第3話 矛盾
キメラは私とシンドウを交互ににらみつけた。
私は風の魔法陣がある方向へ走り始めた。
シンドウは走り去る私のほうを振り向いた。
「まさか、君は」
「シンドウ、お前のあの魔法陣に向かって、その火を
「なるほどね、天才的な発想だ。間宮君」
彼女にほめられても、照れている
あれだ。
シンドウが作った光り輝く魔法陣は、まだ効果が切れていないので、風がびゅうと音をたてて上昇していた。弱い風だが、これで十分だった。
ついに、キメラが私に追い付いてきた。
キメラの爪が私の背中の後ろで、空を切った。地面の岩が
私は魔法陣へ飛び込んだ。
と同時に、足でけって、大きくジャンプした。魔法の風のおかげで、走り
しかし、巨大な体を持つキメラは、自身の重さで、そこまで飛ぶことができない。ジャンプせずに、そのまま、魔法陣の上を通り過ぎようとする。
着地地点で倒れたまま、私は
「今だ!シンドウ。やれ!」
火よ
シンドウが放り投げた火球は、勢いよくキメラの顔に当たった。魔物がもだえ苦しみながら、めらめらと燃え上がる顔の炎を、前足で消そうとする。が、火は魔法陣から
「これはいけないな。火の粉が飛び散って、村全体が火事になってしまう」と、今度はシンドウは水の呪文を唱えて、これを消火した。
あっという間の出来事だった。
燃えた魔物は灰となっていた。
なんの武器や道具を使うこともなく、あの強大なキメラをやっつけたのだ。私は
駆け寄るシンドウに、私はこう言った。「さあ、魔物退治を手伝ったんだ。空間転送の魔法について教えてくれ」
「わかった。だが、その前に、服を着替えたほうがいいね」
私の学生服は、先の戦闘でボロボロになってしまっていた。親に怒られるだろうと、私は心配した。元の世界へ帰れればの話だったが。
シンドウが、人差し指をひとつ、突き上げて、空中で回転させた。
それは、おまじないだった。私のボロボロ服が、みるまに新品同様に変わった。私は学生服の裏を見た。そこには私の名前の
落ち着いたところで、シンドウが私に空間転送について教えてくれた。
「要するに、移動魔法なんだよ。魔法をかけた物体を、どこにでも、移動させることができる。でも、空間転送には、問題が一つあるんだ」
「問題?」
彼女が語ったところによれば、ある物体や人物に「空間転送」の魔法をかけると、本人ですら予想できない場所に「転送」されてしまうというのだ。魔法で、ランダムな場所にワープするわけだ。
「例えば、すぐ近くだったり、海の中だったり、岩の中だったり、壁の中に空間転送されてしまうんだね。とにかく、目的地がどこかを決めることができないので、誰も使いたがらない。ただ、その危険性を知らない
だから、彼女は初めて私と会ったときに、私を、うっかり危険な魔法を試した新米の魔法使いだと考えたという。
「ひどいじゃないか」と私はシンドウに
もし、魔法使いならば、空を飛んで逃げていてもおかしくなかった。
ところが、奇妙なことをシンドウは私に告げた。「君は魔法を使っているのだよ」
「いつだい?」
「今だよ」
「使った覚えはないぜ」
私は魔法の呪文を唱えてもいないし、どんな魔法があるのかも知らない。「冗談のつもりか。シンドウ?」
冗談ではないとシンドウは、私の肩をつかんだ。「信じてくれ。間宮君。君は知恵が回るし、僕の言っていることを理解してくれる人間だと思う。だから、僕の言っていることを信じて」
とうとう、彼女は、種明かしをしてくれた。
「種を明かせば、かんたんなことなんだよ。間宮君。最初、君の服を一目見たときに、めくれた
「そりゃ、そうだ。シンドウ、お前は日本語を話しているじゃないか」と私は言った。
彼女は首を振った。
「違う。僕はマール語で話をしている。二ホンなんて国は知らないし、ニホン語は聞いたこともない。つまり、君は知らないうちに、僕のマール語をニホン語に訳して聞いてるんだよ。つじつまが合わない。矛盾している。ゆえに、君は
シンドウの説明によれば、「翻訳魔法」とは、相手の話す言葉や、自分のしゃべる言葉を、相手に理解できそうな言葉に変えて伝える魔法らしい。「初歩的な魔法だよ、間宮君」
確かに、私はなぜ、別世界に来て、そこの住民とよどみなく会話ができるのか、初めに不思議に思ったものだ。なるほど、魔法のせいだったんだと納得しかけた。だが、一つ、疑問がわいてきた。「だが、待てよ。その推理には無理がある。二か国語を話せる人間だっているわけだろ?お前たちの言語――マール語をたまたま知っているだけかもしれないじゃないか」
「君がマール語を知っている可能性は成立する」とシンドウは認めた。さらに、彼女はポケットから、木でできたメガネを取り出して、私に渡してくれた。
このメガネをかけてくれないかと頼まれた私は、ゆっくりと自分の顔にかけてみた。
「なんだい、これは?」
「間宮君が今つけている翻訳メガネは、特殊な魔法がかけられている。これをかけた者は、外国の文字を読めるようになるんだよ。さあ、
言われるがまま、私は魔法陣へ行って、そこに書かれてある文字を読んだ。メガネをかける前は、理解不能だった文字が、今では読めるようになっていた。
そこには、こう書かれていた。
「注意。この魔法陣の中は大変危険です。あなたの身体、命に危険が及ぶ可能性があります。くれぐれも、円の中に立ち入らないようにしてください」
シンドウはにやにやしながら、あっけにとられている私に言った。「魔法の実験がてら、君の言語能力を試させてもらったんだ。魔法陣の外へ出なかったということは、君は僕たちの言語を知らなかった。一方で、僕も君の使う言語を知らなかった。だが、会話は成り立つ。さて、この矛盾を魔法以外で説明できるというのであれば教えてほしい」
私はウームとうなり声を上げた。
くやしいが、私はシンドウの推理を認めざるを得なかった。「……わかった、信じるよ。まるで、名探偵みたいだな」
「探偵ではないよ、魔法使いなのだよ。君もね」
魔法使いの
「しかし、シンドウ、外国語のテストは苦手だったぜ」と私は自分のテストの低い点数を思い出してみた。
「君は、この国に空間転送されたときに、初めて使えるようになったわけだね。間宮君」
私は頭を整理したかった。
「空間転送」という魔法で飛ばされた私は、「翻訳魔法」を使える魔法使い。でも、魔法を使っている自覚はない。
結局、元の世界に帰る方法は、今のところ、ないということか。
魔法も役に立ちそうにない。
しょんぼりする私だったが、ふと、自分のポケットをまさぐっているうちに、スマートフォンがあったのを思い出した。
そうだ。連絡する方法があった。
ところが、私のスマートフォンは、電源が入らなかった。さっきの騒ぎで壊れてしまったのだろうか。なんども電源スイッチを押すが、入らない。これでは、親や友達に連絡が取れない。
「充電器を持ってないか?シンドウ」と私は
「ジュウデンキ?」
「そう、スマホに電気を入れるやつ」
「スマホ?デンキ?間宮君、何だい、それは」
私は血の気が引く思いがした。
シンドウは知らないのだ。
いや、シンドウだけではないだろう。この世界の住人は、電話といった科学技術を知らないのだ。
心のどこかで、私は元の世界とつながっているつもりでいた。なぜなら、ネットにつながれば、あるいは、携帯電話がつながれば、すぐに連絡をとれるからだった。どこかで、そんな安心感を
今、その願いは
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