第31話 サイの日誌(12月1日から12月16日まで)


12月1日


 今日、マッスル国の民主主義が死んだ。

 先の選挙で投票されたすべての票が何も書かれていない白票はくひょうだった。これにより、前任の教皇が再任さいにんされた。すべては魔法使いのせいであった。やつらが魔法で票を真っ白な紙に変えてしまったのだ。

 これで何度目であろう。凶悪なる魔法使いどもが我々の国の制度を破壊しようとするのは。

 妻は、民主主義は死んだとあきらめている。我が国のリーダーである教皇を国民が選ぶのもできなくなるであろう


12月2日


 教会議事堂ぎじどうの広場で、教皇が就任演説をした。一糸いっしまとわぬ姿であった。選挙の公約どおり、魔法使いを全て滅ぼすと宣言した。悪との戦いに勝利して、いつの日にか、選挙が行えるときがくるであろう。そのときまで、選挙は中止となる。そう教皇は宣言したのである。

 それを聞いた民衆たちは、「マッスル、マッスル」と連呼した。歓喜かんきの声。中には、魔法使いを早くめっせよと叫ぶ人間もいた。

 それを見ていた私は、教皇に仕える身として誇らしい気持ちであった。

 演説が終わると、私は教皇に謁見えっけんした。偉大なる教皇は聖なる石を|私へ下賜かしした。この石は用済みとのことであった。私はそれを、聖都の外にある谷へ捨てた


12月3日


 今日もまた、聖なる石をいただいた。この石を捨てる役目は、信頼される者だけが与えられる。

 我がトズル家は、聖都の中でも名家である。ゆえに、このような大役を任されるのだ。私はそれを誇りに思った。

 町の中で、「魔法使いは民主主義の敵だ!」と書かれたポスターを見かけた。魔法を使った者を見かけたら、国に届け出なければならぬ


12月4日


 妻と息子と乳母を連れて、山へ遊びに出かける。このところ、仕事に忙殺ぼうさつされるので、良い気分転換である。

 妻は息子を見て、顔だちがあなたに似てきたという。まだ、息子は幼い。ようやく、言葉を覚えたばかりである。目鼻めはながはっきりしてて、ハンサムである。頭が良いと乳母が言ってくれた。

 家に帰ると、義兄ぎけいのサンニが我々を待っていた。仕事の用で来たようだ。彼の話によれば、今度から、聖なる石の力によって、魔法使いの魔法を封印する。ついては、処刑場で、使い終わった聖なる石を回収せよとのことである


12月6日


 昨日、処刑場を見た。おぞましき風景。マッスル教国の各地から集められた魔法使い。彼らが処刑される場所。

 脳裏から離れてくれなかった。

 今日は仕事を休むつもりであった。だが、結局は気分のすぐれぬまま、処刑場へ行く。処刑人たちから聖なる石を受け取る。

 もはや、これ以上は書けぬ


12月10日


 今日、処刑場へ行き、聖なる石を受け取った。使う前には、光沢こうたくを放った石は、もう黒く、くすんでしまっている。こうなると、もはや、ただの石と変わりがない。聖なる石ではなかった。奇跡を起こす力もないのであるから、谷へ捨てる。

 ならば、私がもらい受けても、何の支障ししょうもないはずである。

 私は石を捨てずに、家へ持ち帰った。帰って、書斎の机の上に置いてみた。仕事の記念として飾っておこうと考えたのである。

 しかし、これを捨てるのが仕事のはずだ。その仕事をやらなかったのは怠慢たいまんではないか。

 そんな批判を恐れて、私は机の引き出しへ、石をしまっておいた


12月12日


 捨てる石の量が、日に日に増している。

 魔法使い狩りが全土に広がっている証拠である。

 聖都に連れてこられた魔法使いは、大人だけでなく、あどけない子供もいた。彼らに魔法を使われぬよう、処刑隊たちが聖なる石を使って、力を封印していた。聖なる石の効果は一度きりである。それゆえ、処刑される人数に比例するかたちで、使われる石の数も増える。

 私は息子のことを考えた。息子が食事をしている間に、何度も、この子に、魔法使いの才能がありませんようにと神に祈った


12月13日


 乳母うばが奇妙なことを言い出した。

 誰もいないはずの書斎から物音が聞こえてくると。

 私と妻は、書斎をくまなく探した。魔物一匹すらいなかった。乳母が神経質しんけいしつになりすぎであろうと結論を下した。

 近ごろ、聖都では、魔法使いたちが戦争をしかけてくるという噂でもちきりであった。この状況では、乳母も神経過敏しんけいかびんになろう


12月14日


 今朝、書斎から物音がはっきりと聞こえた。がたん、という音に続いて、がさごそと、何かがはい回るような音である。

 私は急いで、書斎のドアを開けたが、誰もいなかった。

 おかしなことに、机の引き出しが少し開いていた。閉め忘れたのであろう。

 中の石は無事である


12月15日


 乳母がおひまをいただきたいと言い始めたので、慰留いりゅうする。

 妻もノイローゼ気味ぎみである。彼女の話によれば、夜中、書斎の中から、がたごとと音がするらしい。あそこにあるのは、本と机だけである。動くものなどありえぬ。そう言って、彼女たちをなぐさめた。


12月16日


 なぜ、こんな恐ろしいことが私の身に起きるのであろうか。

 昨晩は意を決して、書斎の中を見張った。

 徹夜して、つい、私はうとうと居眠りしていた。

 例の物音がした。

 目が覚めた私は、本棚ほんだなを調べた。虫一匹すらいなかった。

 机が揺れ始めた。大きな音を立てた。

 揺れがおさまると、私は机の引き出しを、勢いよく引っ張った。

 石だけである。

 私がほっとして、ため息をつくと、石の表面がうごめいた。その表面から一すじの線ができて、ぱっくりと分かれた。それから閉じる。

 その動作を一回。同じく、二回。

 これはまばたきであった。間違いない。これは人間の目なのだ。眼球なのだ。

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