第49話 暖炉の冒険

 私たちが居間へ行く途中の廊下で、僧侶スガが首をひねっていた。

「どうかしたのですか?」とシンドウがたずねた。

「それが……」とスガは顔をくもらせた。「この館を探しても、賢者ミカミさまがいないのです。どこに行かれたのでしょうか?大臣時代のお話をうかがえればと思ったのですが――」

 シンドウは「見つけたら、あなたのところへ行くように頼んでみましょう」と言って、居間へ走った。


 私たちが居間へ着くと、誰かいる気配けはいがなかった。

 ミカミが座っていた安楽椅子あんらくいすは、主人の帰りを待つ犬のように、大きな暖炉だんろの前で横たわっていた。

「遅かったか!」

 シンドウは燃える暖炉の前へ向かった。「時間がない。間宮君、スガを呼んでいるひまはないのだ」

 そう言うと、彼女は暖炉の炎へ、手をかざした。

 何をやっているのだろう。

 私が不思議に思った次の瞬間、彼女は燃えさかる暖炉へ飛び込んでいったではないか。

「危ない!やけどするぞ。シンドウ」

 やけどどころではない。あの強い炎では、全身が黒焦くろこげになってしまう。

 ところが、私の予想に反して、シンドウの声が、暖炉の中から聞こえてきた。

「安心したまえ。間宮君。君も入ってくるのだ。この火は、魔法で作った真っ赤なニセモノだよ」


 その言葉に勇気をもらった私は、決心して、炎の中へ飛び込んだ。

 確かに彼女の言ったとおりだった。全然、あつくないのだ。

「ミカミは、僕が居間で道化師どうけしを演じている間、ずっと何もしなかったのだ。そう、暖炉に燃料となる木のマキを入れることすらね。せめて、暖炉にマキをくべるフリをすればよかったのに。彼女の失敗だよ」とシンドウは自分の推理を語った。

 私たち二人の前に、白いはしごが現れた。

「ぐずぐずしていると、手遅ておくれになってしまう。間宮君。さあ、はしごを登ろう」

 彼女は急いでいる様子だった。

 私は、彼女へ館の秘密がわかったのかと問うた。彼女はそうだと答えた。

「僕の推理は、道すがら聞かせよう。このハシゴは、屋根裏まで伸びているようだぞ」

 私は見上げた。

 ハシゴの先が見えそうになかった。確かに、屋根裏まで続いていそうだ。

 その先には何があるんだろう。

 私は不安で胸が押しつぶされそうになった。シンドウがハシゴにつかまった。私もその後へ続く。


 せまつつの中で、ハシゴによじ登るのは、サンタクロースになった気分だった。

「君に僕の推理を聞かせてあげよう。この真実は君にとって重要だから、こころして聞きたまえ」と前を登るシンドウが言った。

 私が分かったと答えると、彼女は私に告げた。「いいかい。真実はこうだ。君が住んでいた世界は異世界などではない。過去や未来の世界でなければ、遠い場所の世界でもないのだ。この世界と同じ時間軸で、同じ座標軸に存在する世界なのだよ」

「だったら、今いる世界は、俺の夢か妄想もうそうだね」

「君の妄想ではないよ。コトリたちの自白じはくを聞いただろう?君はあんな事情の込み入った失踪しっそう事件を思いつけるかい。間宮君」

「いや、予想すらできないよ。わかった、シンドウ。夢の話は聞かなかったことにしてくれ。この世界は現実なのだ」

 ハシゴにつかまる私の手が、汗でれていた。つるりとすべりそうだ。

 シンドウは不思議な力で飛翔ひしょう魔法が使えないのだと教えてくれた。「気を付けたまえ。このハシゴもミカミのわなかもしれないからね」

「わかった。それよりも、――異世界じゃないとは、どういうことなのかを説明してくれないか。俺の頭はパニックを起こしそうだ」

「では、始めから、じゅんを追って、僕の推理を聞かせてあげよう」

 こうして、彼女の推理が開始された。

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