第29話 土と力

 せばまる洞窟を抜け出した私とシンドウは、ウルを見つけた。だが、彼の歩き方が変だ。

 右足を前に出しても、左足が出ない。彼がなんとか、左足を上げたかと思うと、今度は右がダメなようだった。

 ウルが歩いているところは沼ではなかった。ぬかるみもできていない。なのに、足元に粘着シートでも置かれたかのように、彼の足が動けないのだ。


「ウルさん!この森は危険なのです。早く出ましょう!」

 シンドウがそう叫んだ。


 もう遅い。


 私たちの足元には、土がまとわりついてきた。そのため、思うように足が動かせなかった。

 私は最悪のことを想像した。


 これは……。


「間宮君、聡明そうめいな君は気づいているかもしれないが」とシンドウが言う。「縮小魔法が通用しない土というのは考えられない。よって、これは自然の土ではないのだ」

 二人で同時に声を出した。「魔物だ!」


 死の森そのものが魔物だったのだ。

 私たちが何気なく踏んだ土こそが、魔物の集まりだった。その集団が一つ一つ、意思をもって私たちを攻撃してきた。

 ウルが剣をふるう。

 剣先で土がくだけたが、大したダメージにはならなかったのだろう。赤茶けた土の固まりは、ウルの顔めがけて突進した。

 土の固まりに殴られた彼は、「だめだ、切れねえ!」と悲鳴に近い声を出した。

 「魔法で助けてくれ!シンドウ」と私はそばにいたシンドウに助けを求めた。

 だが、シンドウは無言だった。

「どうした?シンドウ?飛翔ひしょう魔法か、浮遊ふゆう魔法で脱出しようぜ」

「もう使っているのだ。どちらの魔法も。時間停止もね。君の魔法で何とかならないか?」

 その言葉を聞いて、私は絶望感におそわれた。

 すでに、私の下半身全体を、魔物の土がおおっていた。さきほど、ウルが土に埋もれていた原因が分かった。

「このままだと、土の魔物に食べられるぞ!」


 ごうと、うなり声が聞こえた。

 地震が起きて、大地にうずができた。

 その渦へ、まるで栓を抜いた風呂の水のように、土ごと木が吸い込まれていく。

 ひらひらした布をつけた、白い物体が、私たちの前に現れた。よく見ると、人のがい骨だった。身長は私たちと同じだ。かすかに、手に持っている剣のようなものが見えた。

 見知らぬ旅人のなり果てた姿だった。

「おい、シンドウ!」とたまらず、私は叫んだ。「このままだと、俺たちも、あの骨の仲間入りだぜ」

「津波魔法と隕石いんせき魔法、どちらが良いかな?間宮君?」とシンドウが物騒ぶっそうなことを質問してくる。

「どっちで……もがっ」

 私が答えようとすると、土が口の中へ入ってきた。

 何も話すことができない。


 私は無我夢中むがむちゅうで、土を引きはがせる道具を探してみた。すると、ポケットの中に、さきほど洞窟で拾った守り石が入っていた。

 守り石は、ナイフのようにとがっているので、これで土を取り除けるかもしれなかった。私はポケットから石を取り出した。足にからみつく土に、とがった石を突き立てた。「離れろ!この魔物め!」


 あたりがまぶしい光に包み込まれた。

 私の指のすき間から、強い光がもれていた。持っている守り石自体が、どうやら光っているらしい。

 神秘的な光だ。とても暖かい光だった。

 すると、その光を浴びた魔物の土が、引き潮のように、さああと逃げていくではないか。


 それだけではなかった。

 土がシンドウやウルを襲うのを止めた。

「どんな魔法を使ったのだ?間宮君」とシンドウが近寄ってきた。

 私は身震みぶるいした。「……わからない」

 ただ分かっているのは、私が持っている石の力で、巨大な魔物を退しりぞけたということだ。守り石は、あまりにも強大すぎる武器だった。


 死の森が谷に変形した。

 U字の形にえぐれられた地面が、眼前がんぜんに広がっていた。そこを通って、私たちは村へと帰った。

 しかし、身震いするほどの恐ろしい事実が待ち構えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る