第8話 村の外へ
私は、宿のベッドの中で、ひたすら、自分の体を見ていた。
私は見覚えのない黒いまだら模様が、全身に広がっているのを見た。それは決して、気分のよいものではなかった。
私がこの世界へ来る前には、こんなものはなかった。気絶している間に付けられたものだろうか。
誰が?何のために?
病気なのか。いや、違う。
なぜなら、
「おい、シンドウ、起きているか」と、たまらず、私は、旅行バッグの中で寝ているはずのシンドウを呼びかけた。「おい、おい!」
返事はない。
どうすべきか。
ひょっとしたら、外の音がバッグの中まで聞こえていないのかもしれなかった。だとしたら、バッグのふたを開けて、シンドウを起こすしかあるまい。
しかし、開けるのは、彼女から禁じられている。今なら、玉手箱を開けた浦島太郎の気持ちが痛いほど理解できる。
バッグの
残念だ。
がっかりと肩を落とした。
「何を残念がっているんだい?間宮君」とバッグの中から、明らかにシンドウらしき声が聞こえてきた。
「シンドウ?聞こえていたのか?」と私は驚くように見つめる。「だったら、話は早い。すぐに出てきて、俺の体を見てくれ」
バッグのふたがゆっくりと
その煙が消えたと同時に、パジャマを着たシンドウの姿が現れた。パジャマの色が、緑と赤のしま模様で妙に
「古代?」
「マール王国ができる、はるか以前のことだよ。
それはこっちが聞きたいくらいだった。
しばらく、シンドウはじろじろと私の体を
仕方がないので、私は彼女に賛成した。「そうだね。消そうと思っても消せないし」
学生服を着た私は、シンドウに謝った。「寝ているところをすまなかった」
「いや、寝てはないんだよ」と彼女が窓の外を見る。「今まで、村の外から、おかしな気配を感じたんだ。異常が起きているのだ」
私には何も感じられなかった。
虫の
だが、村の外へ出ることをすでに決心したシンドウは、パチンと指を鳴らして、
宿屋の主人に村の外へ出ることを伝えた私たちは、宿屋をあとにした。
本当に、村の外で、異常が起きているのだろうか。
私は疑っていた。
正直なところ、魔法使いのカンというものを信じてはいなかったのだ。
「もし、パトロールしても、何もなかったらどうするんだ?シンドウ」と気になった私は尋ねた。
「何も異常がなければ、宿屋に戻る。だがね、大気中のエーテルが明らかに乱れているのだ。僕が思うに、この雰囲気はただ事じゃ……おや、あれは誰だろう?」
シンドウの目が道の先に向かう。見ると、
顔が見えなかったが、あの立派な体格は、村長の息子、ウルに似ていた。
「あれはウルだよ。ちょうどいい」とシンドウは、ひそひそと声をひそめた。「僕たちと同じく、村の外へ出るようだ。何をやっているのだろうね?知られないように、後をつけてみよう」
ウルらしき人影は、何度も後ろを振り返ったが、どうやら、こっちには気が付いていないようだった。私たちは、彼を尾行することにした。
私とシンドウは、夜の闇にまぎれて、なるべく、ウルと一定の距離を保ちながら、彼を尾行していた。
私が驚いたのは、夜であるにかかわらず、シンドウが彼を見失なかったことだ。彼女の
というような事情があって、私はシンドウの
「間宮君、見たまえ。ここが死の森だ」
村の外には、木々の生い茂った森が広がっており、「死の森」と呼ばれていた。それが村を
シンドウがなぜ死の森と呼ばれるかを説明してくれた。「この森はね、人間はおろか、魔物ですら近づかない、奇妙な森なのだ。この村へ来る前に、僕は入ってみたが、生き物は鳥だけで、魔物はいなかった。歩行する生物だけを殺すような仕かけがあるかもしれないので、気を付けたほうがいいよ」
そういう大事なことは、前もって言ってほしかった。
時すでに遅く、ウルを追ってきた私たちは、森の奥深くに入り込んでしまっていた。
ひしゃげた木が不気味に、空へ枝を伸ばしている。まるで、人間の手が、空中をつかもうとしているようだった。こんな所に長くいたら、どんな人間でも恐怖で狂ってしまうだろう。
いったい、村長の息子は、こんな恐ろしい場所にどんな用事があるというのだろう。
森の奥に大木があって、その根元は、あたかも丘のように土が盛り上がっている。そこに、ぽっかりと
「ウルがあの洞窟に入っていったぞ」とシンドウは私の手を引っ張った。「さあ、僕たちも行こう」
私たちは、その横穴から入った。
洞窟の中を歩いていくと、ところどころ、木の根っこが飛び出ており、私は何度もつまづきそうになった。明かりは
暗い中を進むと、途中で、ほこらが
ほこらは、大木の根を
