第三章 館と第二の事件と推理

第13話 消えた娘

 夜ふけが過ぎて、朝を迎えた村は、元の生活を取り戻しつつあった。

 昨夜、魔物に襲われたのが嘘のような朝だった。

 魔物の体当たりによって、ぼろぼろにされた村の建物は、シンドウたちの復元魔法で元の姿に戻っていた。


 宿の部屋で朝食を取っていた私とシンドウは、僧侶について話し合っていた。

「まだ足は痛むのか?」とシンドウがいた。

「いや、大丈夫だ。でも、あんな戦いは初めてだったよ」と私は答えた。

 シンドウは卵焼きを切り取って、優雅ゆうがに口に運ぶ。

「ふむ、君にとっては、初めての魔法使いとの対戦というわけだ。あの僧侶は悪人というわけではないのだよ。自分の無罪を証明する方法はないから、ああいうことをしたのだ。魔法を使える人間の宿命みたいなものさ」

 シンドウの言葉には、どこか皮肉が込められているように感じた。

 私は、裁判はないのかとシンドウに尋ねた。

 すると、一般人にはあるものの、魔法使いに裁判はないと彼女は言う。かわりに、他の魔法使いが罰を与えにやってくる。そのやってきた魔法使いと魔法で戦う。

 そんな不公平な仕組みになっているとは知らなかった私は、裁判を開くべきだと提案した。「魔法使いにも、罪を問う司法の場が必要じゃないか?」

「魔法使いをろうに閉じ込めるなんて、無理だ。魔法で容易よういに逃げられるからね。だから、魔法使いに裁判はない。えん罪であれ有罪であれ、魔法の戦いで決着をつけるのだよ」とシンドウはコーヒーカップにお湯を注ぎながら答えた。「間宮君、正義にも力の限界があるのだ」


 たぶん、それは仕方のないことなのだろう。


 それでも、若い私は納得ができずにいた。できなかったので、シンドウを困らせるような質問をびせていた。

 魔法使いが事件を起こしても、警察に任せればいいのではないか。

 しかし、シンドウの説明によれば、事件を捜査する組織は、「自警団じけいだん」と王国の「軍隊」の二つだけであった。自警団は、町や村が有志をつのって結成するので、力が弱い。他方で、王国の軍隊は、魔法を封じる専門家がいて強力であるが、王の命令が必要なので、そうかんたんには動いてくれない。

「つまりだ、強い魔法使いに頼んだほうが安上がりで確実なのだよ」とシンドウはコーヒーカップをくちびるに寄せて言った。

 それで、村長はシンドウに事件の解決を依頼したのだ。


 仮に魔法使いが犯人ということになれば、抵抗してくるに違いない。そうなると、彼女の出番だ。時間操作すらできるのだから、彼女にかかれば、どんな魔法使いもかなうまい。


 しかし、そんなに、うまくいくのだろうか……。


 ヒスイを誘拐した犯人は、どこのだれかすらも、まだ知らないのだ。先手を取れる時点で、明らかに、犯人のほうが戦いに有利だった。


 私たちが朝食を終えたころだった。

 目を閉じたシンドウが唇に手を当てた。「静かに。間宮君。ローブのきぬずれが廊下から聞こえる。外に僧侶がいるようだね」

 部屋の外には、木の板を張った廊下がある。ギッギッと誰かが木の板を踏む音が聞こえた。

 私は昨日の戦いを思い出して、思わず身がまえた。

「大丈夫だ、間宮君。戦闘にはならないよ。すでに決着はついたのだ。もう彼は負けを認めている」とシンドウは私に言った。

 ドアをノックする音に続いて、僧侶のスガが大声を出した。「シンドウさん!開けてください!一大事なんですよ」

「どうぞ、スガさん。ドアのカギはかかっていませんよ」とシンドウは彼を宿の部屋へ招いた。

 あわてて、スガが転がり込んでくるように入ってきた。「何をやっているんですか!こんなところで休んでいる場合ではありませんよ!」

「まずは落ち着いてください。どうしたのですか?」

「シンドウさん、またもや、誘拐事件が起きたのです!今度は、村長の娘さんがさらわれました」


 コトリが?


 思わず、私は身を乗り出した。「コトリとは昨日、会ったばかりなのに!」

 スガは息も絶え絶えに、事件を説明した。

「昨日の夜、魔物が襲ってきた時です。あの晩、村長の奥様はコトリさんを連れて、魔物から逃げ出しました。ところが、その最中に、奥様はコトリさんとはぐれてしまったのです。朝になっても、村長の家には帰ってきませんでした。

 自警団の皆さんが村中探したのですが、どこにもいないのです。困った奥様は私を頼ってこられたのです。ああ、どうか筋肉神きんにくしんさまのご加護かごがありますように」


 つまり、昨晩のうちに、コトリは消えてしまったことになる。

「なるほど、事情は分かりました」とシンドウは座ったまま言った。「ところで、コトリさんの行方が分からなくなったのは、正確にはいつでしょうか?結界を張られる前ですか?それとも、張られた後のことですか?」

「さあ、そこまでは聞いていません。私は奥様から相談を受けただけでして。……しかし、そんなことが重要なのですか?」と僧侶は首をひねった。

 シンドウは重要だと答えた。そして、しばらくしたら村長の家へ向かうという伝言をスガに頼んだ。

 僧侶が出て行って、シンドウはコーヒーカップをテーブルに置いた。さっと立ち上がると、「間宮君、第二の事件だぞ。寝ぼけた頭をフル回転させなきゃならないね。さあ行こう」と私へ言った。

 この時、第二の失踪しっそう事件が、のちに起こる騒動の前触れになるとは予想すらできなかった。

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