第10話 最強の魔法使い

 しばらくして、少女の両親が少女を見つけてかけ寄ってきた。

「だいじょうぶかい?」と父親がたずねる。少女は「うん、平気」と思いっきりの笑顔で答えた。そして、私と僧侶のほうを指さして言った。「あの変態のお兄さんたちが助けてくれたの!」

 少女と父親があわてて立ち去った後で、僧侶のスガが私に声をかけた。「はぐれた親が見つかって、あの子、よかったですね。お父様もよろこばれていました」


 うん、汚物おぶつを見るような目で、私たちを見ていたね。

 あの子のパパ。


 そのことに気づかなかったスガは手を合わせ、天に祈るような格好をして、目を輝かせた。

「これもやはり、筋肉神きんにくしん様のおみちびきによるものなのでしょう」

 「筋肉神」という聞きなれない言葉が出てきたが、私は無視することにした。私の頭が理解をこばんだからだ。

「さっきから、あなたは沈黙していますが、あなた、マッスル教にご興味はありませんか?間宮さん」

 私はずっと黙ったままでいた。

 スガはマッスル教のすばらしさをいた。「筋肉マッスルこそが力なのです。偉大なるマッスル。ああ、すばらしい教えだとは思いませんか?ぜひ、この機会に入信なさい」


 さて、シンドウはどこにいるのだろう?

 どこだろうか。できれば早く私を見つけてほしい。


 願わくば、先に倒すべき相手が魔物ではなくて、この目の前にいる筋肉バカだということに気が付いてほしかった。

「申し訳ないけど、興味がないので……」と私は断った。

「そうですか。では、しかたありませんね。もし、入る気になれば、宿屋の二階にある私の部屋をお訪ねください」

 残念そうにスガは言う。

 このとき、宿屋の二階には近づかないようにしようと私は固く決心した。


「ところで、サキさんは今、どこにおられるのです?」とスガがいてきた。

 そういえば、さっきの騒ぎで、シンドウから、かなり離れてしまった。きょろきょろと見回したが、そもそも、ここがどこなのかも不明だ。

 魔物に襲われたラキア村は、ところどころで火事が起きて、煙がのぼっていた。しかし、人々の悲鳴が聞こえなくなった。


 ということは、魔物がいなくなったのだろうか。


「さあ、シンドウが今どこにいるのか……。あいつは、一人で魔物たちをすべて倒すと言っていたので、村のどこかで、魔物を倒しているのかも――」

「なるほど、さすがは『世界最強クラスの魔法使い』とうたわれるだけのことはありますね」

「世界最強?」と私は思わず聞き返さずにはいられなかった。

「――知らなかったのですか?助手をなされているのに?」とスガは驚いて、私の顔を見つめた。「魔法使いが起こした事件を、よりランクの低い魔法使いが解決できると思いますか?あの方は、数々の難事件を解決して、多くの魔法使いを犯人として捕まえてきました。中には、マール王国やマッスル教団で、一番強力な魔法使いと信じられていた人も含まれていたのです。私のような低級ていレベルな魔法使いなどは、あの方に手も足も出ないでしょう」


 私は、シンドウのあどけない顔を思い出していた。

 信じられるわけがなかった。

 たった17歳の少女が、世界で最も強く、誰にも負けたことがない魔法使いだなんて、ありえるのだろうか。

 告白するが、私はこの世界の魔法を、なんでもできる万能の能力と考えていた。実際に、彼女はいろいろな魔法を私の前でやってみせた。魔法使いと言えば、シンドウしか知らなかったわけだから、それが当たり前だと思っていた。

 しかしながら、スガによれば、ほとんどの場合、使える魔法は指で数えるほどなのだという。

「そうですね。例えば」とスガは考えながら、私に魔法を説明した。「私なんぞは、結界魔法『ウォール』と回復魔法『リフレッシュ』、それに翻訳と縮小魔法と『空間転送』の5つしか、となえることができません。それ以外の魔法は勉強中なのですが、おそらく、一生かかっても習得できないでしょう。生まれついた才能の差なのです。私はランクの低い魔法使いということになります。一方で、シンドウ=サキさんはあの若さで、ありとあらゆる呪文を使いこなすことができるのです。まさに天才と呼ぶにふさわしいでしょう」


 天才。


 私が通っていた学校でも、そう感じさせる人間はいた。

 例えば、ピアノが上手に引けるやつ。カラオケのうまいやつ。ダンスのテクニックが他のやつとは一線をかくしているやつ。

 もちろん、私が天才だと感じているだけで、周りの評価はどうかはわからなかった。

 スガは宿屋の方向へ歩き始めた。「ひょっとしたら、宿屋に帰っているかもしれませんね。一度、私たちも宿に行ってみましょう」

「そうだな」と私は同意した。


 村の宿へ行った私たちは、魔物たちにより被害を受けた宿を発見した。レンガの建物に、虫がったような穴が開いてしまっていた。魔物がぶつかった跡だった。

 人はだれ一人いなかった。宿屋の主人もどこかへ逃げたらしい。

「シンドウさんはどこへ行ったのでしょうか?」とスガが疑問を口にしていると、空から舞い降りてくる少女がいた。

 シンドウだった。

「探したよ。間宮君」と彼女は、ぱっと地面に着地した。「あまりにも、魔物の数が多くてね。仕方がないので、結界魔法『障壁しょうへき』を使ったのだ。村全体をおおえるような巨大な魔法陣を作って、魔物たちを村に入らせないようにした。村の中の魔物はすべて始末したよ」

「障壁ですって!」

 僧侶のスガが驚きのあまり、口に手を当てた。「バカな!ウォールの最上位魔法ではないですか。あれは、賢者クラスの魔法使いが長時間をかけて、ようやく発現はつげんするのですよ。まさか、そんなこともできるなんて!」

 シンドウはスガを見て、「こちらの方は?」と私にいてきた。

 私はスガを命の恩人で、僧侶だと紹介した。「こちらの方は、俺のピンチを助けてくれてね。シンドウ、お前に会いたがっていたんだ」


 紹介を受けたスガは、両手を合わせて、合掌がっしょうした。「お初にお目にかかります。僧侶のスガ=トズラです。布教のため、この村に滞在しています」

 周囲の空気が変わった。

 シンドウが相好そうごうを崩さず自己紹介をする。

「初めまして。シンドウ=サキです」

「お噂はかねがね聞いていますよ。賢者にも引けをとらない魔法使いだとか。……だけども、最強の結界である『障壁』まで使えるとは驚きでしたね」とスガは腕組みをした。「いやはや、絶対に、あなたと戦いたくありませんね」

 シンドウがにこにこと笑う。「僕もですよ。殺すのは魔物だけにして、同類の魔法使いは殺したくない」


 どういうことだろう?


 今の会話は、あきらかになごやかな雰囲気とは異なるものだった。

 二人とも互いを敵と認め合って、手探てさぐりを入れているような気がした。

 今になって、私は二人を引き合わせたことを後悔した。

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