そのとき、さらに奥から、誰かの言い争う声が聞こえた。二人分の声だった。
「あの声は誰のだろう?」と私は思わず叫んだ。
「静かに。間宮君。一方は男で、一方は女のようだが……」
シンドウの言うとおり、若い男女の声だった。男のほうには、聞きおぼえがあった。
ウルだ。
では、女のほうは誰だろう。
かなりのガラガラ声なので、妹でも母親でもなかった。
私は聞き耳を立てる。
ウルは金切り声で叫んでいた。「なんてこった!この前、俺に買わせようとした
「もう、別の奴に売ったさ!」とガラガラ声の女。
「あれがあれば、ここの石を直せる魔法が書いてあったかもしれないのに――」とウル。
どうやら、ウルは「魔導書」というものを使って、何かを修理しようとしたらしい。
「あきれた」
そう言って女が、こちらへ向かってくる気配があった。
シンドウがほこらの
ランプを持った女が私の目の前を歩く。
向こうは気が付いていない。
「――今、なんて言った?」とウルが問いただすと、女は怒り出した。
「あきれたと言ったの!いい?ウル。今、あたしたちがやらなければならないのは、壊れた石ころを直すことじゃない。そうよね?あたしたちの将来がどうなるかを、真剣に考えるべきなのに。……ご両親に会わせてくれるって、言ったの
「覚えてるさ。でも、今はまだ、そんな時期じゃない」
「遅すぎるのよ。かなり、待った。……自分でも、嫌になるくらい。さよなら」と女は歩みを速めた。「そんなに大事なら、石とでも結婚すればいいんだ!」
ウルが女を追いかける。
「おい、待てよ!ドリィ」
ドリィと呼ばれた女は、追いかけるウルを無視して、洞窟の出口へ向かおうとする。肩をつかんで、それを引き止めるウルが「話を聞けよ!」と叫んだ。
「大きな声を出さないでよ。この洞窟の中は
「そんな……」
あんぐりと口を開けたまま、何も言えなくなったウルを置いて、彼女は洞窟から出ていってしまった。
取り残された彼が、ほこらの前に立って、
「畜生め!ふざけるなよ、まったく――ん?」
私とシンドウは、ほこらの陰にいたが、運悪く、ウルが私の気配に気づいた。とっさに、彼は自分の剣を
「お、おい!誰だ?出てこい!」とウルは剣をぶんぶんと振り回す。
出ていっても、剣で切られない保証はなかった。
困っていると、さきほどからシンドウが、呪文を
永久にして
すると、ぴたっとウルの動きが止まった。
もう少しで、剣の
ウルは何も言わない。動こうともしない。
シンドウが自分のかけた魔法を説明した。「この魔法はね、時間魔法の一種で、『時間停止』と言うのだ。その名の通り、ある空間の時間を20時間ぐらい、止めることができる。今、ウルの周囲の時間を止めたから、彼はそこから動くことができないし、自分が止まっていることすら、気づかないだろう。もちろん、僕たちも彼をその場から動かせない」
「だけど、シンドウ、この姿を彼女に見られたら、まずいんじゃないか?」
ドリィが戻ってくる
「ケンカ別れしたようだし、彼女は帰ってこまい。それよりも、間宮君、僕は、彼の言っていた石が何なのか気になるのだ。よほど重要な石を壊したらしいね」
私たちは壊れた石を探すことにした。とは言え、ウルの持っていたランプでは、探し物をするのに暗すぎた。そこで、シンドウは照明魔法を使って、洞窟の内部を明るく照らした。「明るくなっただろう」
明るすぎて、まぶしいくらいだった。
明るい土の地面を、
数十分後、石のかけらを見つけたのは、シンドウだった。「あったぞ、間宮君。他にも、かけらが散らばっているようなので、大きな石だったことがわかるね」
その石は、
シンドウが持っていた石は、白から少しづつ、緑色へと変わっていった。その姿は宝石のエメラルドみたいだった。
「すごいな。でも、何に使うんだろう?」と私は疑問に思ったことを口にした。「ウルに石の使い方を聞いてみないと、さすがに、わからないぜ」
「そうだね。君のいうとおりだ」とシンドウはうなずいた。しかし、彼女は
ウルが答えることができないのだから、当然、この石がなんなのかすら、いまだ不明だ。
シンドウは石を縮小魔法で小さくして、ポケットに入れた。とりあえず、村に持って帰って、村長か誰かに、それとなく聞いてみるつもりだと彼女は言った。
だけども、この石の正体を知るのは、もっと、はるか
なぜなら、私たちが森の外にいる間に、魔物たちが村を襲ってきたのだから。
残念ながら、シンドウの予感が当たっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます