第五章 彼女と対決と推理

第35話 娘の帰還

 翌朝、私とシンドウは、宿の部屋で、朝食を取った。

 ヒスイとコトリは、まだ見つかっていなかった。

 私たちは、赤い館のわなをどう突破するのか話し合っていた。


 赤い館にコトリがいるとみて、間違いないだろう。

 彼女は監禁されているのだろうか。それとも、自らの意思で、館にとどまっているのだろうか。


 まだ事件の真相は明らかではないのだと、シンドウは言う。「間宮君、僕はありとあらゆる可能性を考えている。しかし、魔導書、聖なる石の二つが、この村にそろっていた事実を見逃みのがすわけにはいかない。この事が失踪しっそうとどう関連するのかを見きわめなければならないのだ」

「ただの偶然かもしれないぜ」と私はフラグラを食べながら反論を試みた。

 フラグラはパンのような食べ物だったが、食べると口の中で甘い香りが漂う。私は異世界に来て、このフラグラという食べ物が気に入った。


 シンドウはイスに深々と座った。彼女は私の食べる手をじっと見つめて、こう言った。

「偶然ではないのだよ。間宮君。『君が自らの危機に魔法を使わなかった』という事実も含めてね」

「どういう意味だ?」

 しかし、シンドウは私の質問をはぐらかすかのように、別の話題へ変えた。

「それはそうと、死の森の洞窟で、君はほこらを見ただろう?あれをどう思う?」

 私は昨日のことを思い出していた。ほこらは大木の根を削って彫られていた。あそこに聖なる石が祭られていたのだ。

「どうって……、スガの先祖か誰かがほこらを建てたんだろ?」と私はフラグラを食べ終えて口をぬぐった。

「それはおかしいのだよ。間宮君」

 シンドウは立ち上がった。立つと、テーブルの周りを回り始めた。推理をするときの彼女のくせらしい。

 シンドウは自分の考えを私へ聞かせた。

「間宮君。いいかい?昔、スガの先祖、サイはこの村へ来て、聖なる石を死の森へ隠した。聖なる石はヒトモドキで危険だ。だから、人の目に触れないあの洞窟へ隠したんだろうね。

 そうなると、いよいよ、おかしい。もし、石を隠したいのであれば、目立つようなほこらなんて建てる必要はないよ。むしろ、何もしないで地面に埋めたほうが見つからずに安全だ」

「なるほど。確かにお前の言うとおり不自然だ。じゃ、サイでないとすると、誰がほこらをつくったんだ?」

 私が質問すると、シンドウは立ち止まって、こう言った。

「ふむ、こうは考えられないだろうか?普通の村人ならば、あんな魔物のいる危険な森へ近づかないだろう。となると、強力な魔法を使える人間に限定されるだろう。60年以上前に、このラキア村に住んでいた強力な魔法使いは誰かというと、賢者ミカミなんだ」

「赤い館に住んでいるあの幼女もどきか」

 私はうなった。


 ミカミが聖なる石のほこらをつくったというのだろうか?

 本当かもしれない。

 でも、なんのために?


「結局、ほこらの真相を確かめるには、あの赤い館へ戻ってみる必要がありそうだね」とシンドウは私へ告げた。

 ふと、シンドウが窓の外を見た。外で、大勢の村人たちが走っている。

「何かあったのだろうね」

 その日、村には、不穏ふおんな空気が流れていた。

 朝なのに、静かすぎるのだ。

 昨日は、人のガヤガヤとする声が、四方から聞こえてきたものだった。今日は、ひっそりと、村が死んだかのように静まり返っていた。走る足音だけが聞こえるのは実に奇妙だ。

 私はなぜか、サイの日誌を思い出した。

 当時の聖都も、こんな雰囲気ふんいきだったのだろうか。


 私はシンドウに、二人で散歩さんぽすることを提案した。

 ヒトモドキの悪夢を、早く忘れたかったからだ。

「すばらしい提案だ」とシンドウが言った。「散歩は、人生を考えるときに、最良さいりょうの休みとなりえるのだよ」

 二人は、村の小高こだかい丘に登った。大きな虹が見えた。


 この世界にも慣れてきたような気がする。

 魔法使いの役目も分かりかけてきた。

 魔法使いの力は強力だった。250万もの軍隊ですらかなわないのだ。魔力を持たぬ普通の人間に勝ち目などなかった。

 それを食い止められるのは、同じ魔法使いだけだ。


 散歩を終えて、宿に戻ると、宿の前で待っている人間がいた。

 僧侶スガだった。

「シンドウさん、昨日はありがとうございました」とスガがお礼を述べた。

「それはよいのですが、服が表と裏、裏返っていますよ。そんなにあわてて、どうしたのですか?」

 スガは自分の服を見つめた。恥ずかしかったのだろう。赤面せきめんしてうつむいた。

 その次の瞬間、ぱっと彼の顔が上がった。用事を思い出したのだ。「良いニュースです。村長の娘のコトリさんが見つかったのですよ!」

「え?どこで?」と私はせきこむように尋ねた。

「もちろん、賢者の赤い館です。あそこの庭で歩いているのを、見張らせておいた自警団の連中が見つけたのです。今は、村長の家で休んでいます。私たちも行きましょう」

 私たちは、村長の家へと向かった。

 スガは服を着替えず、裏返しにしたままだった。


 村長の家へ着くと、すぐに、数十人の村人たちに囲まれた。屈強くっきょうな男もいれば、女、子供までいる。彼らは、私たちに敵対心を隠さなかった。

「どう見ても、僕たちを歓迎する人たちではないようだね」と、私にシンドウが耳打ちした。

 私たちが家に入ると、再会に喜ぶ家族と出会った。村長のカナルとアリアは、娘の無事を喜んでいた。ただ、弟のウルは喜んでいる様子ではなく、困った顔をしていた。

 なにしろ、コトリの様子がおかしいのだ。

 彼女の顔は青ざめ、髪はぼさぼさだった。くちびるが震えている。


 賢者の館で何があったのだろうか。


 シンドウはかがんで、私のクツに俊足しゅんそく魔法をかけた。彼女はひそひそと、こう、ささやいた。「いいかい。間宮君。僕が合図をしたら、全力で賢者の館の中へ逃げたまえ。僕のことにかまうな」


 スガがコトリに笑いかけた。「ご無事で何よりです。コトリさん。――ところで、いったい、どうして、あんな所をさまよい歩いていたのですか?」

 さらに、コトリの体に異変が見られた。

 唇だけではなく、がくがくと肩まで震え出した。

 コトリは、さっと、部屋の奥まで逃げる。まるで、怖いホラー映画を見せられた幼児のような反応だった。

 コトリは右手を突き出した。右手の人差し指で、スガと私、シンドウの方向をさした。

 急に、コトリは悲鳴を上げた。そして、家の外にまで聞こえそうな大声で叫んだ。

「あの三人です!間違いありません。あの三人の正体は魔法使いではなくて、ヒトモドキです!私、見たんですの。この目ではっきりと。スガさんと、シンドウさんと間宮さんが、あのヒトモドキたちに殺されるところを!」


 待ち構えていた村人たちが、私たち三人を取り囲んだ。みな、剣や盾を持っていた。

 私はヒトモドキではありませんよと、彼らを説得したかった。「待ってください」と言ったが、明らかに話を聞いてもらえる雰囲気ではなさそうだ。

「逃げろ!間宮君!」とシンドウが叫んだとき、無情むじょうにも、私の頭上ずじょうに剣が振り下ろされた。

 しかし、私をかばうように私の体全体をおおいかぶさる者がいた。

 スガだった。

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