第7話 村の宿屋にて

 もし、宿が見つからなければ、そこらへんで、野宿のじゅくをしなければならないのだと知った時、私の心は不安でいっぱいになった。

 夕食が終わって、村長の家から出ると、すでに、村は暗くなっていた。

 私はシンドウに相談した。

 彼女は、お金はあるのかいと聞いてきたが、私は持っていないと答えた。腕組みをした彼女は「それでは、野宿がよかろう」と言う。


 実にのんきな奴だ。


 昼間に、キメラと戦っていた場所を通る。魔法の火でげ付いた地面が痛々しかった。こんなところで寝ていたら、またもや魔物に襲われてしまう。

 俺はシンドウに懇願した。

「なんとか、ならないものか。野宿はごめんだ。シンドウ」

「よし、わかった。では、宿屋に僕の部屋がとってあるから、間宮君は、僕と一緒いっしょの部屋に泊まればいい」


 そうか。

 それなら、宿の心配はない。


「良かった」と私はあんどの息をもらした。


 ――いや、良くない。

 良くないぞ。


 短パンに一枚シャツを着て、カーディアンを着ているシンドウの姿は、まるで少年のようでもある。ただし、実際には、彼女は少年ではなかった。女だ。

「シンドウは問題がないのか?」

「もちろんだとも。僕はかまわない」と彼女は言った。


 いや、そこは構ってくれ。


 歩いていくうちに、とうとう宿まで着いてしまった。

 宿はほとんど、私がこの世界へ来てから見てきた民家と変わりがなかった。レンガ造りの家。ただし、絵の付いた看板が飾ってある。

 シンドウからお金を借りようかと考えたが、すでに、宿の空き室はなかった。宿の主人が言うには、すでに、商人の一行と僧侶が借りてしまったらしかった。こうなると、もはや、彼女が借りた部屋しかなかった。

 小さな宿屋だったので、案内された部屋はこじんまりしていた。東京にある私の部屋よりも、はるかに小さい。


 ベッドは一つ。

 落ち着いて、心の中で復唱ふくしょうしてみよう。


 ベッドは一つ。


 粗末そまつな布団らしき布が、一枚かぶせてあるベッドだった。幅については、大人一人が両手を伸ばしたくらいだろう。

「お、俺、床で寝るから」と妙に上ずった声で、私は言った。「お、お前はそのベッドで眠ればいいよ」

 うまく話せなかったのが、我ながら情けない。

 すると、くすっと笑ったシンドウがこう私に告げた。「いや、間宮君はベッドで寝たまえ。僕は旅行バッグがあるから」

「旅行バッグ?」

「ああ、そうか。君は知らないんだな」

 そう言うと、シンドウは、自分のポケットから、親指サイズの小さな茶色い箱を取り出して、復元ふくげん呪文をとなえた。すると、小さかった箱が、みるみるうちに、人間の胴体よりも大きな革製のトランクへと変わった。「これは、魔法使い専用の旅行バッグなのだ。旅行するときに、いろいろと便利なのだよ。これを縮小しゅくしょう魔法で小さくしておき、今、復元呪文で元の大きさに戻したのだ」

 彼女の説明によると、縮小魔法を使えば、どんなものでも小さくすることができるという。重さも軽くなるらしい。「小さくして、いつもはポケットに詰めているのだよ」

「へえ、便利だな」と私は感心した。

 しかし、バッグが大きいとはいえ、そこで人が寝るには、サイズが足りない。サーカスの奇術師のように、手足を折りたたんで、自分の体をバッグに詰めるつもりだろうか。

 どういうことかと私がいぶかしがっていると、彼女は旅行バッグを開いて、中身を見せてくれた。

 中身は、人形ハウスのように、小さなミニチュアの家具が置いてあった。ベッドも備え付けられてある。「縮小魔法を使って、僕はここで寝るのだよ、間宮君」と彼女は、そこへ指をさした。

 なるほど、自分の体を小さくして、お人形みたいにバッグの中で生活するのかと、私は妙に納得した。「人形サイズまで小さくなるんだね」

「そのとおりだ」と言って、それから、シンドウは私にこうたずねた。「ところで、話は変わるが、メモはちゃんと取っただろうね?」

「ああ、さっきの村長さんたちの話か。もちろんだ。カナルさんも、ウルさんもコトリさんも全員の会話をきっちりと書きめた」

「よろしい」

 私は、彼女に、日本語で書かれたメモ用紙を見せた。メモ用紙と言っても、彼女に渡されたのは、海賊の宝地図で使われていた羊皮紙ようひしのようなものだ。普通の白い紙とは違っていた。

