第四章 森と聖なる石と推理

第25話 結界の外

 赤い館を夕日が照らす。

 もう、夕方なのだ。

 館に入るときは昼間だった。館にいた時間は、そう長くないはずだ。夕方になどなるはずがない。


 まるで、時間が飛ばされたみたいだ。


 理解できない私に、シンドウは何が起きたのかを説明してくれた。「ミカミの罠なのだよ。あらかじめ、時間の流れが遅くなっていく魔法『遅延ちえん』を廊下にかけたのだね。おそらく、赤い館の侵入者対策だろう。僕らはまんまと、それにひっかかったわけだ」

「『遅延』?どんな魔法なんだ」

「この魔法は、空間内の時間をゆがませる。ゆっくりと進ませるのだ。最初は、普通の進み方だから、僕たちは気づかなかった。しかし、どんどんと時間の速さが遅くなる。最後にとうとう、廊下の中では、一分進むのに、二時間ぐらいかかっていたわけだ。

 時間の流れ方が違うので、廊下の一分が、部屋や館の外では二時間に相当そうとうする。ゆえに、廊下を走っているうちに、外では、二時間以上過ぎた。すでに夕方を迎えたのだ」


 なるほど。


 私たちから見れば、ミカミたちは素早く動いていた。対して、部屋の中から私たちを見れば、まるでスローモーションのように動く姿が見られるわけだ。はたから見ると、マヌケな姿だったのだろう。


 恐ろしい罠だ。


「間宮君、油断ゆだんしていた僕を許してくれ。透明魔法があれば、どんな魔法も防げると考えていたが、甘かった」とシンドウが謝った。

 それほど、賢者は恐るべき相手だということだろう。

「敵があんな魔法を使えるとは思わなかったんだろ?別にいいよ」と私は許した。


 館の庭で、これからどうするべきか、私はシンドウと相談した。

 時間停止をしてしまっては、しばらく、ミカミやドリィと話しができない。ヒスイの行方どころか、コトリの行方すらつかめないだろう。館の中は、「遅延」魔法の他にも、別の罠が仕掛けられている可能性があったので、コトリを探せなかった。

「真相には近づいた。魔導書の行方も分かった。問題は、コトリとヒスイだ」とシンドウが指摘した。「問題は、なぜ、『彼女たちが魔導書を欲しがったのか?』ということなのだ。これはドリィにかねばなるまいね。時間停止魔法が自然と解除されるのを待つしかない」


 そんなことよりも、私は賢者の言葉「小さきものよ、お帰りなさい」が気になっていた。思い出してみれば、動くよろいから私を救ってくれた声に似ている。それをシンドウに伝えた。

「――というわけで、鎧に襲われたとき、賢者が俺を助けてくれたんだと思う。……言っとくが、知り合いじゃないぜ」

 シンドウは「ふむ」と目を床に落とした。

「脳に直接、声を送る魔法があるので、それをミカミが使ったのだろう。しかし、『小さきもの』という意味は分からない。これもミカミに訊いてみなければならないだろうね」

「……つまり、八方ふさがりなんだな?シンドウ」と私は腕を組んだ。腕を組んで、考え事をしていたが、うまいアイデアが出るわけでもなかった。


 ふと、私はウルのことを思い出した。「――時間停止で思い出したんだが、ほこらの中にいるウルはどうなっているんだ?お前が時間を止めて、彼を固めたままだろ?」

「そうだ。そろそろ、魔法が解けているころだね」とシンドウが言った。

「解けるとどうなるんだ?」

「動きだす」

 冬眠から目を覚ましたクマのように、あの洞窟から出てくるウルを思い浮かべた。

 彼は驚くだろう。自分が一日中、固まったことに。そして、村に帰って――。


 待て。

 村には帰られない。


 シンドウも気づいたようだ。「そういえば、『障壁』魔法で作った結界のせいで、彼は村に入られないね」

 そうだ。「障壁」は人を通せない。それを村の周りに張り巡らしたのだから、ウルは帰られないのだ。

「一度、『障壁』魔法を解除する必要がある」とシンドウはアゴに手をそえた。


 じゃ、簡単だ。

 解除して、待てばいいではないか。


 ところが、そうはいかないらしかった。

 シンドウが黙ったまま、夕日を見た。しばらくして、彼女はゆっくりと口を開いた。「結界を解けば、魔物たちが入ってくる。解除はできない」

「一部だけで解除すればいいじゃないか?」と納得できなかった私は問うてみた。「どこかにぽっかりと穴でも作れば……」

「一部はできないのだよ、間宮君」

 魔物たちがあきらめて退散するまでは、結界を解かないというのが彼女の考えだった。

 どんなにウルが魔物退治にけているところで、いつかは、彼の体力が尽きてしまうだろう。

「彼を見殺しにする気なのか!」と、私はシンドウへ詰め寄った。「そりゃ、ひどいよ。ほこらに取り残されたのは、俺たちのせいなんだ」


 そこへ、僧侶のスガがやってきた。

一部始終いちぶしじゅうを聞いていましたが、ウルを助ける方法がありますよ」とスガがさらりと言う。「結界を一度解けばよいのです。それから、再び作ればよいのです」

「再結界には、時間がかかります」とシンドウが答えた。「呪文を再びとなえるのに時間がかかるのです」

 その間に、魔物が村に入ってしまいそうだ。

 スガは何を考えているのだろう。

 見ると、スガの顔は、にこやかに笑っていた。

「いえ、大丈夫です。あなたが魔法を解除した後で、前もって呪文をとなえた私が『障壁』を作れば問題ないでしょうね」

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