第30話 聖なる石

 村に帰ると、ウルが興奮して、私に話しかけてきた。

「あんた、スゲーよ。偉大な魔法使いになれるんじゃねーか」

 本当は私の力ではなく守り石の力だったが、それでも照れくさかった。ウルには真実を告げていなかった。私が魔法で撃退したという事にしておいたのだ。

 夜ともなると、村人たちは寝静まっていた。ウルの大きな声があたりに響き渡った。

 私は宿に早く帰って眠りたかったが、ウルが放そうとしない。

 すると、「障壁」魔法を解除したスガがいてきた。「おやおや、お二人とも、何があったのです?」

 シンドウが「障壁」を作っている最中だったので、かわりに、ウルが説明した。

 私たちが魔物である土に襲われたこと。そのとき、私が魔法の力で、魔物を撃退げきたいしたことなどを、ウルは手ぶりを加えながら、スガに報告した。

「とにかく、スゲーの一言さ。間宮さんの手が光ると、魔法の光線が死の森すべての土をなぎ払ったんだぜ。この人は本物の魔法使いさ!」

「ほう、そんなことがあったのですね!すばらしい」とスガが私をほめてくれた。

 ほめられた私は鼻を高くした。


 そこへ、一仕事ひとしごとを終えたシンドウがやってきた。「ようやく障壁を造ったよ。これで、とうぶんは魔物が入ってこられない。ところで、君は何をしているのだ?間宮君」

 私は両手を突き出していた。

 というのは、有頂天うちょうてんになって、どのように土の魔物を倒したのかを実演していたのだ。

「いや、スガとウルがほめてくれるから、その、つい、調子に乗っちゃって」と私は言いわけをした。

 スガが満面の笑みでぱちぱちと拍手はくしゅした。「シンドウさん。彼はものすごい才能の持ち主ですよ。守り石の力で、魔物たちを倒したのですから」

 それを聞いたシンドウが一歩下がって聞き返した。「守り石の力?」


 どうしたというのだろうか。


 シンドウは私に向かって、こう命令した。

「スガから離れたまえ」

 私は言われた通りスガからぱっと離れた。

「スガ、お前、また、しょうこりもなくシンドウの首を狙っているのか?」と私が訊いてみたが、スガはこう否定した。

「『障壁』魔法をとなえたせいで、魔力は尽き果てましたよ。攻撃などしません」


 シンドウは私の前に立ち、手でかばった。明らかに警戒の体勢だ。

 彼女はゆっくりと言った。「ほこらにあった守り石の力を、あなたはこのスガさんに説明しましたか?ウルさん」

「とんでもない。だって、ありゃあ、間宮さんの魔法じゃねーか。守り石の力であるはずが――」とウルが言いかけた。

 そのとき、私たちは、はっと気が付いた。


 そうだ。

 確かに、私たちは石の話題を出さなかった。


 魔物を倒したのは、石の力だとは全くべていなかったはずだ。なぜなら、ウルは、石の力ではなく、私の魔法だと勘違いしていたのだ。

「魔物を倒したのが守り石の力だと、どうして、あなたはわかったのですか?スガさん」とシンドウはとどめを刺した。

 私たち三人の視線が、スガへ向かう。

 彼はため息をついた。

「……さすがはシンドウ=サキ。よくぞ見抜きましたね」

「あなたは、守り石のことをご存じだったのですね?」とシンドウがスガへたずねた。

「守り石ではありませんよ。シンドウさん」

 観念かんねんしたかのように、スガが天をあおいだ。

 そして、スガは彼女の言葉を訂正した。「それはかつて教会が所持していた『聖なる石』です。――さあ、間宮さん、そのまわしき『聖なる石』を渡してください」


 私は、聖なる石を渡したくなかった。

 せっかく武器を手に入れたのに、それを手放したくなかった。

「シンドウ、これさえあれば、魔物におびえなくても済むんだ」と私は、守り石をポケットの中でつかんだ。

 心なしか、石がやわらかくなったような気がした。


 いや、気のせいだろう。


 私はスガをにらんだ。「なんでだ?これは、あんたの物なのか?違うだろ。……どうして、俺から武器を取り上げようとするんだ?」

 スガがこう反論する。

「先祖の名誉のためです。その『聖なる石』は、大昔、私の先祖が盗んだもの。あなたは、その石の危険性をご存じないのです。さあ、手遅れにならないうちに、私へ渡しなさい」

「いやだ!」

 私とスガが言い争いになりかけたとき、シンドウが止めに入った。「二人とも待った。どうやらスガさんには事情があるようだ。スガさん。どうして、あなたはこの石を欲しがるのですか?」


 それを聞いたスガは、ローブのすそから、古い手帳を取り出した。「――とりあえず、これを読んでください。これを読めば、私の言っていることがすべてわかります。そして……」

 読み終わったあなたは、必ず、聖なる石を私に渡すでしょうと、不気味な予言をした。

「この手帳は何ですか?」とシンドウが手帳を手に取り、質問した。

「これは、私のそう祖父、サイ=トズラの日誌です。正確には、私の実家の屋根裏で、ほこりをかぶっていたのを、見つけた私が書き写したものです。白票事件が起きた時で、今はなきマッスル国で住んでいたことが書かれています」

「白票事件ということは、六十年も前のことですね」とシンドウが手帳をめくりながら訊くと、スガがうなずく。

「そうですね。私たちが生まれる前の、魔法使い狩りが起きた時代です。そのころ、曾祖父サイは、マッスル教団で重要な役職やくしょくを任されていました。使い終えた『聖なる石』を捨てる任務だったのです

 教団の財宝の一つに、『聖なる石』があったのです。大きな壁のような石から、けずり取った石のかけらを、当時の教皇きょうこうが使っていました。なんでも願い事をかなえる奇跡の石としてね。使い終えると、石は黒くなります。効能がなくなるので、それを捨てていました」


 白票事件?魔法使い狩り?


 歴史を知らない私は、二人の会話を理解できなかった。

 ただ、大昔の話だということと、「マッスル国」という名前の滅んだ国で、事件が起きたことはわかった。

「間宮君、声を上げて読みたまえ」とシンドウは、日誌を私に手渡した。「僕はスガから目を離すわけにはいかないからね」

 私は翻訳メガネをかけて、日誌の表紙をめくった。

 ある一文が目に飛びこんできた。

 ――今日、マッスル国の民主主義が死んだ。

 心臓がノドの奥から突き出そうなくらい、私は驚いた。あわてて、私はページの文をはしからはしまで読んだ。

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