第37話 裏の裏

 スガが僧侶のローブを着るのを、私は待った。

 賢者の書斎しょさいには、私とスガの二人だけである。

 私はどうしても聞いておかなければならないことがあった。

「幽霊じゃないよな?」

「当たり前です」

 スガがやれやれと言って、ため息をついた。「まったく、間宮さん、あなたはお人よしですね。――魔法使いには珍しいタイプですよ」


 どういうことだろう。


「なあ、スガさん。なんで、お前がこんな所にいるんだ?剣にされたはずじゃなかったのか?」

 私の疑問を聞いてスガは笑いながら答えた。

「刺されたのは私のニセモノですよ。あれは、魔法『空蝉うつせみ』で作りだした分身です」

 スガが今までのことを説明してくれた。

 朝、村人の様子がおかしかったので、危険を感じたスガは、自らのローブに空蝉魔法をかけた。自警団からコトリの発見を聞いたので、ニセモノを、宿へ向かわせた。そこで、シンドウと私に出会ったのだ。

 村長の家で、シンドウが私へ「賢者の館へ逃げるように」とささやいているのを、彼は読唇術どくしんじゅつで読み取った。

「読唇術?」と私は不思議に思った。

「そうですよ。くちびるの動きで、人の会話が読めるのです」

 賢者の館が避難場所だとわかったから、スガの本体はそこへ行った。一方で、彼のニセモノは、私をかばったのだった。

「この空蝉魔法を使えるのは、シンドウさんの魔法を解析ディスアセンブリさせてもらったおかげですよ」

 ディスアセンブリの意味が分からなかったが、とにかく、シンドウの魔法を盗んだことだけはわかった。

 スガは、魔法のニセモノを使って、死んだふりをしていたのだ。

 私は怒りを通り越して、あきれていた。「俺をだましていたんだな。一秒でもお前を信じた俺がバカだったよ」

「なにをおっしゃるのですか?魔法使いは、毎日がだましあいなのです。はらの探りあいなのですよ。相手の考えの裏の裏、さらに、そのまた裏を読み切って、日常を無事に過ごすのです。間宮さん。あなたは人を信じすぎます。それでは、魔法使いとして生き残れませんよ」

 スガの顔が真面目まじめになる。

「いいですか。間宮さん。――これは忠告です。魔法使いに真の友はいません。

 我々は数多くの人を殺せるほど強力な力を持っています。魔法の一つ一つが、致命傷ちめいしょうを与えるほど強力なのです。

 油断していると、敵の魔法使いに寝首ねくびをかかれますよ」


 シンドウが書斎へ入ってきた。

 彼女は手を挙げて、スガにあいさつした。「おはよう。剣で刺された気分はどうですか?」

「痛みは感じませんでしたよ。ニセモノと痛覚つうかくは共有していませんから」とスガは答えた。

 今度は逆にスガがこう聞いた。

「シンドウさん、あれがニセモノであることを、最初から、あなたはご存じだったのですね」

「もちろん。僕は最初から見抜いていました。裏表うらおもてが逆になっている服を着替えなかったのは、まずかったと思います」

「服を脱ぐと、空蝉魔法が解除されてしまいますからね……」とスガは肩を落とした。


 二人の会話を聞いた私はあぜんとした。

 魔法使いは、いつも相手をあざむきながら生活しているのだ。

 そのことが、二人の会話を聞いて、痛いほど理解できた。


 くやしい。

 なによりも、彼の死ぬ演技を信じて、村人へ復讐ふくしゅうしかけた自分が情けない。

 スガは何も答えなかった。かわりに、シンドウが私へ言った。

「敵をだますには、まず味方からだよ。間宮君。スガを許してあげよう。彼は君の命を助けたのだ」

 そうだ。彼は命の恩人だ。

 でも。

 でも、納得がいかない。


 話題を変えたいスガが、外の様子を聞いてきた。「……村人たちはどうしていますか?」

 シンドウは書斎の窓の外をのぞきこんだ。「地上に、村人が数人集まり始めていますね。ふむ、彼らは、この賢者の家を捜索そうさくするつもりなのです。僕らを探し出して殺すつもりでしょう。スガさん」

「これから、どうするおつもりですか?」

「しばらく賢者の館に隠れましょう。スガさん。村人を傷つけたくはありません。ここは隠れる場所がたくさん、ありそうです」

「いいですね。ですが、賢者ミカミは許可するでしょうか?」

 私も同感だった。

 ミカミがかくまってくれるとは思えなかった。姿は幼い子供だが、中身は頭の固い老女なのだ。

 私がそんな批判めいたことを言うと、女の声が聞こえた。

「――誰が石頭のトンチキな人間だって?小さきものよ」

 私たち三人は、いっせいに、書斎のドアを見た。そこには、見た目が幼すぎる子供が、仁王立におうだちで立っていた。

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