第5話 村長の娘

 日が暮れる前に、村長の家に、娘が帰ってきた。

 応接間おうせつまで、彼女を待っていた私たちは、入ってきた美しい娘をまじまじと見た。

 髪が黒の長髪で、腰まで伸びていた。服はきぬを織りあわせたもので、きらびやかだった。

 この人が村でも一、二を争う美人に違いないと思わせるほどの、端正たんせいな顔だった。

 かなり若くて、20歳にもならないだろう。

 村長が娘を紹介する。「こちらが、私の娘で、コトリと申します。コトリ、この方たちは、シンドウさんと、間宮さん。事件を解決するために、私がお呼びした魔法使いなんだよ」

 コトリは驚いた様子で、私たちのほうをじっと見ていたが、やがて、おずおずと近寄ってきて、あいさつした。

「……あら、初めまして。コトリです。父の仕事の手伝いをしています。……わたくし、魔法使い様と会えるなら、もっと、おしゃれするんだったわ」

 おしゃれの支度したくを待っていては、いつまでたっても、事件の話は聞けそうになかった。

 うやうやしく、シンドウがていねいにお辞儀じぎをした。「お嬢さん。魔法使いのシンドウと申します。このたびは、ご友人が災難にあわれて、大変でしたね」

「災難!」とコトリが叫んだ。「そう、災難ですわ!早く、友達のヒスイを見つけてください。きっと、あの子、誰かに誘拐されたんです!」

 悲痛な叫びに、私も心がしずんだ。父親がコトリをなぐさめる。

 落ち着かせるように、シンドウはまあまあと言った。「コトリさん。まだ、誘拐と決まったわけではありません。情報が少ないのです。お気持ちをさっしますが、あなたから、事件の話をお聞かせください。事件解決に必要なのです。お願いできますか?」

「そう……でした。わたくしったら、取り乱してしまって――。いいでしょう。お話しします。あの日、わたくしが見たものすべてを。

 わたくしとヒスイは、とても仲が良く、何をするにしても、いつも一緒いっしょでしたわ。あの日も、二人で井戸に水をくみに行きました。水をくみながら、ヒスイが何度も振り返るのです。私が彼女にどうしたのかときくと、人の気配がすると言います。わたくしは気のせいだと笑いました。近くには誰もいませんでしたので。

 水をくみ終えて、井戸から離れようとしたその時です。突然、風が舞い上がりましたわ。わたくしは目を閉じてしまいました。そうです。閉じたのです!そんなことをしなければ、犯人の姿を見ていたはずですわ!」

 大事な場面を語るところで、コトリは泣き出した。

 彼女が泣き終えるまで、シンドウは一言も発さなかった。

 私は彼女にひどく同情した。

 私とて、目の前で大事な親友がさらわれてしまったのであれば、今の彼女のように、もうしわけない気持ちでいっぱいになっていたかもしれない。

 しばらくして、コトリが意をけっした面持おももちで、話を続けた。「風がやんで、わたくしが再び、目を開けると、ヒスイはもういなくなってしまっていました。最初はあの子の冗談かと思って、『からかわないで!』と怒りました。けれど、探してもどこにもいないのです。わたくしは近くにあった、自分の家に帰って、今まで起きたことを父に話しました」

 後は、彼女の話は、なぞるかのように父親の話と同じだった。

「実に、ご賢明けんめいな判断です。コトリさん」とシンドウは彼女をほめた。「ところで、目を閉じた時間がどれくらいなのか?実際に目を閉じていただけませんか」

 シンドウの頼みに、彼女は応じた。目を閉じ、すぐに開いた。

 目を閉じた時間は、一秒足らずといったところか。

 本当に、まばたきをする間に、ヒスイという女性は消えてしまったということになる。まさしく、魔法だった。

 おそらく、ほかの三人も同じことを考えていたのだろう。

 ためらいがちに、村長が口を開いた。「シンドウさん。これは村人たちのうわさなのですが、ひょっとすると、ヒスイは悪質な魔法使いにさらわれたのではないか……と」

「その可能性も成立します」とシンドウは認めた。「この村に、私たち二人以外で、何人の魔法使いがいますか?」

「二人です」と村長はきっぱりと答えた。この二人は事件があった日から、ずっと村を出ていないという。

 一人は、旅の僧侶が村を寄っているという。もう一人は地元の賢者けんじゃだった。

 僧侶?賢者?

