第45話 ヒスイの盾

 居間にいる全員が一人の女性を見つめていることに、私は気づいた。

 ドリィだ。

 彼女はまだ、何も事実を語ろうとしなかった。

 誘拐事件の真犯人が彼女であるのは疑いなかった。なぜ、彼女がドリィではなく、「ヒスイ」といつわっていたのか、その理由を言っていないのだ。

「あたしは、コトリも誰もだまそうとはしなかったさ。信じておくれよ!」とドリィはすがるような目つきで、全員にうったえた。

「だったら、本名を言ってくれれば良かったではないか」と村長のカナルがめた。「君が誘拐されたと思って、私たちは、村中を探したのだぞ。偽名ぎめいでは、手がかりがつかみようがない」

 ウルが一歩、前に出た。ドリィをかばうかのようだった。

「ああ、親父。その件については、俺が悪いんだ。……ドリィは悪くないんだ」

「なんだと?」とカナルが目をむいた。

 シンドウがなるほどと言った。「あなたはヒスイの本名が『ドリィ』だと知っていたのですね。事件が起きる前から」

 悲しげな顔をして、ウルは真実をべ始めた。


「――五年前だった。姉貴がドリィを『ヒスイ』として、俺に紹介してくれたのは。

 最初は驚いたよ。そこにいたのは、ギャンブル仲間のドリィだったんだから。後で、ドリィから話を聞くと、村では『万引きドリィ』という悪名あくみょうが知れ渡っているから、とっさに『ヒスイ』という偽名ぎめいを使ったんだとよ。

『このことは秘密にしておくれ』と彼女にこっそり頼まれた。俺は『いいとも』と答えた。親のいないドリィは子供の時から、盗みを繰り返していた。村の人からはけむたがられていたんだ。賢者ミカミに引き取られてからは、だいぶ、おとなしくなったけどな。ま、ドリィという名前を聞けば、嫌なことを思い出す人たちも多かっただろうよ。

 まあ、そんな具合で、ドリィとの間に、秘密ができた。正直、楽しかったよ。姉貴は賢者の親戚しんせき『ヒスイ』だと、すっかりドリィを信じていた。親父にも『ヒスイ』という名前で紹介した。ドリィのことをよく知らない親父は『よくできた娘さんじゃないか』とほめたんだぜ。そのときには、はらの底から大笑いしたな。

 ドリィの顔を知っているのは、ギャンブルでつるんでいる連中と、被害を受けた武器屋と道具屋だけだ。こんなせまい村なのに、うちの連中は、ドリィをまったく知らなかった。お高くとまって、『あんな連中とは付き合ってはいかん。もっと友達を選びなさい』と言っていたうちの親父が、ドリィを『よくできた娘』とほめているんだ。これ以上の面白い話があるもんか。

 ところが、ある日、ドリィが困った顔で、俺に言った。『本を買ってくれないか?』と。魔法使いの本だか何だか知らないが、俺は本を読まなかった。本で魔物と戦えるわけがなかったからな。彼女に事情を聞いてみると、びっくりだ。ギャンブルで借金をこしらえたと言うんだよ。『どうしよう、ウル』と涙声なみだごえで言うんだ。俺は『だったら、俺とけ落ちでもしたらどうだ』と言った。つまり、ほんのジョークさ。

 それから数日後、ウチの近くで、ヒスイが行方をくらましたと姉貴がいう。心臓が止まりそうになったよ。俺は村のはしにあるドリィの家へ行った。その家は、親御おやごさんがのこしてくれた家で、今は、空き家になっている。賢者の館と行き来しつつ、そこで、いつもギャンブルを楽しんでいたのさ。で、行ってみると、ドリィが待っていた。計画を打ち明けてくれて、『あたし、決めたさ。あんたと新天地で生きていく』と言いやがる。待ってくれ。俺は頼んだよ。あれは、つまらないジョークなんだ。『ラキア村から出ていくのは待ってくれ。たとえガイマイトへ行っても、向こうには出稼でかせぎしている村人がいる。だから、すぐばれて連れ戻されるだろ。親たちには、お前をドリィとして紹介するつもりだ。けれども、今はダメだ。大おばさんの賢者ミカミのところへ身を寄せてろ。ほとぼりがめてから、改めて、お前を迎えに行く』とドリィを説得した。われながら馬鹿だったね。

 そのうちに、親父は捜索隊を結成けっせいして、ヒスイを探し始めた。だが、あいつらは捜索中、『ヒスイって誰なんだ。聞いたことがない』と、しきりに言っていたよ。どこを探そうが、見つかりようがない。

 そりゃそうさ。ヒスイなんて女は存在しないんだから。似顔絵にがおえいても美人だから、特徴とくちょうらしいものがない。似顔絵の女がドリィだって気づいた奴もいただろうな。けれど、親父がよく知らないくせに、『あんな気立きだてのいい子はいない。皆の仕事も手伝う、すばらしい子だ』とか話に尾ひれをつけていくもんだから、気づいた奴らも、ヒスイはあの悪党ドリィじゃないと考えたんだろうよ。

 俺は、はじめのうち、身内みうちに相談しようかと思った。ただし、それは姉貴の立場が悪くなる。姉貴がドリィに協力して、でたらめを言っているのは確かなんだ。

 ドリィは過去と決別けつべつするために、親御さんの家を燃やした。後戻あともどりはできなくなっていた。

 俺は腹をくくった。毒をらわば皿までだ。できるだけ、俺はドリィが見つからないように協力した。死の森のほこらで落ち合って、こっそり、彼女に、食料や日用品を渡していた。姉貴にも誰にも、このことを話さなかった。

 そうだよ。

 すべては俺がふがいないせいだった。俺はヒスイの正体を知っていた。それを今まで黙っていたんだ。ドリィにも黙ってろと言っておいた。ずいぶんと、手前てめえ勝手がってなものさ。

 今日、ここに来て、ドリィがどんな思いで待っているのか、ようやく分かったんだ。俺はさっき、気づいたんだ。プロポーズしている最中にね。彼女には、親を失って以来、自分を守るたてがなかった。ひたすら、その盾を欲しがっていたんだ。だから、俺は何があっても、ドリィを守る。そう決めたんだ。

 さあ、シンドウさん。これで俺の罪は告白した。あとはどうさばこうが、あんたの自由だ」


 ウルの話を聞いていたシンドウは、居間の窓の外を見た。

「ウルさん。あなたは何か勘違いしてませんか?僕は裁判官ではありませんよ。そもそも、僕を裁くための裁判なのです。僕をヒトモドキとしてね。判決はもうくだりました。ですから、僕はヒトモドキとして死にます」

 そう言うと、彼女は窓を開けた。

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