第38話 対決せよ

 賢者ミカミは、長ズボンと白いシャツの上に、だぼだぼの白衣はくいを着ていた。小さな手に対して、白衣のソデが長すぎる。

 あきらかに、幼女の姿をしていた。もし、口をひらかなければ、誰もが3、4才と間違えるに違いない。本当の年齢が何才かは知らないが、動きが年寄りのようにスローだった。

 自分の書斎しょさいに入った彼女へ、スガは、黙って一礼いちれいをした。シンドウは何もせずにほほ笑んでいた。

 ミカミのまゆがピンセットでつまんだように、つり上がる。

「お前たち、人様ひとさまの家に勝手に上がり込んで、何をしているんだい?」

「賢者ミカミさま、お初にお目にかかります。私は僧侶のスガ=トズルと申します。村の者たちが襲ってきたのです。話せば長くなりますが、先日、ヒスイという女性が誘拐されたのです」とスガが今までの経緯けいいを、ミカミに説明した。

 ヒスイが村から消えたこと。ヒスイは見つからないが、行方不明だったコトリが帰宅したこと。コトリがうそをついて、魔法使い三人がヒトモドキだと言ったことなどを、かいつまんで言った。

 それを聞いたミカミは、ため息をついた。「はあ……情けないねえ。魔法使いたちが雁首がんくびをそろえて逃げてきたのかい。昔だったら戦っていたさ。今の若い人たちは、情けないったらありゃしない」

「お言葉を返すようですが、魔法で戦えば、村人を傷つける可能性があります」とスガが反論した。「最悪の場合、死にいたらしめてしまう可能性も――」

「お黙りなさい」

 ミカミは私たち三人を見わたした。そのうちの一人、シンドウの顔をじっと見て、突然、笑い出した。

「あはは!誰かと思えば、お前さんは、王国最強の天才魔術師シンドウ=サキじゃないかい。賢者の称号しょうごうこばんでいることは知っていたが、まさか、ヒトモドキの疑いがかけられておるとはね。名声も地に落ちたものさね」

 シンドウはにっこりと笑った。


 まず、書斎にある本を、シンドウはほめた。「すばらしい著作ちょさくの数々です。ミカミさん。僕などは一冊も持っておらず、敬服けいふくするばかりなのです」

世辞せじなんぞ、うわついたマネはよしておくれ。お前の魂胆こんたんは読めてるさ。……どうせ、ここに居座いすわる気なんだろ?ここは安全な場所だからね。だけど、あたしゃ許しゃしないよ。さっさと館から出ていきな」

 ミカミが書斎のドアを開けた。手で追い払うような仕草しぐさをした。

 シンドウがドアのところまで来た。笑顔でお辞儀じぎをした。「あなたのおっしゃるとおりです。僕たちは出ていきます。

 さあ、間宮君、スガさん、出ていこう。そして、村人たちと戦おうではないか。一般人と戦って殺そう。そうすれば、王国最強の天才魔術師のおかした殺人事件で、軍隊が出動する。

 ただし、争いが、この館に飛び火するかもしれないがね」


 ミカミが目を細めた。彼女の眉間みけんのしわが深くなる。

「追い出せば、私の館を壊す――か。ていのいい脅迫きょうはくさね。シンドウ=サキ」

「では、置いていただけるのですね」とシンドウは言った。「コトリや村人と戦いたかったのに残念です」

 いよいよ、ミカミのほおが、ぷっくりとふくれた。相当そうとうおこっているのだ。

 いったい、シンドウはどんなつもりで、こんな失礼なことを言っているのだろうか。ミカミの立場ならば、私だって怒るだろう。

 下手をすれば、ミカミは魔法で私たちを殺すかもしれない。

 ミカミは、腕を組んだ。「そんなに戦いたいのかい。だったら、私の館へ、コトリを呼んでやるよ。今、いいことを思いついたのさ。居間いまで戦わせてあげる。――ただし、裁判としてな」

「裁判?議論で戦えということですか?」

「あたしが裁判長だよ。そこで、お前たちがヒトモドキでないことを証明しな」とミカミが宣言した。

 シンドウがうなずいて、こう頼んだ。

「わかりました。お任せします。賢者ミカミさん。できれば、コトリの家族も、一人残らず、ここへ来させてほしいのです。

 そこで、今度の事件の真相を、お話しします。ヒスイ誘拐事件もコトリの件も含めて」

 賢者ミカミは大笑いした。「事件の真相だって?いいだろう。好きにするがいい」


 バカげていた。

 事件の真相?


 私が知るかぎり、証拠はおろか、事件の手がかりすら、まともにない状況なのだ。シンドウと常に一緒いっしょにいたのだからわかる。

 彼女がどんなに推理をしてみせたところで、真相にいたることはないのだ。


 無茶だ。


 しかし、ミカミとシンドウは、きっかり二時間後に裁判を開くと約束した。

 二時間では事件の手がかりすらつかめないだろう。

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