第36話 パニック

 村長の家へ、武器を持った村人たちが、どっと押しかけてきた。

 私たちがいる部屋まで入ってこようとするので、ウルがとびらにカギをかけて、スガを襲った男たち以外の村人たちをしめ出した。「いったい、どうなっちまっているんだよ?」

 私にもわからなかった。

 剣を持った男が、私に襲いかかったところまでは覚えている。


 その後、どうなった?


 スガは私をとっさにかばった。

 彼の背中へ、男の剣が突き刺さった。

 彼はぐぅうと歯を食いしばって、私の体へ倒れこんだ。私が彼の体を支えるようにして抱きかかえた。

「しっかりしろ!スガ」と私が声をかける。

「間宮さん……ご無事でしたか。……良かった。私たちはヒトモドキではありません――」

「うん、そうだ。俺たちはヒトモドキじゃない」

「一時間でなくてもいいから、一分だけでもいい、私たちのことを信じてほし……かった……」

 スガは目を閉じた。

「返事をしろ!スガ!スガ!」と私は必死に問いかけたが、スガの反応はなかった。

 スガの体は、思ったよりも冷たかった。

 スガに剣を突き刺した男が後ずさりをする。

 それを見ていたコトリがさけんだ。「――ヒトモドキたちが先に攻撃してきたのよ!ひるまないで!」


 ふざけるな!


 私は戦うことを決心した。村すべてを敵に回してもかまわなかった。許せるはずがなかった。

 だが、意外にも、シンドウが手で私を制止せいしした。「やめたまえ。ここで争っても時間の無駄だ。君は逃げたまえ」

 シンドウは、倒れているスガを見た。

「スガは僕が何とかする。君は、あの開いている窓から逃げるのだ。早く!」


 部屋には、一つだけ開いている大きな窓があった。

 私はそこから家を脱出した。

 シンドウとスガを置いて逃げるのは、心残りがあった。魔法使いは近距離で戦うことに慣れているのだろうか。あの部屋には、まだ、4人の敵がいるのだ。

 とはいえ、私が足手まといになるのは確実だった。

 後ろのほうで、誰かの声が上がった。

「一匹、ヒトモドキを倒したぞ!あと、もう二匹いるはずだ。探せ!」

 私は目をつむった。

 逃げながら、考えた。

 武器が欲しかった。魔法が欲しかった。力が欲しかった。

 憎悪ぞうおが、私の血液という血液を沸騰ふっとうさせた。


 息を切らしながら、私は必死に逃げた。その最中で、シンドウの「赤い館に逃げろ」という忠告を思い出した。

 確かに、あそこならば、村人たちも賢者を恐れて近寄らないだろう。

 さいわいにも、賢者の赤い館には人がいなかった。念のため、私は辺りの様子をうかがい、誰もいないことを確認した。

 私は秘密の透明な入口から入っていき、館の玄関で、糸が切れたように、しゃがみ込んだ。

 コトリがあんなことを言い出すとは。

 悪夢のようだった。

 コトリは私たちをヒトモドキだと村人に言っていた。その真意は何だろうか。シンドウは彼女の意図をどこまで知っているのだろうか。


 シンドウ?


 シンドウはどこだ。ひょっとして、村人につかまってしまったのだろうか。それとも、殺されたのだろうか。

 いやだ。信じたくなかった。


 私はうずくまって、留守番をする子供のように待った。

 数分すると、シンドウが透明なハシゴを上がってきた。「やあ、間宮君。追手おってを巻くのが大変だったよ」

 思わず、私は泣き出しそうになった。「シンドウ!無事だったのか」

「まあね」と彼女が言うと、手に持っていたローブを私へ渡してくれた。「このローブはスガのなんだ。彼は賢者の書斎しょさいにいるから、君から渡してくれないか?」

 スガの服には、切りかれた穴が開いていた。剣によるものだろう。

 彼は死んだのだ。

 さぞかし無念むねんだっただろう。

 私は書斎のドアをノックした。中から、「入ってどうぞ」とスガの声がする。

 スガが死んだことを、どうやって、スガに報告すればいいのだろうか。


 ――ん?


 ちょっと待て。

 書斎の中で、ぱだかになったスガが本を読んでいた。

 私は声にもならない声を上げた。

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