第六章 異世界じゃない世界と魔法と推理

第47話 シンドウの敗北

「僕は敗北したのだ」

 シンドウが館の廊下ろうかを歩きながら言った。

 村長の家族と新しい家族は、賢者の館を出ていった。

 元の生活に戻るには、時間がかかるかもしれなかった。それでも、歯をいしばって生きていくに違いない。

 僧侶のスガは、この館を探検すると言って、私たちと別れた。

 今、シンドウと私は、館の廊下で、あてもなく、さまよっていたのだ。

 私は冒頭の言葉を聞いて不思議に思った。「なぜだ。シンドウ?誘拐事件はお前の推理で、みごと解決したじゃないか」

「あれが推理だって?とんでもない間違いだ。間宮君」

 いよいよ、おかしなことを言い出した。

 シンドウは真犯人を言い当てた。私がそのことを指摘すると、シンドウは笑った。

「おいおい、あれは推理ではないぜ。当てずっぽうなのだ。もし、二冊の魔導書を盗んだドリィが、ヒスイとコトリの二人に分ければ、一冊ずつになる。それをコトリはヒスイから二冊買い取ったと言っている。だとしたら、ドリィからヒスイ、さらにコトリへ、順番じゅんばんに、二冊の本が流れたことになるが、ウルの話によれば、ヒスイが金に困っていたそうだから、そう考えるより、ドリィとヒスイを同じ人物だと考えたほうが単純でよさそうだと思っただけだ。貧乏びんぼうなヒスイが、ドリィから本を買えたはずはないからね。実際には、僕はドリィがやってきたとき、僕のカンが外れてもよかったのだ」

「まてよ。シンドウ」

 だんだん、私は頭が痛くなってきた。「お前は、事件を解決しなくても良かったのか?」

「そうだよ、間宮君。裁判の始まった段階では、事件を解決できないと信じていた。僕には、別の目的があったのだ」

「それはなんだ?シンドウ」

「僕はね、賢者ミカミと果敢かかんに戦っていたのだ。あの居間でね。裁判や推理は、単なるみせかけのまやかしだ。本当の目的は、この館の秘密を暴くことにあったのだ。しかし、すべて無意味だった。僕はミカミに負けたのだ。完敗かんぱいだ」


 シンドウの目的は別のところにあった。

 私はそれを聞いたとき、スガの「裏の裏の、そのまた裏」という言葉を思い出した。彼女たちは相手の裏をかいくぐろうとしたのだ。

 ミカミに裁判を持ちかけられたが、そのときシンドウが考えていたのは、なぜ、この赤い館を守ろうとするかだった。

「いろいろな魔法を駆使して、おまけに、動くよろいにまで警護けいごさせている。だから、この館には秘密が隠されていると僕はにらんだのだ」

「お宝でも隠されているのか?」と私はいた。

「いや、それなら、魔法で縮小すればいいだけだ。僕は推理を披露ひろうするとしょうして、村長たちを集めた。あれだけの大人数が館で出入りすれば、賢者は、その秘密を守ろうと行動を起こすだろう。ところが、敵はなかなかのものだ。僕の真の目的を見抜みぬいていた。ずっと、居間の安楽椅子あんらくいすに座って動かなかったのだ。例えば、僕がウルをたきつけてドアを壊したり、ヒトモドキを出現させたり、どんな騒ぎを起こしてもね。視線すら動かさなかった」

「ふーむ」

 私は腕を組んだ。

 この館に隠された秘密とは何なのだろう。


 そう言えば、ミカミは私を「小さきもの」と呼んでいた。何か関係があるのだろうか。

 そのことを私はシンドウに問うてみた。

 シンドウは「間宮君、それだよ」と人差し指を一本つきたてた。「僕は、君と賢者の間に深いつながりがあると見ていた。この本を見たまえ。賢者の書斎から拝借はいしゃくしたのだ」

 シンドウがポケットから小さな本を取り出して、それを魔法で大きくした。本の題名には「古代文明の魔法に関する研究と考察」とある。著者名は「ミカミ A」だった。その本を彼女がぱらりとめくる。すると、あるスケッチのあるページが、私の目に飛び込んできた。

 このスケッチの図には、まだら模様の黒い斑点はんてんのようなものがえがかれていた。

「おい、シンドウ。このスケッチの図柄、見たことあるぞ!お、俺の体のと同じじゃないか!」と私は興奮のあまり、声がうわずった。

「そうだよ、間宮君。君の体に描かれた魔法陣だ。この本の文章を読んであげよう。『古代文明が作り上げた巨大化魔法を制御できる魔法陣である。この魔法を使えば、物体を巨大化させることができる』。――ね?ミカミは古代魔法を研究していて、この本を書いたのだ。君とミカミには深いつながりがある。だからね、僕は君のために、あんな茶番劇ちゃばんげきを演じたのだ」

「シンドウ。まさか、あの推理は、でたらめにやっていたのか?」

 シンドウはもちろんだと答えた。「僕は、皆の前であざけり笑われてもよかった。見栄みえなんて、友情の役に立つと思うかい?」

 彼女はもう一度、僕は敗北したのだと言った。

 違う。

 彼女は負けていないのだ。事件をあざやかに解き明かしたではないか。

「お前はすごいよ。俺は何もできなかったんだ。何もしてやれなかったんだ。お前を尊敬するよ」と私はくやし涙が出てきた。

 シンドウがはっと顔を上げた。

「今、何と言ったのだ?」

「え?いや、お前を尊敬するって――」

「その前だ。間宮君」

「何もしてやれなかったって――」

 シンドウが万歳ばんざいのポーズをとるかのように、両腕を上げた。「それだ!間宮君、君は天才だ。どうして、僕は気づけなかったのだろう。君は天才なのだ。偉大なる才能の持ち主だ。そうだ!何もしてやれなかった!確かに何もしなかったぞ」

 私には、なんのことだか意味が不明だった。

 シンドウが言った。「さあ、行こう。間宮君」

 私は涙をふきながらき返した。

「どこへ?」

「さっきの居間だよ。安楽椅子の前に、燃えさかる暖炉だんろがある、あの部屋だよ」

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