第21話 魔導書

 中身のないよろいが襲い掛かったとき、私はたまらず大声を上げて、シンドウに助けを求めた。

「シンドウ!シンドウ!動く鎧だぞ!」と叫んで、剣をよけた。よけたものの、私の髪と学生服が、すっぱりと切られてしまった。


 やられた!


 そう思う間もなく、敵はさらなる一撃を加えようと、剣を振り上げた。次の攻撃で、私の胴体が切り離されてしまう。

 じりじりと鎧が近寄ってきた。

 互いの距離が近くなればなるほど、より確実に、剣が体に届く。奴は私にとどめを刺す気だった。

 そのとき、か細い声が聞こえた。


 小さきものよ……入りなさい。


「助けてくれ!」と私は、もう一度叫んだ。

 シンドウは別の部屋に入ってしまったので、私のピンチに気づかないらしかった。

 また、頭の中で、声が響く。


 小さきものよ……右のドアへ……入りなさい。


 私の右手に、確かに大きな木のドアがあった。


 そこへ入れと言うのか。


 私は頭の声に導かれるように、急いで、ドアを開けて入った。入ると、鎧の化け物が入ってこないように、すぐさま閉じた。


 私が入った部屋は書斎しょさいだった。

 部屋の本棚には、びっしりと古い本が詰めて置かれていた。

 翻訳メガネをかけると、本のタイトルが分かる。例えば、「魔法使いの友」、「魔導工学の意味論」などなど。

 魔法関連らしき本が、数多くあった。

「ここは……賢者の書斎なのか……」

 緊張のし過ぎで、のどがカラカラだった。水が欲しかった。

 ガチャリ。

 ドアノブの回る音がする。


 奴だ。


 あのよろいが書斎に入ろうとしているのだ。

 とっさに、私がドアノブをつかもうとすると、外から声が聞こえた。

「安心したまえ。間宮君」

 シンドウの声だった。

 ほっとして、私はドアを開ける。

 入ってきたシンドウは、部屋の本棚をながめた。

「ここは本がたくさんあるね。実に興味深い本ばかりだ」

「鎧はどうしたのだ」と私は尋ねた。

「ああ、あの防犯用の鎧なら粉砕ふんさい魔法を使って倒したよ」とシンドウはドアの外を見た。「掃除をするのが大変そうだ」

 こなごなになった金属片が、廊下にかれた絨毯じゅうたんの上で散らばっていた。確かに、掃除するのに手間取りそうだった。

 シンドウは、一冊の本を手に取って、ぱらぱらとページをめくった。「ほう、めずらしいね。これは魔導書まどうしょだよ」

「魔導書?」

「そうか、君の世界では魔法が存在していないことになっていたのだね。これはね、魔法使いが魔法を勉強するために読む本なのだ」

 いわば、教科書なのだよと、シンドウは言った。本棚へ魔導書を戻そうとして、彼女はあることに気が付いた。

「おや?この本棚に、変なすき間があるぞ。見てごらん、間宮君」

 本棚には、本がぎゅうぎゅうに詰められていた。ところが、本が並べてある途中で、手が入るほどのすき間ができているのだ。


 何のすき間だろう。


「不自然だね」と私は言った。

「そうだ。二冊分の不自然な空白だ。4巻目と5巻目だけがないのだ。本の数字が飛ばされているわけだから、ここには、おそらく、魔導書が置かれていたのだろう」

 確かに、シンドウが言うとおり、すき間に置いてある本の巻数が2、3,6と続いて、4と5だけが飛んでいた。

 シンドウはすき間をじっと見つめていた。そして、私へ振り返りこう言った。

「ドリィが言っていたことと符合ふごうするね。間宮君。思い出したまえ。ほこらで言っていたじゃないか。ドリィは魔導書を売ってしまったのだと。魔導書なんて貴重な物は、村で売っているような代物じゃないからね。どうやら、ここの魔導書で間違いない。彼女はこの本棚から抜いて、売ってしまったのだ」


 魔導書は魔法使いの教科書だった。

 それをドリィが売るということは、魔法を学びたがっている人間が村の中にいるのではないか。――そんな推理を、私はシンドウに聞かせた。

「そうだろう。君の言う可能性は成立するよ」とシンドウは認めてくれた。「ただし、問題点がある」

「問題点?何だい」と私は自分の推理がけなされたようで、少しふてくされた。

 シンドウが言うには、問題点として、魔導書を読んだ人間が、誰でも、魔法を使えるというわけではないということだった。

 つまり、魔法使い以外は、読んでも役に立たない本なのだ。


 シンドウは書斎の本の背表紙を手でなぞった。「ほこりが付いている。長い間、読まれていなかった証拠だ。ごく最近、この村へ来た魔法使いといえば僧侶だ。僧侶に売ったのだろうか。それとも別の誰かに――村人は?」

「魔法使いの村人はいなかったような気がする」

「そうだ。いずれにしても憶測おくそくいきを出ない。だから、ドリィ本人に確認してみたほうがよさそうだね」とシンドウは言った。

 私は彼女の意見と同じ考えだった。


 魔導書を誰に売ったのか。

 コトリとヒスイの行方を探すうえで、その人物が重要には思えなかった。でも、私は恐怖を感じていた。

 私たちの知らない魔法使いが、村の中に隠れているのではないか。

 その未知の魔法使いこそがコトリをさらった犯人ではあるまいか。

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