第二章 村と怪事件と推理

第4話 さらわれた娘

 我ながら、のんきだった。

 見たこともない世界で、魔法使いと出会い、魔物を倒す。そんな危険な冒険をする一方で、ここは携帯電話の電波が届く範囲だろうとたかをくくっていたのだから。

 しかし、そこの住民と話を交わすたびに、私は、どんどん平気ではいられなくなった。

 シンドウも村人も、電話がどんなものかすら知らなかった。

 彼女たちの説明を聞くうちに、この世界が中世と似た技術水準であることが分かった。誰も、電気について知識を持ち合わせていなかった。

 私が「電気というのは、びりびりするもので、雷の正体でもあるんだ」と解説すると、彼女が人差し指を一本尽きだして、「この雷鳴らいめい魔法のことか?」と指先から小さな雷をスパークさせて、火花を飛び散らせるほどだった。

 やはり、この世界では、科学の代わりに魔法が発達したのだ。

 私はシンドウに、自分の住んでいた世界について、ひととおり説明を試みた。

 魔法が存在しない世界。

 でも、科学が進歩したおかげで、誰もが魔法をかけられているような便利な世の中である。今いる魔法世界とは、まったく異なる世界なのだ。

 そう説明しても、彼女には魔法の存在しない世界など想像すらできないようだった。

「よくわからないね。間宮君。君の言うカガクは魔法と異なる法則に従うのかい?実に奇妙だ」とシンドウは本当に不思議がっていた。


 私はこれからどうすべきなのかと、シンドウに相談した。

 しばらく考え込んで、彼女は私にこう問いかけた。「君は元の世界に戻りたいのか?」

「戻りたい」

「だったら、僕が」と彼女は優しく言った。「間宮君、僕が必ず、君を元の世界へ戻してあげる」

 これは友としての約束だと、シンドウが、その言葉に力を込めた。

 とりあえず、帰る方法を見つけられるまでは、私は彼女のそばにいようと思った。いつまた、魔物が襲いかかってくるかもしれないから、その時には彼女に助けてもらおう。


 昼が過ぎると、畑仕事から帰ってくる村人たちで村道がごった返しになった。

「平和だね」と私が何気なく言うと、シンドウもうなずいた。

「間宮君の言っていることに同感だ。ところで、僕がなぜ、こんな辺鄙へんぴな村に来たのか、君に教えたかな?」

 私がまだだと答えると、シンドウは村で起きたある事件を調べている最中なのだと明かしてくれた。

「この村で失踪しっそう事件が起きたのだよ。僕はその調査に来たのだ」

 「失踪事件」というキーワードを突然聞かされた私は戸惑とまどった。「失踪事件?それはちょっとおだやかじゃないね」

「まあね。僕も手紙で読んだだけなのだが、事の起こりは村長の娘が――」とシンドウが事件のことを話しかけたとき、彼女を呼ぶ声が遠くから聞こえた。

「シンドウ=サキさん!」

 声の主は、村人の男だった。自らを村長の使いだと名乗った。「探しましたよ。シンドウさんですよね?例の事件のことで、村長が会いたいそうです。村長の家まで来ていただけますか?」

「喜んで、うかがいましょう」


 話をいったん切り上げたシンドウと私は、男の案内で、村の中心にある村長の家まで来た。家はレンガてだったが、ほかの家と違って、白塗りだった。中に入ると、ずっしりとした体格で、満面の笑みを浮かべている男性が、私たちを出迎えた。

 男が握手を求めてきた。「どうも。私がカナルです。この村で、村長をしています。あなたがうわさ名高なだかい魔法使いシンドウ=サキ様ですね?」

 村長のカナルと固く握手したシンドウは、ゆっくりと、こう、あいさつした。「初めまして。カナルさん。私がシンドウで、こちらは、私の友人の間宮です。私の助手をしています」

「おお!」と村長のカナルはうれしそうに叫んだ。「魔法使いが二人も!これは心強い。私ども平凡な人間は魔法を使えませんからな。村の者たちから聞いたのですが、朝は魔物退治で活躍なさったそうですね。村を守ってくださり、ありがとうございました。お二人は本当にすばらしい」

 彼が私たち二人をほめちぎるので、私は何とも恥ずかしくなった。

 シンドウのほうをちらりと見ると、彼女は「おほめにあずかり光栄です」と言い、一通の手紙を取り出して、こう言った。「旅先で、この手紙をもらいました。早速ですが、この手紙についておたずねしたいと思います。差出人にあなたの署名がありますが、あなたが手紙を出したのですか?」

