第24話 罠

 赤い館の主である賢者が安楽椅子に座っていた。その姿はとても幼い。それとも、この世界では、幼女の姿をした大人の存在が当たり前なのだろうか。

 私は隣のシンドウにそのことを聞きたかった。だが、シンドウは身をひそめるよう私に指示を出した。

 やがて、ドリィは泣きやんだ。幼い姿の賢者ミカミをにらみつけた。「ひどい。ひどすぎる。悪魔!」

 賢者ミカミは、すずしい顔をしていた。

 どれだけののしられても平気なようだ。

 ドリィがドアの近くへ寄ってくる。

 私は自分の体が透明になっているにもかかわらず、ドアから飛びのいた。

「だったら、ウルと二人だけで生きてやる!」とドリィは恐ろしい剣幕けんまくで言った。

 賢者は座ったまま優しく尋ねた。

「ドリィや、どこへ行こうというのだい?」

 うっかり、ドリィは「あのほこらさ」と口走ってしまった。

 「ほこら」という言葉を聞いた途端、賢者の眉間みけんにしわが寄る。

「ほこら?まさかとは思うが、死の森の中央にある洞窟じゃないだろうね」

「あんたには関係ないことだろ!」

 しばらく、ミカミとドリィは言い争っていた。ケンカをしていたが、ドリィの勢いがなくなっていく。

 長生きしている分、賢者が上手うわてだった。

 ミカミは、ドリィよりも、身長が半分しかなかった。ランドセルを背負わせたら、ランドセルのほうが大きいだろう。彼女の見た目はあまりにも若すぎる。

 魔法で若返っているのだろうか。

 よろよろとした足取りで、ゆっくりと歩くミカミは、まさしく老女だ。なのに、彼女の顔には、シワがなかった。それが気になって、話が頭に入ってこない。

「じゃあ、あたしはどうしたらいいの?」とドリィがうなだれた。

 ミカミがなぐさめるように言った。

「お前はね、若いのだ。まだ可能性がある。自分の将来は、じっくりと考えればよいのさね。死の森できするのは危険さ。あそこには近寄らんほうが身のためじゃぞ。――さて、お前の件は済んだ。ドリィ。あとは廊下にいるネズミ2匹をどうするか」


 私がシンドウから「わなだ、逃げろ!」と言われたとき、すでに、ミカミはドアの取っ手のところまでせまっていた。

 まるで、ビデオの早送りのように、すたすたと、こちらへ走ってくるではないか。

 ミカミの動作が、今までよりも素早かった。

 老女のふりをしていたのだろうか。

 いや、そうではなかった。

 部屋にいるドリィの動きまで、きびきびと速かった。

 魔法を使ったのだ。

 ミカミは、透明であるはずの私を見て、にっこりと笑いかけた。

「……なさい」

「え?」と私は問い返した。

「……小さきものよ、お帰りなさい」

 それがミカミの言葉だった。

 シンドウの手が、力強く私の腕を引っ張った。

「何をぼーっと立っているのだ。時間停止!」とシンドウは、ほこらのときと同じ「時間停止」の魔法を唱えた。

 ミカミだけではなく、同じ部屋にいたドリィまでもが動きを止める。部屋全体の時間が止まったのだ。

 シンドウの声が廊下に響き渡った。

「急いで走れ。間宮君」

「え?……でも、まだ、コトリを見つけ出していないぜ。他の部屋も探そう」と私は迷った。

「だめだ。玄関のところまで全力で走るのだ。僕たちはミカミの罠に落ちたのだよ。さあ、走ろう」

 わけもわからず、玄関まで走らされた。そこに、出口の穴が待っていた。

 走って逃げた私は、穴から転げ落ちるように、透明なはしごを降りた。

「魔法解除」と、地上に降りたシンドウは言った。

 その途端とたん、体にかかった透明魔法の効果が切れて、シンドウが見えるようになった。

 はぁはぁと息を切らしながら、私はシンドウに問いかけた。「なぜ、逃げるんだ?時間を停止したんだから、賢者たちは動けないはずだろ?」

「そうだ。魔法で、二十時間は動けないね。だが、間宮君。あれを見たまえ」

 シンドウが夕日を指さした。

 おかしい。

 さっきまで昼間だったはずだ。なのに、今、すでに、日がぼっしようとしていた。

「賢者の魔法だよ。僕たちはまんまと奴の罠にかかってしまったのだ」とシンドウは告げた。

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