第17話 武器屋の店主

 私とシンドウはコトリの情報を得るために武器屋へと向かった。

 村長の家から出て、田畑を横にあぜ道を通って、下り坂をまっすぐ進むと、小さな水車小屋と小川が見えた。その向かい側に、粗末そまつな丸太小屋がぽつんと建っている。

 丸太のすき間から草がほうぼうと飛び出て、それが小屋を見すぼらしくさせていた。

 人が住んでいるようには思えないが、「武器屋」とマール語で書かれた看板が出ていた。


 小屋のドアで、僧侶のスガが店の主人とけんかをしている。

「違いますって。今日は、宗教の勧誘じゃないんですよ。コトリさんの事件で来たんです」

「うちは、勧誘お断りだ!てめえ、マッスル教の信者じゃねえか!出てけ!」

穏便おんびんに話し合いましょうよ」

「さっさと出てけ!」

 ドアから転がるようにして、スガが遠くへ逃げる。すると、彼を追うようにして、ぼろきれの服を着た中年のおじさんが飛び出してきた。ひげづらに、頭にバンダナを巻いていた。この人が武器屋の店主らしい。

「国教だかなんだか知らんが、うちは先祖代々、どの宗派にも属さない無宗教なんだ。失せやがらねえと、痛い目にあわすぞ!」

 そう言って、店主はすそから大きな剣を取り出した。これなら魔物でも真っ二つにできそうだと思うくらい、刃渡りが大きかった。

 スガは遠くへ逃げてしまい、もう姿が見えなくなっていた。


 この騒ぎを見ていたシンドウがすかさず止めに入った。「いけませんね、けんかに刃物は禁物きんもつですよ」

「おまえもマッスル教か?」と店主が剣をシンドウにかざす。

 シンドウはかぶりを振った。「僕は宗教とは無縁むえんです。今日は武器を買いに来たのです」

 客だと名乗るシンドウに、武器屋の店主は急に態度を変えた。愛想あいそよくお辞儀じぎをする。「これはとんだ失礼をしちまって。……でも、今日は在庫がないんですよ。昨日の騒ぎのせいで」

 店主が何もない小屋の中を示した。

 それを見たシンドウが訊いた。

「昨日の騒ぎは大変でしたか?」

「いやいや、おかげさまで、うちの武器が大いに売れちまったんで。みんなが魔物と戦うために、剣をたんまり買ってくれたんでさあ」

 店主が上機嫌で話し始める。この村はもともと平和な村で、商売もさっぱりだった。それが、今度の襲来で、武器が売れて大儲もうけしたらしい。当分は生活に困らないという。「いやはや、不幸中の幸いってやつだ」


 その幸せは店主だけだろう。

 村人たちは困っているのだから。


 俺は腕組みをした。

 シンドウは、一呼吸おいて、次のような質問をした。「――ところで、今日、村長の娘さんをお見かけになりましたか?」

「コトリさんかい?今日はどうだかなあ。昨日なら、店の前を二人で逃げて走っていたんだが……」

「二人?それはどなたです?」

「そりゃ、お客さん。コトリさんとドリィでさ」

「コトリさんと一緒にいたのは母親ではなかったのですか?」

「アリアさんじゃなかったな。……あれはドリィだった。昔ドリィはこの辺じゃ有名な悪ガキだったから、よくおぼえてんだよ」


 これはどういうことだろう?


 兄の恋人であるドリィがコトリと一緒にいた。昨晩、コトリは母親と別れたあとで、ドリィと出会ったのだろうか。

 なおも、シンドウは質問を続けた。「それはいつのことでしたか?そのとき、虹が出ていましたか?」

「虹は知らねえけど……」と頭をぽりぽりとかきながら、武器屋は思い出したかのように言う。「――そうそう、あの晩に魔物が現れたとき、わしは村の外へ逃げようとしたんだ。ところが、見えない不思議な壁のせいで、村から出られなくなっちまったんだよ。

 ありゃあ、魔法だね。仕方ないから、わしは店に戻って、夜が明けるのを待っておった。そん時だよ。北の方向へ逃げるあいつらを見かけたのは」

 シンドウが武器屋をまっすぐと見つめた。

「本当ですか?魔法の壁ができていた後のことなのですね?」

「本当だとも。後で間違いない」

 武器屋は自分の記憶に自信があるようだった。

 シンドウは何度もお礼を言った。


 武器屋を出たシンドウは、私に語りかけた。「間宮君、すばらしいぞ。僕たちは真実に至る道を見つけたのだ。ようやくね」

 私からすれば、何が真実で、何が嘘なのかわからなくなったきた。ドリィがコトリの失踪事件にどう関係してくるのか。そもそも、コトリが誘拐されたのかどうかすらわかっていないのだ。


 さっぱり事件の真実など分からない。


 ヒスイの事件との関連を、シンドウはどう考えているのだろうか。

「なあ、シンドウ。俺の頭は今、ぐちゃぐちゃなんだ。初めに、ヒスイという女が消えた。その次に、村長の娘コトリが消えた。で、コトリはドリィと一緒に逃げたと武器屋が言っている。この情報だけだと、わけがわからないんだよ」

 そう言っているうちに、私は頭をかかえた。

 情報が多すぎる。だから、混乱したのだ。

 しかし、シンドウは逆のことを言いだした。「今の段階では、情報が少なすぎるから、事件を整理できないでいるのだよ。間宮君、想像力を働かせて、論理を組み立てていくのだ。そうすれば、必ず、僕たちは事件の真実を知ることができるだろう」


 シンドウには悪いが、私たちは事件の真実から遠ざかっているのではないか。そんな感じがした。

 私たち二人が話していると、逃げていたスガが寄ってきた。「――やれやれ、あの武器屋の親父にも困ったものですね。

 それよりも、シンドウさん、コトリさんの足取りが分かりましたよ。この先にある道具屋で働いている人間が目撃したそうです」

 スガの話では、道具屋がコトリの逃げる姿を見たという。もちろん、ドリィも一緒だった。二人は北の方角を目指していた。道具屋から北にある建物は、たった一軒しかなかった。

「その建物とは、なんと、あの赤い館なのですよ。シンドウさんもご存じでしょう?そうです――あの賢者が住んでいる洋館のことなのです」とスガは言った。「さらに奇妙なことにですね、……嫌がるドリィさんを、コトリさんが引っ張っていたそうです」

 謎は深まるばかりだった。

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