第6話 晩さん

 私とシンドウは、村長の案内で、居間の大きなテーブルへ案内された。ここで今日の夕飯ゆうはんを食べるのだと村長のカナルは言う。

 そのテーブルは、木でできた質素しっそなものだった。応接間と違って、居間の家具は薄い木材であしらえたものばかりがそろっていた。

 夕食は村長の妻による手料理だった。

 魔法ではなく、まきで火を起こすところから始めた、手間のかかる料理だった。

 私とシンドウは上着を脱ぐと、テーブルの料理をながめていた。

 食事が運ばれて、私たち二人が席に座った。それから、妻と息子、娘がそれぞれテーブルを囲むと、村長がこんないのりをささげ始めた。

「今日も一日、無事生きのびられたことに感謝しましょう。ラーラーウーウー」

 すると、私とシンドウ以外の3人も、後に続いて、「ラーラーウーウー」と祈り始めた。これは日本でいうところの「いただきます」という合掌がっしょうに当たるのだろうか。

 この世界に来たばかりの私は、そんなテーブルマナーなど知らない。


 さて、困った。


 夕食はシチューのようなものだった。中には、イモを煮詰めたようなものが入っており、その香りは食欲をそそった。

 問題は、食べるための道具だ。

 スプーンらしきものはない。汁をすくえそうなものはなかった。ましてや、はしなど見つかるはずがなかった。

 目の前にあるのは、三角形に薄く切り出された木片もくへんだけだった。よく見ると、小さなみぞのようなものがある。

 私は隣に座っていたシンドウのわき腹を小突こづいた。そして、そっと聞いてみる。「これ、どうやって食べるんだ?」

「僕が食べるのを見ていたまえ」

 そう言うと、シンドウは、器用に木片を使って、皿からシチューをすくって食べた。見よう見まねで、私も同じことをしたが、なかなか、うまくいかない。さんざん苦労して、なんとか汁だけでも食べられるようになった。

 そのとき、口の中で香辛料こうしんりょうの香ばしさが広がった。今まで味わったこともない、えも言えぬおいしさが、私の舌を包み込んだ。

 思わず、私の目から、涙がこぼれた。

「どうなさったのですか?お口に合いませんでしたか」と村長の奥さんが心配そうに私をのぞき込む。

 私は違うのだと言った。ただ、異世界に来て、初めて、胃袋を満たした安心感が、心細さとさびしさに打ち勝っただけなのだ。

「この間宮君は、異国いこくから来た魔法使いで、まだ、この国に慣れていないのです」とすかさず、シンドウが助け船を出す。

 ナイスフォローだ。

 私は心の中で彼女に感謝した。

 食事が進むと、自然と、どこからともなく、会話が始まった。


 カナルがコホンとせきばらいをした。みなの会話が止まる。「さあ、シンドウさん。私の家族を紹介しましょう。右の席から順に、私の妻アリサ、一番上の子供で、コトリはもう紹介しましたね。それから、これがコトリの弟で、私の息子ウル。これ、ウル、お二人に挨拶あいさつなさい」

 しかし、父親に従わず、ウルはそっぽを向いた。「うるせえよ」

「すいません。礼儀を知らぬ子でして」とカナルが謝った。「ただし、魔物を一人で倒せたほど、けんの腕前は確かなのです。もし、事件解決に必要なことがあれば、この子たちに手伝わせてやってください」

 ウルの腕は太く、確かに、大きな武器を扱えそうだった。

 しかし、シンドウは魔法使いではないからという理由で、それを断った。

「カナルさん、今回の事件を、魔物が引き起こした事件と決めつけることはできません。魔物ではなくて、魔法使いが関わっている可能性も考えるべきなのです。剣では強力な魔法に勝てません。ですから、この件は、魔法使いである僕たちにお任せいただけませんか」

「そういうことでしたら、わかりました」とカナルは納得したようだった。


 食事がすんでから、シンドウは席を立って、改めて自己紹介をした。「申しおくれましたが、僕の名前はシンドウ=サキ。旅をしている魔法使いです。こちらは、友人で助手をしてくれている間宮です。さて、もうすでに、ご存じでしょうが、僕たちはヒスイさんを探索するために来たのです。そこで、皆さんにおたずねしたいことがあります。ヒスイさんのことで、何かご存じではありませんか?」

「何か、わかりましたの?」とコトリが逆に聞き返す。

 シンドウは首をった。「残念ながら、まだ、はっきりしたことはわかりません。私たちは、彼女がどこに住んでいたのかすら、わからないのです。どんな人間か分かれば、そこから、解決への糸口がつかめるかもしれません。コトリさん、彼女と親しいあなたなら、いろいろと知っているでしょう?」

