第20話 館の冒険

 赤い館の持ち主は賢者だ。

 はしごを上り続けるシンドウの話によれば、賢者は強力な魔法を使える。男か女かはわからないが、その賢者は、自らの屋敷に透明になる魔法をかけたのだ。

 その結果、赤い館は外から見えなくなった。

 だが、問題が起きた。

「赤い館に侵入者がきたのだろうね。間宮君。ここでは、例えば、強盗だとしよう。強盗は手探てさぐりで、見えない館を探し当てることができるだろうね。

 そうなると不用心だ。強盗に入られないよう、賢者は浮遊ふゆう魔法を使って、赤い館をふわりと浮かせた。

 それでも、入口に、はしごを使わなければならなかった。というのは、空を飛べない来客もいるわけだからね。もしかしたら、赤い館に魔法を使えない使用人が住んでいるのかもしれない。そういった人たち専用のはしごと考えてよいだろう。ここまではいいかい?間宮君」とシンドウが自分の考えを説明する。

 

 すると、偶然に、誰かが透明なはしごにぶつかって、気づくのかもしれない。

 それが強盗だったとしたら……。


 シンドウが私へ問いかけた。

「さて、君が、魔法の使える賢者だったらどうするね?」

「警報を鳴らすとか――」と私ははしごを上りながら思いつくままに言ってみた。

「そうしたら、周囲に秘密の入り口が知られるじゃないか。せっかく透明にしたのに、ここが入り口ですよと知らせるのは、台無しになる」

「では、どうするんだ?他にセキュリティシステムはないのか?」と私は言った。

 彼女ははしごをよじ登りながら、後からついてくる私のほうを見下ろした。「間宮君、君がよく知っている魔法だよ。空蝉うつせみをかけたのだ」


 空蝉?分身魔法の?

 あれは僧侶と戦うときに使った魔法だ。確か、自分の分身を作ることができるんだっけ。

 ……あれを人間ではなく、建物に?


「まさか、俺たちが今まで見ていたあの赤い館は――」

「そうだよ、間宮君。あれは真っ赤なニセモノだったのだ。ニセモノだから、傷なんてできるわけがないね。本物の赤い館は、庭でちゅうに浮かんでいたのだ。透明なままでね。透明だから光は通すが、雨は通さない。ゆえに、地面に草があまり育たなかったのだ。僕はそう考えて、こけの生えない、はげた地面のあそこで手を動かしていたのだよ」

 なるほど。

 館を赤く派手にしたのも、侵入者の注意をそらすためだったのかもしれない。

「君のおかげだよ。君が『透明』というヒントをくれたからだ。でなければ、本物を見つけられなかっただろうね」とシンドウが私をほめた。


 照れるなあ。


「君がいてくれて、本当に助かるよ」


 いやあ、本当に照れるなあ。


「賢者は僕よりランクがはるか上だからね。戦いとなれば、君の力が必要だ。間宮君」


 いやあ……て、いやいや、待て。

 今、なんて言った?


「戦うのか?賢者と?」

 シンドウは驚く私を無視して、こう告げた。「はしごが途切とぎれたぞ。ここが館の真の入口なのだ」


 透明な円筒が、はしごの周囲にぐるりと巻いている。そのせいで、はしごを昇っている姿は、外から見えない。

 館の入口は、下から入る仕組みだった。というのは、はしごを登りきると、玄関ではなく、いきなり、廊下が見えたからだ。

「だれかいませんか」

 シンドウが大声で呼びかけたが、返答はなかった。

「留守らしいぞ。帰ろうぜ」と私は入り口の穴から、下をのぞいた。地面からは2、3メートルは離れている。

 ここは空中に浮かぶ館なのだ。逃げ道は少なかった。

「いや、そうはいかないよ。コトリを見つけるのが先決せんけつだ」

 シンドウは廊下の奥へとあゆみだした。


 仕方がない。

 彼女に従おう。


 引き返すべきだと思った私は、とうとう、あきらめてしまった。

 廊下には、西洋風のよろいと剣が飾ってあった。

 賢者の趣味だろうか。鎧の中は空洞くうどうで、もちろん、誰も入ってなかった。絶対に入っていなかった。

 私が一歩、足を進める。

 後ろで、ガチャッと金属のぶつかるにぶい音がした。

 もう一度、歩く。

 そのたびに、謎のガチャッという音が、廊下にひびき渡る。

 私の背後はいごには、からの鎧があるだけだ。

 恐ろしさを感じながら、私は振り返った。

 鎧が、今まさに、剣を振り下ろさんとばかりに、小手こてを上げる姿が目に入った。

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