第12話 勝負あり

 魔法の鎖がじゃらじゃらと音を立てて、地面へ崩れていく。その上を、シンドウの白いカーディアンがひらひらと舞い落ちた。

 もはや、シンドウはその場にいなかった。

 一歩も動けずにいたスガの背後から、黒い影がそっと近寄ってきた。その影が彼の肩をぽんとたたいて言った。「宗教家が乱暴なことをしてはいけませんよ」

 消えたはずのシンドウだった。

「ひい!」と僧侶のスガがあわてて飛びのいた。「ウソだ!瞬間移動と空間転送はありえないはず。呪文を唱えていなかった――」

「そのとおり。僕は移動魔法を使っていません。使ったのは、分身ぶんしん魔法『空蝉うつせみ』です。さっきから、あなたが話していたのは、私が着ていた服なのです」

「となると、さっきのは魔法が作り出したニセモノ?」

「そのとおり」

 私はスガとシンドウの会話を聞いても、話が理解できなかった。

 空蝉とは、現実に生きている人間のことを意味する。だが、当て字から、セミの抜けがらのこともさすようになった。分身という言葉からさっするに、後者の意味で使っているようだ。

 とはいえ、分身とシンドウが魔法の鎖を抜け出せたことと、どんな関係があるのか。

 理解できない私へ、シンドウが詳しく説明をしてくれた。「間宮君、僕はね、村に結界を張った後で、君を探して空を飛んでいたのだ。すると、遠くで僧侶と君の姿が見えた。しかし、君はおびえていた。僧侶が友好的ではないらしい。だから、僕は『空蝉』をカーディアンに使って、僕そっくりの分身を作った。それを僕の代わりに空へ飛ばしたのだ。このようにね」

 シンドウが「空蝉」の呪文を唱えると、落ちていたカーディアンが、シンドウそっくりの姿へ変わっていった。細部に至るまで、彼女に似ている分身ができていた。その分身がにっこり笑うと、空を自由に飛び回った。

「あとは簡単さ。飛ばした分身だけを君たちのところに着地させた一方で、本物の僕は地面を歩いて、背後に近寄ったのだ。分身は自由に操ることができるが、痛みは感じないのだよ。……ところで、そろそろ、私の友人のチェーンを解いていただけますか?スガさん」

 私の足に絡まっていた鎖が解かれる。

 痛みもなくなった。なくなったが、スガへの怒りは消えなかった。「スガ!お前、なんで、こんなひどいことをするんだ!」

「ひどい?」と僧侶が歯をむき出す。「あなたがたが、最初に私を犯人扱いしておいてですか!どちらがひどいのでしょう?これは正当防衛なのです」


 開き直りかよ!


 私は傷んだ足を引きずって、スガへ文句を言おうとした。

「まあまあ」とシンドウが二人のケンカを止めに入る。「間宮君もそんなに怒ることはないよ。これは魔法使いの勝負なのだ。決着がついた以上、彼を非難する必要はない。それに、スガさんがこの村へ来た理由も別にあるとわかっただけで大収穫だいしゅうかくだ。確か、ご先祖の名誉を回復される仕事をされているのですよね?」

 顔をしかめたスガは、苦笑にがわらいをした。「はい、そうです。しかし、ここだけの話にしておいてください。秘密の仕事なので、内容をお話しすることができません」

 まだ、隠し通すつもりらしかった。

 よほど重要な仕事をこなしている最中さいちゅうのようだった。けれども、どんな重要な仕事だからと言って、先祖の名誉のために人を傷つける正当性はなかった。

「俺は痛みから怒っているんじゃないんだ。人を苦しめてまで続けなければならないような仕事を、平気でやっていることに怒っているんだ」と私は感情に任せて、自分でも意味不明な理屈を並べて説教した。

 スガは素直に謝った。

 それでも、怒りの収まらなかった私は、さらに謝罪を要求した。

 もう一度、彼は謝った。

 あとから考えると、この私の行いこそが間違いだったのに。

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