「それが……親友のわたくしにもつかみどころがないような……」とコトリが語尾をにごす。


 そのまま、押し黙ってしまったので、シンドウは質問を変えた。

「ヒスイさんの住んでいた場所はどこですか?」

「ここから南に行ったところです。行方不明になった後、原因不明の火事で焼けてなくなりましたわ」

 コトリによれば、火事が起きたのは、ヒスイが行方不明になってから2日後の夜のことだった。ヒスイの家から突然、火の手が上がって、すべてを燃やし尽くした。残ったのは、黒すすけたレンガだけだった。不心得者ふこころえものが放火したらしい。

 シンドウが私にメモを取るように言った。あわてて、私は火災の事実をメモに書き込んだ。

「その火災にあった家に、ヒスイさん以外で、誰かが住んでいましたか?」

「いいえ、住んでいません。両親が死んで以来、あの子が一人で住んでいましたから」

「では、彼女とお付き合いされていた男性、もしくは女性は?」

 いませんとコトリはきっぱり答えた。ここまで断言されては、それ以上、交際関係を追及しようがなかった。

 続けて、シンドウは村長の妻であるアリアのほうへ体を向きなおした。「どうでしょう。アリアさん。この家にヒスイさんが遊びに来たことがあるかもしれませんが、そのときに、何かお気づきの点はありませんでしたか?」

「娘の遊び相手については、よく存じ上げておりません」

 アリアは、気品があふれる優しそうな中年の女性だったが、事件については、消極しょうきょく的な態度を通していた。どうやら、誘拐事件に家族が巻き込まれるのを心配しているようだった。


 私は自分の取ったメモを読み返していた。

 今のところ、ウルやコトリと、誘拐事件を結びつけるような情報はなかった。コトリはたまたま現場にいあわせた目撃者だったし、ウルはコトリの弟に過ぎなかったからだ。

 しかし、シンドウはウルにまで、尋問じんもんを始めた。「ウルさん、あなたは黙ったままでいますが、もしかしたら、ヒスイさんの行方をご存じではないのですか?」

「は?なんで?俺が」

 ウルは怒ったように聞き返した。「俺とヒスイは何の関係もないだろ!あいつは、姉貴のダチ公なんだぞ」

 彼の雄たけびに、びりびりと空気がふるえる。

 おそらく、昼間のキメラですら、その声を聞けば、恐れをなして逃げ出すに違いないほど、大きな力強い声だった。

 シンドウはじっと彼を見つめいた。

 長い間、沈黙が流れた。

 とうとう根負こんまけしたウルが、肩の力を落として、ため息をついた。「……わかったよ。ときたま人の目を盗んで、あいつとけをしたんだ。簡単なやつさ」

「賭け?」とシンドウが聞き返した。

「ああ、サイコロを振って、自分が予想した目が出たら、賭け金をもらえるやつさ。あんたも知ってんだろ?」

「ええ、知っています。ですが、ウルさん。本当なのですか?行方不明のヒスイさんが博打ばくちをしていたというのは?」

「かなりのギャンブル狂だったね。あいつとは、賭け仲間だったんだよ。いつも、あっちが負けていたけどな」

 ウルの話では、ヒスイは、たびたび、同じ仲間を自分の家へ呼んで、サイコロゲームで、借金をしてまで、お金を賭けていたらしい。もちろん、村人たちには内緒ないしょにしていた。

 親友であるコトリにも、秘密にしていた。そのことを知ったコトリは、相当なショックを受けて、顔を青ざめさせた。「一言も言わなかったの。そんな……信じられないわ!」

「なあ、姉貴あねきのところにも借金を申し込みに来ただろ。あいつはな、賭け事になると、人格が変わっちまうんだ。で、負けると、必ず、誰かに借金をする」

「確かに借金をかかえていたけど……、それは――生活が苦しいからって、あの子が」

「嘘だよ」とウルはあわれむような目で姉のコトリを見た。「生活のためじゃなくて、ギャンブルのためさ」

 ウルとコトリの話を聞いていたシンドウが口をはさんだ。「では、ウルさん、あなたはヒスイさんが夜逃げしたのだとお考えなのですね?」

「あっちこっちに、借金を作ってるからな。首が回らなくなったら、村から出ていくしかないだろ」とウルはぶっきらぼうに答えた。

 

 なるほど。

 もし、彼の話が真実であれば、ギャンブルに熱中するあまり、借りた金を返せなくなったヒスイが、自ら行方をくらますのは、ありえそうな話だった。

 だとすると、これは誘拐ゆうかい事件ではない。


 いや、待てよ。

 それはおかしい。

 それならば、コトリの目の前から、ぱっと手品のように消えてしまったのはなぜか。


「実に不思議な事件ですね」とカナルが言った。「もし、息子の言っていることが正しければ、なぜ、そんなおろかな逃げ方をしたのでしょう?シンドウさん」

「愚かな、といいますと?」

「だって、そうでしょう。娘はすぐに私のところへ報告したわけですから、ヒスイさんには、逃げる時間がありません。みんなに見つからないよう、夜逃げするほうがいいじゃありませんか」

「なるほど。あなたのおっしゃるとおりです。カナルさん」とシンドウはうなずいた。

 私もうなずいた。

 ウルの考えている夜逃げ説は、派手なパフォーマンスをしたら逆効果なのだ。逃亡とうぼうの時間をかせぐためにも、夜中にこっそり村をけ出すのが良いに決まっている。


「わかった。夜逃げっていう話はなしだ。忘れてくれ」とウルはあっさりと降参した。

 すると、ウルは別の説を持ち出しきた。彼は部屋にかざってあったお面を指さした。「あれが何か、わかるか?――ヒトモドキだよ」

 こおりついた。

 彼の一言ひとことは、私を除いて、食卓にいる全員を恐れさせるには十分だった。この世界に来た私にとって、初めて聞く言葉だった。


 ヒトモドキという言葉。

 どういう意味があるのだろう。


 ウルが指したお面は、日本で使われる能面のうめんのように、のっぺりとした白い肌に、黒いくぼんだ穴が二つあるだけだった。人の顔にも見えるし、そうではないようにも見える。

 私はシンドウに、ヒトモドキとは何かとたずねると、こんな答えが返ってきた。「かつて、マール王国で、実際に存在していた魔物だよ。あのお面は、ヒトモドキをかたどったものだね。人間の姿をマネるので、ヒトモドキという名前を付けられるようになった。これが、とても問題を起こす魔物でね。魔法を使ってですら、人間と区別ができないのだ。だから、どこかの誰かに変身したが最後、もはや、普通の人間と見分けがつかなくなるのだ」

「で、人間を襲うのかい?シンドウ」

「いや、変身した人間以外は殺したりしない。すなわち、殺した人間と入れ替わるのだ。それで、人間として生きて、死ぬと、ガスとなって跡形あとかたもなく消える」

厄介やっかいだね」

「そうだ。魔法使いが手を焼いた。しかし、僕の記憶が正しければ、12年前に、目撃もくげきされたのを最後に、ヒトモドキはいなくなったはずではないかな?」

 それを聞いて、ウルがにやりと笑う。「違うな。魔法使いさん。ヒトモドキは滅んでいなかったんだよ。こっそりと、入れ替わって、いけいけしゃあしゃあと人間生活を送っていたのさ。ヒスイという一人の女性として。で、ヒスイになりすましたヒトモドキは、あわれ、姉貴の目の前で死んだのさ」

 ヒスイが魔物。ヒトモドキ。

 死ぬと、ガスとなって消えていくヒトモドキ。

 私は、ヒトモドキという化け物がヒスイという女性になりすまして、この村で普通の生活を送って、コトリの目の前で、ガスとなり散った場面を想像した。

 確かに、人間消失だ。

 となると、今回の事件は、行方不明事件ではない。ただの死亡事故となる。


 カナルが息子をたしなめた。

「ウルよ、いい加減にしなさい。ヒトモドキは、もはや、ほろんだ魔物なのだ。ヒスイさんはヒトモドキでもないし、死んでもおらんよ」

 ウルは「信じなくてもいいさ!」とき捨てるように言った。そして、席を立ちあがり、部屋を出ていった。

 彼が出ていった後、カナルはシンドウと私に謝罪した。「申し訳ない。シンドウさん」

「いいのです。あなたの息子さんは、私たちに重要な情報を提供してくださいました。ヒトモドキはともかく、ヒスイさんが博打ばくち好きとは知りませんでした」

「そんなことが彼女の行方を知るのに、役立つのですか?」

「もちろんです、カナルさん。ご協力に感謝します」

 私たちは夕食のおれいを述べた。

 それから、シンドウとカナルは、魔物について、いくつか、対策を話し合った。また、魔物が襲ってくるとシンドウは考えていたからだった。

 とりあえず、シンドウは、村の宿屋に泊まっているので、なにかあったら、そこへ連絡してほしいと頼んだ。村長は「お安い御用ごようです」と快諾かいだくしてくれた。

 そのとき、私はとんでもない事実を思い知った。

 私には、今晩こんばん、寝泊まりするところがないという事実を。

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