第50話 シンドウ=サキの推理

「僕と君が出会ったのは、ラキア村の中だったね。あのとき、僕は君を魔法使いだと見抜みぬいた。そのあとで、魔物に襲われたとき、君はおかしな行動をとっていた。君は一切いっさい、攻撃や防御、移動の魔法を使っていないのだ。

 いや、そのときだけではなかった。ウルに剣で襲われたときも、死の森で土の魔物に襲われたときも、村人にヒトモドキとして殺されそうになったときもそうだ。いつも、君は魔法をまったく使わなかった。

 君は魔法を使えないと言ったね?それでは、どうやって、ここラキア村まで来たというのだ?魔物がたむろしている村だぜ。武器も持ってこず、魔法も使わずに、外から村へ来ることは不可能だ。

 君が魔法使いであるのは確かなのだ。というのは、村人のマッスル語を理解して会話できたのは、翻訳魔法のおかげだからね。

 僕は推理した。可能性は二つあった。一つは、生まれて以来、ラキア村から一歩も出ていないか。あるいは、村外から、誰かに連れてこられたか。

 村長の家で、夕食をとったときに、君は合掌がっしょうもしなかったし、食器の使い方も知らなかった。ゆえに、君はラキア村の住人ではない。となれば、前者ではなく、後者の村の外から来た可能性が高かった。

 さて、君の話では、君はどこか別の世界から来たという。

 そこで、君が話していた世界について考えてみた。カガクという技術が発展した世界だと君は言ったね。ここでは仮に、君が住んでいた世界を『カガク世界』と呼ぼう。対して、僕らの世界を『魔法世界』と呼ぶことにする。これら二つの世界は『法則の異なる世界だ』ということを仮定Xとして置こう。

 カガク世界では、魔法が存在しないのだと君は教えてくれた。誰も魔法を使っていないのだと。確かに、どんな危機におちいっても、一度も魔法を使おうとしない君の態度から事実だろう。

 そう考えると、ある矛盾むじゅんしょうじるのだ」

 私ははしごを登りながら、シンドウの推理を聞いていた。彼女はいよいよ、話の核心かくしんへ入り始めた。

「君だよ。間宮君。君の存在が矛盾なのだ。ここでは、仮定Xを前提として、魔法を使えないカガク世界から、魔法を使える魔法世界に来ることを考えてみよう。

 例えば、あちらで、君が空間転送の呪文をとなえたとする。だが、効果はない。魔法が使えないのだから。

 カガク世界の技術を使って、こちらに来たのであれば、魔法世界で、カガク世界の技術が通用するはずだ。ところが、光速度不変の原理――といったね、その原理がこの世界では通用しないのだ。つまり、原理がちぐはぐな技術を使えはしない。

 ゆえに、二つの世界を移動した君の存在は矛盾する。したがって、もし、君の話が本当であれば、『法則の異なる世界だ』という仮定Xは棄却ききゃくされる。その考えはゴミ箱へ捨てよう」


「ちょっと待ってくれ。シンドウ」

 私はあわてた。「お前の推理を聞いてみると、なるほどなと思う。でも、俺のカガク世界にも、魔法使いが隠れ住んでいたとしてだな。そして、俺を異世界へワープさせたことも考えられるんじゃないか」

「その可能性は、仮定Xの条件では成立しない」とシンドウは否定した。「魔法や未知の力が働いて、君を異世界に飛ばしたのだとしよう。すると、僕と君の、両方の世界には、同じ法則が適用される。なぜなら、入り口と出口には、同じ力が働いているのだからね。法則が同じでであれば、それは仮定Xの『法則の異なる世界である』と矛盾する。わかったかい」

「ああ」

 私の頭の中では、自動車に乗った運転手がトンネルに入ると、今度は、ほうきに乗った魔法使いとして出てくることを想像していた。トンネルの入り口と出口で異なる世界となるためには、途中で論理の破たんが必要なのだ。

 しかし、それは、空想上のことだ。シンドウの話は机上きじょう空論くうろんだ。

 私ははしごを登りながら、いろいろと反論をこころみた。

「なあ、この世界はシミュレーションと考えられないか。俺たちのカガク技術が作り出した仮想現実バーチャルリアリティーなんだよ」と私は主張した。

 ゲームの世界に迷い込んだ、と考えれば、何ら矛盾は生じないはずだ。

 ところが、シンドウの考えは違っていた。

「君の世界では、道ばたにだよ、人をシミュレーション世界に飛ばすような装置そうちが置いてあるのかい?ヒスイ失踪事件どころではないほどの大騒ぎになる」

 すなわち、とシンドウは言った。「君の世界は異世界ではないと、僕は結論付けた。となれば、この同じ世界のある場所から、謎の人物に連れてこられたと推察すいさつできるのだ」

「わかった」と私はあえぎながら言った。ハシゴの取っ手をにぎる手がしびれ始めていた。

「ここまでの推理は、裁判が始まる前までに、たどり着くことができていた。だが、なにしろ、話を裏付ける証拠がない。さらに僕の頭をなやましていたのは、君が村の外から来たのであれば、それはどこなのか。場所が不明なのだ。

 そんなときだよ、賢者ミカミが、僕とコトリを対決させようと提案してきたのは。彼女の態度は明らかに異様いようだった。

 間宮君、考えてみたまえ。ミカミは、君に『だけ』は友好的なのだ。『小さきもの』と君を呼んで、助けたではないか。その行動からして、ミカミは君を深く知っているのだ。僕はそう気づいたとき、君が村の外から来たのではなく、生まれたときからずっと、村の内部にいたのではないかと思いついた。大臣を引退した後で、村どころか、この館にずっと引きこもっていたのなら、どこで、ミカミは若い君を知る機会があったのだ?つまり、君の出身地は、この館だったのだ。

 さあ、ハシゴの頂上までたどり着いたぞ。あと一息ひといきだ。

 この天井のふたを外せば、屋根裏やねうらかくし部屋へ入られるだろう」

 シンドウは腕で、天井のふたをどんと突いた。

 ギイとふたが開きだす。

「もったいぶらずに、早く結論を教えろよ。シンドウ。結局、俺の世界、あるいは、この世界の正体は何なんだ」

「君の世界は、小さな世界なのだよ。僕たちの魔法世界に属する、ほんの一部に過ぎない」とシンドウは振り返って言った。「カガク世界と魔法世界という、法則が同じ二つの世界。『小さきもの』という賢者ミカミの言葉。君の出身が館であること。君の体に付けられた巨大化の魔法陣。このすべてが小さな世界の存在をし示している」

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