第19話 侵入方法

 赤い館への入り方が分からなかった私たちは、いったん、宿の部屋に戻ることにした。

 スガと別れた私とシンドウは、入れなかった赤い館について、その攻略方法を話し合った。

 私はパスワードを言えば、玄関のドアが開くのではないかと言ってみた。「俺の世界のセキュリティでは、合言葉を知っている人間だけを通すんだ」

「それは魔法かい?僕はそんな魔法を一度も聞いたことがないんだが。間宮君」とシンドウがイスに深々と座って、問いかけてきた。

「いや、魔法じゃないよ。俺の世界に魔法なんて存在するもんか。科学技術なんだよ。俺の世界では科学が発展しているんだ」

「ふむ、それは興味深いね。カガク、か。しかし、そんな都合の良いものはこちらの世界では存在しないのだよ。間宮君」とシンドウは言った。

「そうか、そんな技術は存在しないのか」

 顔で識別するような魔法もないのだとシンドウは答えた。「……とにかく、魔導工学まどうこうがく上、誰かを特定する魔法はありえないよ。僕たちは、見落としている点があるのだ。ひょっとしたら、よく知っている魔法が使われているのかもしれない」


 だったら、結界魔法はどうだろうか。

 あの魔法は、見えない壁を作り出して、人や魔物を寄せ付けない。それを玄関や壁に発生させたのだ。


「――結界魔法は?」と私は口に出してみた。

「あれは人が出入りができない。魔法を唱えた当人ですらね。いちいち魔法解除するのは大ごとだ」

「そうか、ドアに透明な壁があると思ったんだが、残念だ」と私は肩を落とした。

 シンドウがコーヒーカップで紅茶を飲んでいた。この世界にもお茶はあるらしい。

「けれども、君は良い線をついていると思うよ。間宮君。あの館に魔法をかけているのは間違いなさそうだ。問題はそれが何かということなのだが……」とシンドウは言いかけて、顔を急に上げた。コーヒーカップをテーブルに無造作むぞうさに置いた。

「どうしたんだ?」

「間宮君、君はすばらしいヒントをくれた。ありがとう。どうして、僕は気づかなかったのだろう?完全に見落としてたのだ。僕は愚か者だ。そうだ。そう考えればよかったのだ」

「ヒントなんて出してないぜ」と私は戸惑った。

「いや、出したのだよ。透明。ああ、きっとそうに違いない。これで、侵入方法が分かった」

 私はシンドウの真意がわからなかった。彼女は何が分かったというのだろう。「――おいおい、俺にも理解できるように説明してくれよ。シンドウ」

「百聞は一見にしかずさ。今から確かめに行こう。間宮君」

 そのようなわけで、私とシンドウは再び、赤い館へ挑戦することになった。


 昼になって、赤い館へやってきた私とシンドウは、玄関のドアの前に立っていた。

 シンドウがドアの肌をじかに触って確かめる。「確かにそうだ。僕が思ったとおりだよ。ドアを見たまえ。間宮君。傷がついていない」

 木のドアには、傷らしきものは見当たらなかった。木のみきから切り取った新品のままだ。

「確かにきれいだな」と私が感心する。

「きれいすぎるのだよ、間宮君」

 そう言うと、彼女は左右をきょろきょろと見回した。「もしあるとすれば、庭だな」

 彼女は館の庭へと歩き始めた。さっき、嫌になるほど探したはずの庭だ。

 庭では、雑草がしげっているが、半分近くは、コケだらけの地面がむき出しになっている。その場所で、彼女は両手を上げて、空を見上げる。


 何をしているんだろう?


 宇宙人との交信でもあるまいし、何もない空を見ていても館の入口が見つかるはずがない。

 私は不安になってきた。「おい、シンドウ。何をやっているんだ」

 熱中しているシンドウの耳に、私の声は聞こえていない。

 彼女は、まるで、イソギンチャクがエサをとるかのように、伸ばした手をらし続けた。それを五分ほど続けていると、こつんという音ともに、彼女の手が止まった。

「あったぞ!間宮君、来い」とシンドウは私を呼んだ。「ここが館の入口なのだよ。僕の推察が当たっていた」


 私には、何が起きたのか、さっぱり見当がつかなかった。

 いったい、何を館の入口と呼んでいるのだろうか。シンドウの手の先には、何もないはずだ。

「何もないぞ。シンドウ」と私が言うと、シンドウが手を広げた。

「ここにあるのだよ。透明なはしごがね。透明魔法と、浮遊ふゆう魔法と分身魔法の三つを、同時に、建物に使うとは思ってもみなかった」

「なんだって?」

 私は聞き返した。

 シンドウはもう一度、同じ説明を繰り返して、見えないはしごをよじ登っていった。

 私はあわててその後を追っていった。

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