第14話 ドーム

 外に出ると、大きな虹がかかっていた。

 ラキア村をおおうほどの大きな虹だったので、私の世界とは異なるサイズに私は戸惑とまどいを覚えた。

 私とシンドウは、消えた村長の娘を心配して村長の家へ急いだ。その急ぐ道中で、あまりにも大きすぎる虹が気になり始めたから、私はシンドウにいてみた。「あれはなんだろう?」

「あの虹はね、結界魔法『障壁』が引き起こしている現象なのだよ。この魔法は、村全体を透明な壁で囲んでいるのだ。天井すらね。したがって、透明な壁が光の屈折くっせつと反射を起こさせ、虹を作っているのだ」


 光の屈折。理科で習ったことがある。

 ならば、この異世界は私たちと同様の科学法則で動いているということだ。


 「障壁」魔法で作られた壁がドーム状に村を包んでいるのだと、シンドウは付け加えた。

 だとすると、見えない壁は、私が思っている以上に大きそうだった。

 私たちは村に閉じ込められているのだ。

 自然と、私の胸がめつけられて、息苦しさを感じた。


 シンドウは、魔物を壁の外へ追い払ったと言ったが、まだ、村の中に残っているかもしれなかった。

 そんなことがありうるのかとシンドウに問うと、「その可能性はある」と彼女は認めた。「間宮君、『障壁』魔法とは、魔物や人を通させないようにするだけなのだ。現に、村人たちが残っている魔物を探しているだろう?」

 確かに、遠くで、村の若者たちが壊れたガレキを取り除きながら、おーい、ここには魔物はいないぞと叫んでいる。

 私はそれを見て、邪悪な魔物がどこかにひそんでいるのではないかと不安を感じ始めていた。

 

 まさか、村長の娘、コトリが魔物に食べられたのではあるまいか。


「なあ、シンドウ。――コトリは魔物にやられたんだろうか?」

「それは奥さんに状況を聞いてみないとわからないね。確実に言えるのは、コトリから、ヒスイの事件の証言を詳しく聞けなくなってしまったということだ」

「生きていればいいんだが」と私はひとごとのようにぽつりと言った。

「僕も同意見だよ。間宮君」

 魔物が襲っていた時、なぜ、コトリのそばにいてやらなかったのと自分で自分に問うてみた。彼女を守ってやるべきだったのに。やんだ。

 俺、彼女を守ってやるべきだったのに。

 たぶん、こんなことをシンドウに言えば笑われるだろう。――では、弱い君を守るのは誰かな?

 そう言われるだけだ。言い返せないのが余計よけいくやしくてならない。


 私は弱い。

 だから、武器が欲しかった。

 魔法使いと魔物を倒せるだけの、自分の武器が。


 村長の家には、僧侶と奥さんと、それから自警団の人間が5人ほどいた。

 家の壁には魔物が体当たりしたらしく、ヒビが入っていた。誰もそのことに気を止めようともしなかった。

 奥さんのアリアが「私が村の外を探します!」と叫んでいた。

「奥様、お待ちください」と僧侶のスガが引きとめた。「必ず、私たちが娘さんを無事に連れ返しますから、ここで待っていてください。外は魔物がいて危険です」

「いいえ!行きます」

 髪を乱しながら、目に涙を浮かべたアリアは、彼の手を振りほどいて、玄関へと向かっていた。

 そこへ、私たち二人がやってきて、玄関から入ったのだ。

「あ、シンドウさん。よいところへ来ました。奥様を止めてやってください。さっきから、かような状態でして……」とスガが懇願こんがんした。


「どこへ行かれるのですか?」とシンドウは玄関の扉に手をかけたまま、アリアにゆっくりと話しかけた。「僕たちは、娘さんの行方を知りたくて、アリアさんのところへ来たのです。ご存じなのですか?」

「いいえ、娘の居場所は知りません。知らないから、村の外へ探しに行くと言っているのです!どいてください」とアリアはにらんだ。


 かなり彼女は錯乱さくらんしていた。

 おそらく、冷静な判断ができないのだろう。娘が行方不明になったのだから、親として心配するのは当然だった。

 だからといって、わざわざ村の外に出て危険に身をさらすのは良い考えではなかった。

「外は危険なのですよ。アリアさん」とシンドウは言った。

「知っています。シンドウさん」

「では、これはご存知でしょうか。アリアさん。あなたは僕が使った『障壁』魔法によって、村の外へ出ることができないという事実を」

 シンドウの言葉を理解したアリアはその場へ、へなへなとへたりこんだ。全身の力が抜けてしまったようだ。

 村の若者たちがアリアへ駆け寄ってきた。口々に、「あとは自警団にお任せください」やら「私たちが探し出します」やら、威勢いせいの良い言葉を出した。

 そして、彼女らはアリアを玄関から奥の居間へと連れて行った。


 スガがシンドウにそっと告げる。「コトリの捜索を、彼ら自警団に任せるのは、さすがにどうでしょうか?心もとないのですよ……」

 自警団と呼ばれた若者たちは、女も男も全員、大きな剣を持っていた。切れ味がするどそうな青龍刀に形が似ていた。

 だが、よろいもなければ、かぶともおなべかぶっているだけで、僧侶の言うとおり、心細い装備だった。

 もちろん、彼女たちは魔法を使えなかった。


 居間に着いたら、アリアは自警団の人間を部屋の外に出させ、代わりにシンドウと私、それにスガだけに中へ入らせた。

「どうぞ、こちらへ。お入りください。先ほどは失礼しました。魔法使いの皆さんに頼みたいことがあります」と落ち着きを取り戻したアリアが言った。「私は娘の捜索をあなたがたに頼むつもりでいます」

「それならば、奥様のご期待にそえるよう、努力しましょう」とシンドウが言うと、スガも同調する。

「私も協力させてもらいますよ。必ずや探し出してみせましょう。筋肉神様にちかって」

「俺も――」と私は言いかけて、ふと立ち止まった。

 心の中で、誰かが私に呼びかける。


 お前は無力だ……小さきものよ。

 できない約束をするな……。


「俺もコトリさんを探します。そして、見つけ出します。絶対に」

 悪夢を振り払うかのように、私は力をふりしぼって、そう言い放った。

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