 私が不思議に思って、つぶやいていると、メモの紙の上で、焼き印をしたかのごとく、見たこともない文字が浮かび上がってきた。あわてて、私は前に使った翻訳メガネをかけて読んでみる。


 僧侶は教会につかえる僧です。教会が信じる宗教を、マール王国では、国教として保護しています

 賢者は国家の公的な職業です。国が認めた魔法使いのみがなれます。大臣職を兼任けんにんするものが多いです


 シンドウが渡してくれた、この紙は魔法の文字で疑問を解いてくれるらしい。便利だと感心していると、次の文字が紙に現れた。


 さあ、記録を取り続けたまえ。間宮君


 お前が魔法で表示させていたのかよ!シンドウ!


 危うく叫びそうになったのを、私はぐっと我慢した。

 シンドウのほうは、そんな私に見向きもせず、コトリに僧侶と賢者について、質問をしていた。「コトリさん、あなたはその僧侶と賢者に会ったことがありますか?」

「いえ、どちらもお会いしたことはありません」と残念そうにコトリが首を振った。「大賢者様は、昔から、赤の館にお住みになられていますが、外に出られることがないのです」

「赤の館?」

「そうですわ。ここから離れた所に建っていますの」

 コトリの話によれば、村のはずれに、赤い洋館が建っているのだという。不気味で、村人たちは近寄る者がいなかった。だから、自分もよく知らないのだと彼女は言った。「詳しいことは、父が知っているかもしれません」

「カナルさん、その賢者が事件に関与かんよしているとお考えですか?」

 カナルは、「とんでもない」と笑った。「大賢者様は、赤の館にこもりきりで、ほとんど、外出なさりません。かつては、王のおそばで働いていて、王国一の大魔法使いと呼ばれていましたが、引退した後、大賢者様は生まれ故郷であるこの村にお戻りになったのです。そこに赤の館を建てて、今は、誰にも邪魔されない自由気ままな生活を送っているようですが」

 となると、わざわざ波風なみかぜを立てるような誘拐などするはずがないというのが、カナルの考えだった。

「しかしながら、犯人である可能性をのぞくことができません」とシンドウはその考えに疑問符ぎもんふを付けた。


 確かに、あやしいのは、その賢者だった。

 館に引きこもっているうちに、奇妙な妄想もうそうに取りつかれて、ヒスイをさらったのだと考えることもできるからだ。

 シンドウが「では、あの赤の館を、今まで、捜索そうさくしましたか?」とカナルにたずねた。

「いえ、あの館の玄関は、不思議な魔法で守られているのです。館に入ったものは、この村におりません。以前、村の若い男たちが、酔っぱらって、玄関のとびらをたたき割ろうとしましたが、びくともしませんでした」


 魔法の館。

 誘拐した人質ひとじちを隠しておくには、うってつけのアジトだというわけだ。

 村長のカナルは、賢者を疑うどころか、尊敬の念すらいだいていた。この人が捜査の陣頭じんとう指揮を取っていたのならば、いつまでたっても、ヒスイは帰ってこないだろう。

 シンドウは、賢者の館の場所を、村長から聞き出した。あわてて、私はメモを取る。

 それをかたわらで見ていたコトリが、急に、こんなことを言い出した。

「ねえ、お父様。シンドウ様と間宮様を夕食にご招待しない?」

 父親であるカナルも賛成する。「それはいい考えだ。依頼を引き受けたお礼もしたいしな。――どうですかな、シンドウさん、間宮さん。お二人とも、今晩の夕食にお付き合いください。もてなしますぞ」

 私たち二人は、喜んで夕食をごちそうになることにした。

 気が付けば、二人とも、昼から何も食べていないのだ。若いので、さっきから、二人の腹がグーグーと音を鳴らしている。

 村長には、妻と息子がいた。

 しばらくすると、奥さんと息子もそれぞれ帰ってきた。どうやら、今まで仕事をしていたらしい。

 急に村長の家がにぎやかになった。

 私は別世界にある我が家のことを思い出して、さびしさを感じずにはいられなかった。

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