第28話 石と告白

 暗くて、大きな洞窟どうくつだった。

 歩きながら、私は改めてそう感じた。

 長い一本道だったので、迷子にならずに済んだ。済んだが、自分がどこをどう歩いているのか見当もつかなかった。


 先に入ったシンドウはどこにいるのだろう。


 前に入ったときには、ここまでの広さだとは思っていなかった。せまい穴をくぐりぬけていたように思う。

「おい、シンドウ。どこだ」と私は呼びかけてみた。

 洞窟の奥から、「ここだよ。早く来たまえ」とシンドウの声がした。

 声のする方角へ、おっかなびっくりでを進めた。


 ――いてっ!


 私の足が石につまづいた。

「しかたないな」とシンドウは、閃光せんこう魔法で洞窟を明るくしてくれた。

 洞窟の壁一面が明るくなる。

 シンドウとウルの姿も見えた。

 ほっとしたのもつかの間、変わり果てたウルの姿を見た。

 ウルの下半身は、地面に埋もれていた。身動きができないのだろう。「なあ、助けくれよう」と彼は情けない声を出す。

「どうしたんだ、これは」と私は驚いた。

 まるで、ウルが土に飲み込まれたみたいではないか。


 シンドウが引っ張り出そうと私に提案した。二人で彼の手をつかんだが、重たくて上へ持ち上げられなかった。

「浮遊魔法を使おう」とシンドウが言った。

 浮遊魔法を使うと、ウルの巨体きょたいが、土から離れて、風船のように浮き上がった。そのまま、空中へと引きずり出されたウルは、手足をじたばたと動かした。

「降ろしてくれ!」

「何があったのですか?」とシンドウが訊く。

 地面に降りたウルは、「ヒトモドキだ!俺が悪かったんだ。守り石を壊したせいでこうなったんだ」と意味不明な言葉を繰り返した。


 私たちは、ウルを落ち着かせて、もう一度、昨日のことをしゃべらせることにした。

「ドリィと会っていたんだ。彼女が帰ると、二体のヒトモドキが現れて、気づいたらこのざまさ。ほこらに祭ってあった守り石を壊したのろいのせいなんだよ!」

 私とシンドウは二人とも顔を見合わせた。

 おそらく、ウルの言う「二体のヒトモドキ」とは私たちのことだろう。ウルは私たち二人を魔物と勘違いしたらしい。

 シンドウがウルをなだめた。

「ウルさん、落ち着いてください。この洞窟にヒトモドキなんていませんよ。それよりも、ほこらに祭ってあった守り石とは何なのですか?」

 ウルの話では、この洞窟のほこらの中に、伝説の守り石が祭ってあったという。その石が不思議な力で村を守ってくれていた。ところが、ひょんなことから、彼がイタズラして石を割ってしまった。

 ウルがうなだれながら言う。

「……それ以来、村では、魔物が出るようになったのさ。畜生ちくしょう!今までは、村の周辺に一匹も出なかったんだぜ。それが、守り石が割れてから、何度も襲われるようになったんだ」

 そう言って、彼はがっくりと肩を落とした。

 しかし、今の話だと、どうして、ウルの体が地面にのめりこむことになるのかは理解できない。


 シンドウは自分のポケットをまさぐった。そして、以前、洞窟のほこらで発見した小さな石のかけらを取り出した。

「守り石というのはこれですね?ウルさん」とシンドウが石のかけらを見せる。「これには、強力な魔力が封じてあります。あなたのおっしゃるとおり、魔物けになるかもしれません」

「そうだよ」とウルがぶっきらぼうに答えた。

「守り石の件については、後で考えることにしましょう。ウルさん。ところで、あなたが土の中に埋もれていたのは、なぜでしょうか?」

 シンドウの問いかけにウルは少し沈黙した。

 ウルはうんうんと、うなっていたが、やがて、あきらめたかのように「知らねーよ」と答えた。


 この会話を聞いていた私は、ほこらへ向かった。そこで、壊れた石のかけらたちをひろった。

 それを持ってきた布のふくろに入れてまとめた。魔物除けになるのであれば、武器にもなるかもしれないと考えたからだった。


 私は再びシンドウとウルの所へ戻った。二人の会話はまだ続いていた。

「なあ、シンドウさんよ。魔法で石を直せないか?」

 そうウルにたずねられたシンドウは、直せないだろうと答えた。「なにしろ、この守り石は復元魔法が効かないのです。おそらく魔法では無理でしょう」

「じゃあ、村はどうなるんだ?俺たちの村が滅ぶのを、指をくわえて見てろと言うのか?」とウルがふりしぼるような声で怒った。

 それに対し、シンドウはこう言った。

「お気持ちはわかります」


「わかってねーよ

 わかりっこない」

 ウルは力なく、そう言った。

 私は彼の気持ちがわかる。彼の心には、村を危険にさらした罪悪感ざいあくかんがあるのだろう。これはシンドウへの抗議でなく、無力なおのれへの批判なのだ。


 やがて、ウルが落ち着いたところで、私たちはラキア村の現状を教えた。魔物たちに村が襲われたこと。村の周囲に強力な結界を作ったこと。ヒスイだけはでなく、姉のコトリまでもが行方不明になったこと。

 最後まで語らないうちに、ウルは血相けっそうを変えて、洞窟を飛び出した。「村を守らなきゃいけねえ!俺が!戦士である俺が!」

 だが、シンドウは彼を追いかけることをしなかった。


 シンドウはしゃがんだ。座って、指で土をつまむ。彼女は指でつまんだ土をじっと見つめていた。

 何を考えているのだろうか。

 突然、彼女は縮小魔法をとなえた。


この者の元来の姿をちぢませ小さくさせよ


 ところが、指でつまんだ土は小さくならなかった。

「これはいけないね」と土を捨てたシンドウが、私に言った。「すぐに、ウルへ伝えなければならないことができた。間宮君、ここは危険だ。ここを出よう」

 私たちは洞窟の出口を目指した。

 壁が私の肩にぶつかる。


 おかしい。


 入ってきたときには、両手を広げてですら、壁にぶつからない幅だったはずだ。

 今では、出口をふさぐように、どんどんと、洞窟の壁が押し寄せてきた。

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