 椅子いすに座ったシンドウが、窓の外を見る。彼女には、何か、考え事をしているときは、窓の外を見るくせがあるようだった。

「さて、あの四人の家族は、行方不明の女――ヒスイといったね――に対して、それぞれ、さまざまな見方を持っていた。村長は優しい女だと言っていたが、娘のコトリは、裏の性格まではわからないという。息子のウルは、ギャンブル好きだと断言していたね。母親のアリアは、よく知らないと言っている」

「すべて、事実だろう?」と私はいた。

 私は、彼女たちが嘘をついているようには思えなかった。お人よしと笑われるかもしれないが、平気で嘘をつくような人たちには見えなかったからだ。

 シンドウの考えは、そのような思いとは異なっているようだった。「確かに、事実を一部だけ述べているね」

「一部?」

「そうだよ、間宮君。あの人たちは、何かを隠している。一人の女が村から消えた。しかも、魔法じみた方法で。その場合はね、魔法使いを警戒するのが普通だし、実際に、彼女たちは僕たちを信用せずに、真実を洗いざらい話すのをためらっていた」


 へえ、そんなことまで、わかるのですか?


 私は、そこまで疑っているシンドウの無神経さに驚くと同時にあきれもした。夕食をごちそうになっていながら、まるで犯人扱いするのだから、ひどい。

「シンドウ、それだと、あの人たちが、誘拐に関わっているかのような言い方じゃないか」と私は抗議した。

「あの家はね、誘拐現場から近くにあった。そこの娘さんが、誘拐する現場を見たと言い張っている。あの家族が失踪しっそうと無関係だとは考えられない」


 バカげている。

 根拠のない憶測おくそくだ。


 ふと、私は別の方向から、この事件を考えることができることに気が付いた。「ちょっと待てよ、シンドウ。別の方向で誘拐事件を見てみないか。魔法使いがやったのかもしれないのだから、事件当時、この村にいた魔法使いを取り調べるのが先だろ。例えば、村の賢者とか」

「その可能性は成立する」とシンドウは答えた。


 いや、その可能性しか成立しないはずだ。なにしろ、人が目の前で消えせたのだから。

 私がそう主張すると、彼女は視線を窓から旅行カバンへ移した。「魔法使いがやったかも疑うべきだろう。だから、僕は今朝、実験してみたのだ」

「実験?」と私はき返した。

「現場の近くで、疾風しっぷう魔法を使ってみたのだ。コトリの証言では、突風が吹いていたからと言っていたからね。魔法の風で、ヒスイが吹き飛ばされたという可能性はありえた。

 しかし、結果は失敗だ。風の音が大きすぎて、大騒ぎになって、近くの村人たちが集まってきたからね。ゆえに、疾風魔法を使ったのではないと分かった。他の魔法を使った可能性も考えてみたが、やはり、疾風魔法よりも、大きな音を立ててしまう」

 あの時、私が吹き飛ばされた魔法の実験には、そんな目的があったとは知らなかった。それでもなお、私は魔法使いを疑うべきだという考えを変えなかった。

「それでも、魔法使いが誘拐の犯人ではなかったという証拠にはならないだろ」

 思えば、この時の私は意地いじになっていたのかもしれない。親切にしてくれた村長たちが犯人である可能性は、少しでも否定したかったのだ。

 シンドウは、そんな私を見て、「間宮君、君は少し、疲れているようだ。今日はいろいろあったからね。さあ、寝たまえ。僕もバッグの中で休むとしよう」と提案した。


 興奮していた私は、服を脱ぎ、ベッドで横になっても寝付けなかった。

 まだ、体のしんが熱かった。

 途方とほうもない物語の世界へ放り込まれた気分だ。


 元の世界へ帰る保証はないのに――。


 シンドウは、私を元の場所へ戻してあげると言ってくれた。

 だが、彼女には、解決すべき事件がある。それが解決するまでは、私のほうまで手が回らない状態だろう。

 となれば、当分は、この世界で生き抜いていかねばならないという事になる。


 ベッドの隣に置いてある、閉じた旅行バッグの中で、シンドウは眠りについていた。彼女は、「開けて中身を見ないように」とくぎを刺した。私が見るわけがない。それとも、私に信用がないのだろうか。


 それはあるまい。

 彼女は友人だった。出会って一日もたっていないが、友情が成立するには、一秒でもあればよい。時間は関係ない。出会ったとき、私たちは、旧知きゅうちの仲であるように感じられた。まるで、前から互いを知っているかのようだった。

 彼女の顔を思い浮かべるとたん、急に、私の胸に安心感が広がった。安心した私は、上半身が裸になっている自分の体を見た。

 そのときに、初めて見たのだ。

 私の体全体に、黒い紋様もんようが、まるでインクをこぼしたかのようにきざみ付けられているのを。

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