 カナルの顔からみが消えて、痛ましい表情になった。思い出したくないものを思い出そうとして苦しんでいそうだった。

「そうです。事件が起きてから、いてもたってもいられず、手紙をしたためて、伝書バトにたくしました。なぜ、あんな恐ろしい事件が起きたのか!村の人間がさらわれたのです!村を守る村長でありながら、どうすればよいのかわからないのです。シンドウ様、ぜひ、事件を解決してください。解決していただければ、報奨金ほうしょうきん2000ドンを差し上げます」

 後でシンドウが説明してくれたが、「ドン」というのは、この世界の通貨単位らしかった。

 どんな誘拐事件なのかは、このとき、何もわからなかった。だが、カナルの口ぶりからは、身の毛のよだつ誘拐事件が起きたものだと考えられた。

 どんな事件だろうか。自分の置かれた状況を忘れて、事件について興味がわいてきた。

 シンドウは魔法で作ったペンと紙を私に渡した。「これで事件の記録を書きたまえ。間宮君」

 私がメモを取り始めると、彼女が村長の前に歩み寄った。「失礼ですが、カナルさん、事件解決のために、いろいろと、質問してもよろしいでしょうか?」

「なんなりと聞いてください」

「では、事件が起きた状況が知りたいのです。事件が起きた日時や場所について詳しく、お教え願えませんか?手紙は拝読はいどくしましたが、不明な部分が多いのです」

「でしたら、最初から、私が知るかぎりのことを、お話しすることにしましょう」

 そう言って、カナル村長は事件の説明を始めた。

「あれは、いねの狩り入れ時期でしたから、一か月前のことでしょうか。この村に、ヒスイという美しい娘がおりました。私の娘コトリと仲が良く、何をするにしても、いつも一緒でした。あの日の朝早く、ヒスイとコトリは、二人だけで、村の井戸で水をくみに行きました。ところが、コトリ一人だけが私の家に帰ってきたのです。家にいた私が事情をききますと、泣きながら、友達が目の前から突然、消えたとコトリが言うのです。突風が吹いて、まばたきをした次の瞬間しゅんかんには、友達のヒスイの姿が消えてしまったというじゃありませんか。驚いた私は、村の者に声をかけて、村中を探し回りました」

 シンドウが手であごをさすり、再び質問をした。

「誰も、そのご友人の行方ゆくえを知っていなかったのですか?」

「そうです。その日、私の娘以外で、ヒスイの姿を見た者はだれもおりませんでした」

 村の外を探したのかというシンドウの問いには、カナルは目をむき否定した。「とんでもない!外には、魔物がたくさんいるのですよ」

 しばらく、シンドウは自分のアゴに手を当てて、じっと彼を見つめていた。

 それから、「失礼ですが、行方不明になられたヒスイさんについて、何か、思い当たるようなことはありませんか。例えば、誰かからうらみを買っていたとか?」と彼女は問いかけた。

「いえ、私が知るかぎり、そんなことはありません。ヒスイは、両親を病気で亡くして以来、懸命けんめいに村の人たちの仕事を手伝ってきたのです。恨みを買うなどありません」

 彼女は何度も似たような問いかけをしたが、村長からそれ以上のことを聞き出せないと知ると、別の方向から質問を投げかけた。

「あなたの娘さんはコトリいう名前でしたね?今、ご在宅ざいたくですか?」

「買い物に出かけていますが、夕食の時間までには戻るでしょう」

「ぶしつけですが、事件について、あなたのお子さんにお尋ねしても大丈夫でしょうか?」

「もちろんですとも。事件の状況は私よりも、あの子のほうがよく知っています。ですから、あの子に聞いてみてください」

「ありがとうございます。事件の解決に役立ちそうです」

「おお!こちらこそ、ご助力じょりょくに感謝します」

 感激のあまり、何度もお礼をべるカナルから逃げ出すように、シンドウは私に話しかけてきた。「間宮君、今の会話をすべて、記録したかい?」

 私がもちろんだと答えたので、シンドウは「それでよし」と言った。「君のためでもあるし、事件を解決するために、後で見直すものだからね」

 これでは、事件が解決するまでは、元の世界へ帰れそうになかった。

 考えてみれば、私が事件解決に役立ちそうなことはない。この世界の常識や法律も知らないわけだから。

 魔法使いで、頭脳明晰ずのうめいせきなシンドウならば、解決できそうだろうか。

 一人の美女が、こつぜんと姿を消してしまった謎の事件。

 現実の世界ならば警察がいるが、この世界では、そういった組織は、今のところ、出会わなかった。警察がいないのだとすると、魔法使いが解決するのだろうか?

 そこまで考えて、私はこの世界に関する、恐ろしい事実に気が付いた。

 人が魔法のように消えてしまった。

 ならば、犯人は当然、「魔法使い」であるべきだ。

 そうだ。

 私たちがいつも否定している「魔法使い」が、この世界には実在してて、人々がそれを受け入れてしまっている。

 容疑者が「魔法使い」だとすると、誰がその人間を捕まえるのだろうか。

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