第33話 ヒトの形をした魔物

 スガの先祖サイがのこした日誌を読み終えたとき、私の体はふるえていた。

 さまざまな感情が、胸からあふれ出た。

 ウルはうつむきながら言った。「なんでだよ?なんで、こんな……、バカげている!」

 村道でウルの言葉がこだました。村人が寝静まっているので、よく響く。

「返す言葉もないですね」と僧侶のスガはうなずいた。「この日誌を書いた後で、私の先祖サイは、聖なる石の隠し場所を言わぬまま、ろうの中で、この世を去りました。彼の死後、彼の妻は真実を、一切語ろうとはしませんでした。ですから、盗難事件の真相は、日誌が発見されるまで、誰にも知られていなかったのです。

 マッスル国が滅んだ後も、先祖の罪が消えることはありませんでした。そのせいで、私たち子孫もつらい仕打ちを受けました。歴史書には、聖なる石を盗んだサイのせいで軍隊は負けたのだと書かれています」

 聖なる石!

 私はポケットの中に入っている黒い石を取り出した。

 手がふるえて、なかなか、うまく出せない。出してみると、人間の瞳はついていなかった。ただし、石の表面は、人肌のように柔らかった。いや、一部だけ、固い部分がある。

「……これは目じゃないような――そんな……歯だ」

 私は絶句した。

 石の固い部分は、人間の歯と歯ぐきだった。

 私は聖なる石だった物を放り投げた。

 ヒトモドキが地面に落ちた。

「どきたまえ。間宮君」と、すかさず、シンドウがヒトモドキに凝固ぎょうこ魔法をかけた。

 魔法をかけられたヒトモドキは、透明な琥珀こはくのような物に閉じ込められた。


 ヒトモドキの種を拾ったスガは、晴れやかな表情をしていた。「これで、私の使命も果たせるというものです。他にも石があったら、私に渡してくださいますか?」

 私は袋に入っていた石をすべて、シンドウへ渡した。シンドウが凝固魔法をかけて、二度と石を使えないようにした。そのまま、彼女は袋と石をサイへ渡した。

「これで結構です。私は、そう祖父サイが聖なる石を盗んだ正当性を、教会に証明さえできれば良いのですから。彼はヒトモドキから国民を守るという正しい行いをしたのです」

 それが、前に彼の言った「先祖の名誉を回復する仕事」だったのだろう。

 石の正体は魔物のヒトモドキだった。それを盗んだ先祖のサイは、死の森にあるほこらに隠したのだ。

 シンドウは、私から日誌を受け取った。ぱらぱらとページをめくる。「この日付は正確なのですか?」

「ええ、もちろんです」とスガは答えた。「日誌の記述が真実かどうか、かなり調べたのですよ。サイの義兄サンニが日誌に出てきますよね?わざわざ彼の子孫にも会いに行って、話を聞いたのですよ。子孫たちは真実であるという証拠を私に見せてくれました。

 いろいろと調査した結果、私は日誌が正確な真実だと信じています」

「仮にそうだとすると、聖都ガイマイトを出発したのが12月27日の朝で、また帰ったのが28日の昼過ぎなのですから、サイさんは一日半で、石を隠したことになります」

 シンドウの指摘に、スガはほほ笑んだ。「さすがはシンドウ=サキ。よい着目点ちゃくもくてんですね。かつて聖都だったガイマイトから、たったの一日半で行って帰られる場所。さらに、マッスル教徒の少ない目立たない場所。――そう、ここ、ラキア村こそが隠し場所にうってつけなのです。そう推理した私は、半年前に布教という触れ込みで、この村へやってきました。

 しかし、聖なる石が村の外に隠してあるとは考えてもいませんでしたね。これは盲点もうてんでした。村の外は魔物が多くて危険ですからね」

 スガは石を布袋にすべて入れ終えると、シンドウと私にお礼を述べた。

「ありがとうございました。これで、とりあえず私の使命は完了しました。後はヒスイさんとコトリさんの行方を探すだけですね」

 それを聞いて、シンドウは黙ってしまった。


 どうしたというのだろう。


 ようやく、スガの真の目的が果たされたのだ。何も怪しむ点はない。

 それなのに、アゴに手を当てて、彼女はじっと地面を見つめていた。

「では、あのられたほこらは、何なのだろうか?」とひとり言のようにつぶやいた。

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