くてさ。どうして、ヒトってやつは自分の尺度しゃくどで物事をはかるかねえ。

 あたしは宇宙を造るきっかけを与えただけなんだよ。

 ところが、この前、ついうっかりさ。

 関係のない日本の少年を、魔法で巨大化させちまったんだから。もう年だね。

 さらに、移動魔法の『引き寄せ』を使うつもりが、あやまって『空間転送』を使ったんで、その少年は行方不明さ。まあ、ここにこうして帰ってきたがね」


 ミカミの話が終わると、シンドウと私は、ミカミに帰り方を教えてもらった。

「巨大化魔法を解除すればいいさね。あとは元の場所に戻れるさ。今まで、この宇宙は時間停止の魔法をかけていたが、もう解除されたよ」

「なぜ、宇宙を破壊しようとするのですか?」とシンドウは尋ねた。「お話をうかがうと、あなたにとって、この宇宙は大事なものではないですか」

「お前さんに見つかったからね。シンドウ=サキ。無数の小さな魔物を持っているんだ。王国では、ご法度はっとなんだよ。証拠をなくしたかったのさ」

「僕はだれにも告げ口をしませんよ」

「魔法使いの言っていることを信用するバカがどこにいるかね?」とミカミはあきれた様子だった。

「では、こうしましょう」

 そう言って、シンドウは部屋の宇宙に縮小魔法をかけた。泡状の多元宇宙が小さくなっていき、手のひらに乗るまでになった。

 私はぎゃあと悲鳴を上げた。

 シンドウはそれをひろって言った。

「僕のポケットにこれを片付けておきます。僕にゆずっていただけませんか?賢者ミカミ=アマテラス様」

「無茶をするねえ。まあ、いいさ。これでお前さんは共犯なのだからね」とミカミが腕を上げた。「死の森にいるガイアには、お前さんたちが通る間は、何も攻撃しないよう命令しておこう」

 ガイアとは、森で私たちを襲ってきた土の魔物のことらしかった。

「ドリィめ。あのバカ娘が死の森へ行くもんだから、そのたびに、ガイアが活動を止めて、敵の魔物を素通りさせたのさ。おかげで、襲われた村はめちゃくちゃだよ」

「ガイアとは、あなたが造った魔物ですか?」

「まさか!」とミカミは否定した。「六十年前に森に突如とつじょ、現れた魔物さ。あたしが魔法でコントロールできるようにしたがね。昔から魔物を食べてくれる村の守り神さ。見境みさかいなく人間を襲うこともあるのが欠点だが」


 シンドウは私に言った。「さあ、元の場所へ帰るという、君との約束を果たしたぞ。間宮君、喜べ。君はもどれるのだ」

 一歩ずつ、私は後ずさりしながら言った。「笑えるだろ。俺、魔法から作られた魔物なんだぜ」

 彼女は、私を両手で抱きしめた。「君は僕の親友だ。君が魔物であろうとなかろうと、僕たちの友情は永遠だ」

「ああ、そうだ。俺たちはずっと友達だ」

 私は涙があふれてきた。

「なぜ泣くのだ?」とシンドウがいてきたが、私にもわからなかった。


 こうして、少年は少女に別れを告げた。

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