第46話 決着

 居間にいたスガがあっと驚いていた。

 シンドウの手には、あの黒い石がにぎりしめられていた。このままでは、黒い石がヒトモドキになってしまうだろう。

 すると、窓を開けたシンドウが、呪文をとなえ始めたではないか。


 ときく流れよ、さらに加速せよ


「いけません!それは時間魔法「加速」です。時間の流れが速くなってしまうのです!」とスガが止めようとする。

 おかまいなしに、シンドウは魔法で、石の時間の速度を速めた。

 みるみるうちに、石から人間の手足とかみえてくる。

 悪夢だ。

 シンドウの石は、今まさに、ヒトモドキに変身しようとしている。「さあ、僕に化けろ」とシンドウが石に命令した。

 シンドウになりつつあったその石を、彼女は窓の外へ放り投げた。


 夕方になった地上には、かがり火を燃やして、血眼ちまなこで私たち三人を探す村人たちがいた。

 彼らは、私たちを殺すための武器を持っている。

 そこへ、シンドウは石だったヒトモドキを投げつけたのだ。

 私たちは賢者の館の中で、外の様子をうかがった。

 村人たちの怒り狂う声が聞こえた。

 窓の外で、シンドウによく似た声が聞こえてきた。

 ――ゴゴバ!!

 その直後、耳をつんざく悲鳴が村中に響き渡った。

 村人たちがかちどきの声を上げた。

 シンドウが私のほうへ振り返って、静かに言った。「終わったよ。間宮君。すべてが決着したのだ」


「おや、処刑が終わったのかい?」と賢者ミカミが安楽椅子あんらくいすに座ったまま、のんきな声でいた。

「ええ、終わりましたよ」

 シンドウの答えを聞くやいなや、ミカミは居間にいる全員に怒鳴どなった。「だったら、閉廷へいていだよ。お前さんたち、私の住みかから出ていきな!用事はんだんだろ。お前もだ、ドリィ。ウルを連れて、好きなところへ、とっと出てけ」

 村長のカナルが首をすくめた。

 彼はおそる恐るミカミの顔色をうかがいながら、「あの……それでは、子供たちが犯したあやまちについては、いかがしましょうか。賢者ミカミ様」とたずねる。

 椅子いすに座っている賢者ミカミは、無表情だった。「はん?何のことだい?あたしゃあ、耳が遠くてね。ヒスイが見つかったんだろ。良かったじゃないか。これで、元の生活に戻ればいいさね」

「ありがとうございます!」とカナルは大声で感謝した。

 シンドウがにこにこ顔で、カナルに握手あくしゅする。「ヒスイが見つかったのですから、報奨ほうしょうとして、あとで、クリスタルと2000ドンをいただきに参りますね」

 私は彼女の申し出に驚いた。

 せめて、娘のコトリに謝罪させるべきだと考えていたのに。

「おい、シンドウ」と私はシンドウのわき腹をつついた。「それでいいのか?ばっしなくても大丈夫か?」

「何を言っているのだ、間宮君。僕はそんな依頼を受けていない。僕は僕の仕事ができれば満足だ」

 私はシンドウのいさぎよさに感心していた。


「コトリさん。最後に一つだけおたずねしてもよろしいですか?」

 部屋から出ていこうとするコトリを、シンドウが引きとめた。「魔導書を買ったのはなぜですか?あれは、魔法使いが勉強するためのものですよ。あなたには必要ないものです」

 コトリはふふと笑みを浮かべた。「あなたほどの天才でも、お分かりにならないことがあったのですね。あの本は、標準マール語で書かれていたのです。……あれを買ったのは、魔法ではなく、マール語を勉強するためです。ガイマイトはマール語を話せないと生活していけませんから」

「ああ、なるほど。そういえば、この村では、みなさん、マール語を使いませんでしたね。村人たちも、あなたの家族も、一人残らず、ほろびたマッスル教国の標準語であるマッスル語をしゃべっておいででした」

「さようなら。シンドウ=サキさん」

 別れを告げたコトリは、部屋を去った。

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