第42話 二冊の魔導書

 シンドウは推理を先に進めようとした。

 だが、そのとき、コトリが待ったをかけた。

「シンドウ=サキ、あなたの推理には見落としがありましてよ」

「何か問題がありますか?」

「魔法使いであれば、消音しょうおん魔法『サイレンス』をご存じでしょう。でしたら、こうは考えられなくて?その魔法で、私の悲鳴はかき消されたのです。その魔法には周囲の音を消す効果があるそうですから」

「その可能性は成立します。コトリさん」とシンドウは認めた。「しかし、あなたはその魔法『サイレンス』をどこでお知りになったのですか?かなりの技術がいる高等魔法なのですが、魔法使いでないあなたに、誰がその効果を教えてくれたのですか?」

 一瞬、コトリは答えてもいいのかどうか迷ったようだった。彼女は慎重に言葉を選びながら答えた。

「それは、以前、ヒスイから聞いたものですわ。シンドウさん。彼女は魔導書という本を私に見せてくれました。その中に魔法『サイレンス』のことが載ってましたの」

「魔導書?」とシンドウが切り込むように聞き返す。

「そうですわ。ヒスイは行方不明になる前、古びた魔導書を二冊見せてくれました。そして、『これを買ってくれないか?』とヒスイが聞いてきたのです。結局、私は買わされてしまいましたが」


 シンドウがあごに手を当てて考え込みながら、こう聞いた。

「魔導書の巻数はおわかりですか?コトリさん」

「たしか、4巻と5巻だったと思いますけど。これで、私が嘘をついていないと信じていただけるかしら?」

 それを聞いたときに、シンドウがイスに座った。シンドウは「二冊の魔導書」という言葉を何度もつぶやくと、ぱっと立ち上がった。

「それは間違いありませんか?大事なことなんですよ。コトリさん」とシンドウが確認する。

 すると、コトリは間違いありませんわときっぱりと断言した。


 どうしたというのだろう?


 私には何が何やらさっぱりわからなかった。コトリの言っていることは何一つ、失踪事件とは無関係に思えた。こんなことでは事件の真相にたどり着けそうにない。

 なおも、シンドウは魔導書について聞き続けた。

「コトリさん、その買った魔導書は今どこにありますか?」

「私の家ですわ」と素直にコトリが答える。

 おそらく、コトリも私と同じ心境なのだろう。このままでは、事件の真相がうやむやになるのだ。彼女も、魔導書は事件と無関係のはずだと考えているのだろう。


 黙ったままだったスガが、あきらめたように首を横に振った。そして、彼は重々しく口を開いた。

「推理の途中で悪いのですが、シンドウさん、私たちはヒスイさんが今どこにいるのかで心配しているのです。魔導書のありかなんて、どうでもいいことじゃありませんか?」

 だが、シンドウの口から出た言葉は意外なものだった。

「いえ、スガさん。どうでもいいことではありません。二冊の魔導書のおかげで、僕はヒスイさんの居場所が分かったのですから」

「え?居場所が分かった?」とスガだけでなく、全員が聞き返した。

 スガが興奮して身を乗り出す。

「では、どこにいるのですか?すぐにヒスイさんを連れてきていただけますか?」

「もちろんです。さて、間宮君」とシンドウは私のほうへ振り返って、こう命じた。

「この館のどこかに、ドリィがいるはずだ。探し出して、すぐに、ここへ連れてきてくれたまえ。大声で呼べば彼女のほうから現れるだろう」


 わけも分からず、私は命令に従って、居間から出ようとした。

「おっと、誰が許可なく部屋を出てもいいと言ったかい?小さきものよ」とミカミが魔法の呪文をとなえた。

 すると、居間のトビラに付けられていた取っ手が、どろどろに溶けてしまった。これでは、トビラを開けることができない。

「おい、シンドウ。ドリィを連れてくる理由を説明してくれよ。ミカミが納得なっとくしていないぜ」と私は、いらだちながら言った。

「単純な推理なのだよ。間宮君。気づかない僕がおろかだったのだ。もう失踪事件は解決した。ウルさん!」

 シンドウはウルを呼んで、ミカミに聞こえないほどの小声で頼んだ。「体格の良いウルさんにお願いがあります。僕がミカミの魔法をふうじている間に、ドアに体当たりして、外に出てください」

「わかりました」とウルがうなずく。


「聖なる石よ!」

 シンドウは上着のポケットから、小さな石を一つ取り出した。ほこらで拾った、あの聖なる石だった。まだ隠し持っていたのだ。

 それを頭上ずじょうにかかげた。


聖なる石よ、おのが力を示せ

賢者ミカミの偉大なる魔力を封印ふういんせよ

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