第40話 魔法を使わない裁判

 館の居間は、驚くほど何もなかった。

 奥には、大きな暖炉だんろがあって、ごうごうと木のマキを燃やしている。その暖炉の前へ、古びた安楽あんらくイスが置いてあるだけだった。

 安楽イスに、館のあるじであるミカミがこしを落ち着けていた。

「やれやれ、この部屋へ、こんなに人が集合するのは、何十年ぶりだろうね……。さて、おのおのがた、ちょいと手間てまだろうが、あたしのために、自己紹介しておくれ」

 居間に呼ばれたのは、村長とその家族だった。

 当然ながら、コトリもいた。

 村長のカナルと妻アリア、息子ウルがそれぞれ、自己紹介を始めた。続けて、僧侶スガとシンドウが名乗った。ドリィの姿は見えなかった。

 私は「その、ええと、俺は間宮トオルです。シンドウの助手です」と言葉をまらせながら自己紹介した。

 話している最中、全員の視線がいっせいに話者わしゃへ集まるのだ。これだけでも十分なプレッシャーだった。こんなプレッシャーの中で、シンドウは戦えるのだろうか。

「どれ、裁判を始めようかね。私が取りしきって、皆に魔法も使わせないから、そのつもりで」

 賢者ミカミの声で裁判が始まった。


被告人ひこくにんシンドウ=サキ前へ」

 ミカミに言われて、シンドウが皆の前へ出た。皆がシンドウを取り囲むような形になった。

 私はこの世界のルールを、まったく知らなかった。裁判の進行など分からなかった。とはいえ、「被告人」ということは、シンドウが何かの罪に問われているのだろう。

 何の罪だろうか。

 ミカミがイスに座ったまま、次のように告げた。

原告げんこくコトリの訴えによれば、お前さんがヒトモドキという魔物であり、魔物処罰しょばつ法にれたことは明白めいはくである。よって、お前さんを死刑にしょする」


 いきなり判決ですか?

 それはひどい。


 私はミカミへ抗議した。

「それはあんまりじゃないですか!いきなり死刑だなんて!」

 ミカミは無表情だった。だが、優しい声で私をなだめた。

「小さきものよ。その勇気に免じて、お前さんは助けてやろう。だが、シンドウは死刑だ」


 村長のカナルが意見を言った。「娘の言っていることを疑うわけではないのですが、シンドウさんは本当にヒトモドキなのでしょうか。私にはそうは見えないのですが……」

「お父様!」とコトリが声を張り上げた。「私はあの三人が魔物と入れわるのを確かに見たのです。あの三人はヒトモドキですわ!賢者さま、お願いです。早く、そいつらを殺してください」

「そうは言うがな……ヒトモドキなんて、最近は現れなかったからなあ」

 カナルは腕を組んで考え込んだ。


 私たちがヒトモドキだという証拠はない。

 カナルのように戸惑とまどうのが普通だろう。

 だが、裁判官ミカミはシンドウを殺したがっている。このままでは、シンドウが死刑になるのは目に見えていた。

 となれば、シンドウは魔法で応戦おうせんするのだろう。素晴らしい強力な魔法をミカミにぶつけるのかもしれない。

 そう考えていた私が甘かった。

 シンドウが意外な一言をはっしたからだ。「僕がヒトモドキです」


 え?


 ミカミをのぞいた全員が驚きの声とともに、シンドウのほうへ目を向けた。

 シンドウはにっこりと笑った。「あるいは、仮に――ヒトモドキだということにしておきましょう。仮にそうだとして、弁明べんめいをさせてください。ぜひとも、死刑になる前に、ヒスイ誘拐事件の真実をお話ししなければなりません」

「まさか、真実を知っているのですか?」とカナルが興奮ぎみの声で言った。「ヒスイが見つかったのですか?」

「いいえ。これからです。死んでしまっては、誰も知ることができなくなります。事件のあらましを確認しておきたいのですが、賢者ミカミさん」


 イスに座った賢者ミカミは、視線を決して動かさなかった。シンドウに振り向かず、「勝手に裁判を進めなさんな。決めるのはあたしだよ。死ぬ前に推理か――まあ、死刑になることは揺るがないだろうがねえ」と意地悪く言った。

 シンドウはありがとうございますと、お礼を言った。


 シンドウは事件の発端ほったんを語り始める。

「このラキア村には、ヒスイという一人の女性がいました。ところが、ある日をさかいに、彼女は消えてしまいました。コトリさんによれば、親友の目の前から突然、消失しょうしつしたというのです。これが第一の事件です。過去に、このようなことがありましたか?賢者ミカミ様」

「ないねえ。聞いたことがないさ」とミカミが答えた。

「でしょうね。ですから、村長のカナルさんは、魔法使いか魔物か、どちらかが彼女をさらったと考えて、僕に連絡してきたのです」

 そのとおりだとカナルは言った。彼は一般人の仕業しわざではないと考えた。そこで、魔法使いであるシンドウに頼んだのだ。


 シンドウが、ミカミの座っているイスへ近づいた。


 何をするのだろう。

 まさか、ミカミを攻撃するのか。


 私がはらはらしながら見守っていると、やがて、くすくすとシンドウの笑う声が聞こえた。

「寝ていらっしゃるのですか、ミカミさん」とシンドウはミカミの顔をのぞきこんだ。「さきほどから、微動びどうだにしませんね」

 確かに、ミカミは一歩も動こうとはしなかった。

 私は不思議に思った。

 すると、怒っていたコトリが、つかつかとミカミへ歩み寄ってきた。「賢者ミカミ様。このような戯言ざれごとに耳を貸さないでください!判決が下ったのならば、ヒスイの事件は無関係でしょう!」

 確かにそうだ。

 シンドウのやっていることは、ヒトモドキの件と関係ないのだ。


 変だ。

 明らかに、シンドウがおかしな行動をしていた。

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